第14話 改造人間、嫌な役人に目を付けられる。
「これは……多い、ですね」
『特区庁』ガリーファロ拝山前、出先機関。
そこの個室で、テーブルの上を見た戸河内がいつになく目を見開いている。
地上1階の非常階段を出て帰還し、その足でここへやってきた。
テーブルの上には、魔物の素材を入れた袋と……『戦利品』が並んでいる。
「今日は調子がよくてな、魔物に加えて『恩寵品』がいくつも出たんだ」
便宜上、そういうことにしている。
ダンジョン内が治外法権とはいえ、わざわざ『殺しました』と馬鹿正直に言う必要はない。
名前が書いてあるわけじゃなし……それに、『恩寵品』は全く新しいものが出ることもあるし、ダンジョン内で死んだ探索者の持ち物が出ることもある、らしい。
意外とエコだな、ダンジョン。
「そうですか……では、全て買い取りにしますか?」
「うん、お願いミドちゃん! あ! ナイフだけいいもんだったらほしーし!」
「みどりです……少々お待ちを。数が多いのでお時間を頂きます、ドリップマシンがありますので、ここでおくつろぎください」
戸河内さんが無線で合図すると、屈強な役所職員が入ってきて……戦利品を抱えていく。
彼女は、魔物素材の袋を掴んで出て行った。
「ねーねー……いくらになっかな?」
「安くはないだろうさ。魔物の素材だけで20万以上は稼いだし、大漁だな」
ゴブリン・ソルジャーとスケルトン・ソルジャー、そして最後に出たチャンピオン。
特にチャンピオンの宝玉は1つで5万5千円だ。
正面から来てくれれば、実に美味しい魔物である。
……一般の探索者にはちょっと荷が重いが。
この『初級』ダンジョンで新人が死ぬ主な理由が、地下2階にごく稀に出るチャンピオンらしいからな。
初めて会った時のまりも、ひょっとしたらあそこで死んでいたかもしれない。
「ねえ、くろー。それでさあ……もう怖くない?」
俺のコートをつまんで引っ張るまり。
……ああ、チンピラを畳んだ時の言い訳のことか。
「もう大丈夫だ。その……まりは随分優しいな」
「えぇ~? そんなんさあ、おんなじパーティだから当たり前じゃんか~!」
まりは顔を赤くして、少し慌てている。
「……んでも、ゲンキならよかったし」
「魔物に比べたらある意味単純だからな……俺達も人数を増やしたらいいのかもしれん、自衛の為に」
といっても、俺にこの世界で知り合いはほぼいない。
瀬戸くらいか……だが、奴が挑んでいるのは『中級』ダンジョンだしな。
『初級』をクリアしてから行った方がいいだろう。
「ん~? でもさあ、あーしの前んとこみたいになってもやだし!」
「そうだな、今すぐ考えることでもないか」
難易度の低いダンジョンには、ああいったチンピラが多い。
適当に稼ぎつつ、『カモ』を狙う連中がな。
難易度が上がれば、魔物の素材や『恩寵品』の価値も上がるので……わざわざ人を襲うような連中は少数派、らしい。
まあ、難易度が上がれば探索者の力量も上がる。
返り討ちに遭う可能性も高まるからな。
「ポーションもだけど『スキルオーブ』も欲しいな、あーし。あれむっちゃ高いんしょ? 買ったら」
『スキルオーブ』
ピンポン玉サイズの透明な宝玉で、握って割ればなにがしかの『スキル』が発言する。
完全ランダムで、使う人間や時間、周囲の環境などで変わるらしい。
自分で使うのも勿論いいが、使わずに売ることもできる。
中身がランダムにもかかわらず、最低100万円台からオークションになるそうだ。
難易度の高いダンジョンほど出現率が上がるし、その場合は『レア』なスキルを内包していることがある。
見つけたダンジョンの情報によっても値段が上がる……らしい。
「売るのか? それとも使うのか?」
「くろーに使うし! もっともっと強くなんじゃね?」
……そうきたか。
残念ながらこの世界の『異物』である俺にスキルが生えるかは未知数だし……なにより、そのスキルを調べればついでに『改造人間』もバレてしまう恐れがある。
「俺はいい。まりが使うか……売って山分けだな」
「えぇ~? くろ~ちょっといいヒトすぎじゃね? やっぱあーしのこと狙ってる~?」
嬉しそうにくねくねするまり。
「妹さんのために強くなるに越したことはないだろう」
「ん~、やっぱくろーっていいヤツだし! 晩御飯おごっちゃう!」
「今日は買取が終わったら帰れ」
「なんも~、つれないし~」
もう遅いんだぞ。
ダンジョン内ほどじゃないが、それでもダンジョン周辺は探索者も多くて治安もよろしくないしな。
今日は駅まで送ってやろう。
「それと明日はオフだ。クロスボウの手入れ道具や予備のボルトを買っておけ」
「あーそれいい。んじゃ、くろーもいっしょにいこーよ! 『メイキュー商会』前のモヨリ駅に午後4時集合ね!」
「いや、友達と行けよ……」
「あーね! それじゃサッコとユッコも誘って一緒にいこっと!」
……俺をメンバーから外す気はないのか。
まあ、よかろう。
命の恩人とはいえ、懐かれたもんだ……
「とりあえず、コーヒーでも飲むか。どうする?」
「あーしカフェオレ~」
了解。
結構いいマシンだな……やはりメーカーに見覚えはないが。
「お待たせいたしました」
コーヒー休憩をしつつ待っていると……戸河内さんと、もう一人男性が戻ってきた。
50代ほどの、中年太りで頭髪が壊滅しているオッサンだ。
……なんか、若干戸河内さんが嫌な顔をしている。
「まずはこちらを。今回の鑑定書になります」
追加のオッサンのことも気になるが、まずは確認しよう。
ふむ……ほう。
「くろー! やっべ、やべえし!」
まりが興奮しながらコートを引っ張ってくる。
俺も見てるんだからわかるよ、落ち着いてくれ。
鑑定書による内訳は以下の通りだ。
・両手斧 (スキル『火炎球(小)』『高耐久』) 15万円
・槍 (スキル『貫通強化(小)』『高耐久』) 15万円
・剣 (スキル『斬撃強化(小)』『損傷回復(小)』) 30万円
・ナイフ (スキル『発火』『損傷回復(小)』) 20万円
「では、ナイフ以外は売却で頼む……いいよな?」
戦闘に使う気はないが、火が起こせるナイフは便利だ。
しかも耐久力も回復するとあればな。
「うん!」
魔物の素材が(チンピラの持っていた遺品含め)合計で……40万円。
そしてこれらを合わせた合計が……100万、か。
なるほど、『強盗』をしたがる奴が多いのも頷ける。
スキルと戦闘技能さえあれば、真面目に働くよりもよほど稼げる。
『探索者』は儲かるな。
「わかりました、それではいつも通りに振り込みと現金で処理いたします」
「頼む……そちらは?」
話が終わったので聞くと、オッサンは満面の笑みを浮かべた。
「私、こちらの支所長をしておりますトヨヒラと申します」
差し出された名刺には、『拝山支所長・豊平裕次郎』と書かれている。
ここのボスか……この腰の低さはなんだ?
「ご丁寧にどうも、南門原九朗です」
「水分まりです~」
一瞬、元気よく名乗ったまりの胸に視線が飛ぶのが見えた。
ふむ、わかりやすい。
プロテクターを外しているから、スタイルがいいのは丸わかりだ。
……あ、戸河内さんの表情がより一層嫌そうになった。
「南門原さんのパーティは、かなりのハイペースで攻略を進めておられますね」
自慢じゃないが、俺のスペックはかなり高いからな。
まりもよくついてきてくれるし。
「まあ、そうでしょう」
豊平の笑みが深くなる。
「素晴らしい! あの、それで……南門原さんには是非こちらを受けていただきたいのですが」
今度は書類が差し出された。
「『特区専門講習』……?」
なんだ、これ?
今までに聞いたこともないぞ?
「この講習を受けていただきますと、南門原さんたちには優先的に拝山周辺の『特区建造物』についての情報をお伝えできます。加えて、『特区庁』からの何らかの依頼があった場合も優先的に請け負っていただくことが可能です」
……あ。
これはアレだ、瀬戸がいつか言っていた『紐付き』の前段階か。
『特区庁』では、エリアごとに現場責任者が分かれている。
範囲内のダンジョンの『間引き』の状況や『恩寵品』の流通状況によって、『上の役職』になる場合の審査が通りやすくなるらしい。
そこで、彼ら彼女らは『紐付き』と呼ばれている子飼いの探索者を抱えて職務に当たるのだとか。
……なるほどな。
俺という『何のスキルを抱えているかわからないが強力な探索者』を手元に置いておきたいらしい。
出世の為に。
いや、別にそれはいいんだが……ああ、やはり。
書類を確認すると、あった。
参加資格の欄に『スキル検査』の項目が。
そして……最後の方の『特記事項』にはこうある。
『原則3年間、当該地域での活動に従事すること』
つまり、3年はこの拝山エリア外のダンジョンに参加できないことになっている。
スキル検査も、特記事項も……俺には無理だ。
検査は勿論だが、同じところに留まり続けていると『正体がバレる』恐れがある。
どこにヒトの目があるかわからんからな。
「随分と好印象をくださっているようですね、ありがたいです」
「いえいえ! 有能な探索者は国の宝ですから!」
本当なら俺のような若造に愛想など振りまきたくないだろうに、徹底して下から来ている。
『前』の世界でもそうだったが……こういう相手は、正面から断ると大変に面倒臭い。
「過分な評価をいただき、とても嬉しく思いますが……さすがに、今この場で即決というわけには難しいです。申し訳ありませんが、少し考える時間を頂きたい」
「そうですな! それは勿論! どうか、前向きにご検討ください! それでは私はこれで! 戸河内クン! 後は頼むよ!」
営業職で培った愛想笑いと玉虫色の対応に、豊平は笑みを深くして頭を下げ……部屋から出て行った。
……面倒だな。
「申し訳ありません、どうしても……と言われまして」
豊平の足音が完全に消えた後、戸河内さんが頭を下げてきた。
全身から申し訳なさが滲み出ている……ああいった相手の部下は大変だな。
「気にしないでいい。どうせ参加しない」
「ですよね……」
少しは期待していたのか、肩を落とす戸河内さん。
彼女には悪いが、俺はそうするしかない。
どこかに『スキル偽装』とかそういう類の恩寵品はないものか。
「え? くろーはやんないのそれ?」
「ここを見ろ、3年このエリアから出れん。それでは他の『ポーション』がよく出る場所には行けなくなるぞ」
くわ! と目を見開くまり。
「困る! それは超困るし!!」
「俺もその気はない。安心しろ」
戸河内さんは申し訳なさそうにして……名刺大の紙を出した。
カレンダーだな、何日か丸で囲われている。
「支所長の出勤シフトです。避ける目的でお使いください」
なんとまあ、用意のいい。
戸河内さんは俺が『スキル検査』を頑なに断っていることを知っているからな。
「あんがと! ミドちゃん!」
「みどりです」
申し訳なさからか、いつもより口調に元気がない。
嫌な上司がいると大変だな……本当に。




