3.灯台守の引退
「いや〜、疲れた疲れた」
床に伸びた男性の藍色の頭を、小さな手がぽふぽふと叩く。
その傍に、銀髪の青年が立った。
途端に逃げ出した幼子が、柱の陰に隠れる。
「お久し振りです、インディゴ様。あの子供は⋯⋯いえ、本日の御用向きは、“引退前の最後のご奉仕”でよろしいですか?」
「おーう」
慇懃無礼に立ったまま淡々と伺う銀髪の青年に、藍色の髪の男性は、だらけた仕草で手を挙げる。
「そんなっ⋯⋯!」
食って掛かりそうになる橙色の髪の少女を制して、緑色の髪の男性が立ち上がる。
そうしておもむろに藍色の髪の男性の傍らにしゃがみ込むと、しげしげと顔を覗き込んだ。
「オイ、藍の。お前さん、ちぃっとばかり鍛錬が足らんのじゃないか?」
「やかましいわ、筋肉ダルマ。お前さんがそんなんだから、こっちに風評被害が立つんだ!」
眉間に縦皺を入れて跳ね起きる藍色の髪の男性に、緑色の髪の男性は肩を竦める。
「やはり、原因はそれか」
「まあな」
やや神妙に座り直して、藍色の髪の男性は頷いた。
「すまんな、みんな。どうもこうも、見ての通りだ。もうここまで昇れる体力がない」
灯台守に、年齢制限はない。
魔力は、加齢で衰えるものではない。
障害となるのはただ一つ。
灯台の、無情な高さ。数える事も覚束ない段数の螺旋階段を己の足で昇るしかないという、体力に過酷な構造だった。
遣る瀬なく頭を振りながら、青い髪の少女が銀髪の青年を睨む。
「シルバーさん、いい加減どうにかならないんですか? 実際、“光”は下へ流れて供給されているんですよ? 逆に灯台の下から“光”へ魔力を届ける事も出来るはずです」
「無茶を言うな。俺はただの管理人だぞ?」
銀髪の青年が顔を顰めるが、強く反応したのは、紫色の髪の少女だった。
「ルーちゃん? 滅多な事を言うものじゃあないわ。この“灯台”は、神の御業。ヒトの手で変えられるものではないのよ」
「でも⋯⋯」
「よせ、二人とも。いずれにしろ、今日明日にできる事ではあるまい」
振り返り、そう投げ掛ける緑色の髪の男性の後ろで、藍色の髪の男性が、よいっと膝を起こす。
「まあ、今日明日の分くらいはなんとかしてみせるがな」
「あのな⋯⋯」
まぜっ返されて憮然とする緑色の髪の男性の肩を、ぽん、ぽん。と二つ叩く。
「わしは、青の嬢ちゃんに賛成だがな。それでも簡単に言い過ぎだ」
不服そうに眉根を寄せる青い髪の少女の傍らを通り過ぎ、藍色の髪の男性は、部屋の中心に佇む円柱へ向かう。
「“灯台”は唯一無二。失敗は許されない。変える事が出来なかった、ならまだいい。だが、現在の機構まで壊れてしまったら⋯⋯“失敗しました”では済まされんぞ」
唇を噛んでうつむく青い髪の少女に、藍色の髪の男性も、それ以上は言わない。ただ、壁に投げ掛けられた虹色の光を確認していく。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
青と紫が目立って濃いが、藍だけは、壁の白が透けて見える。
「⋯⋯随分と偏ったな。上手く混ざらなかったか」
「「面目ありません」」
「何を他人事みたいにっ!」
青と紫が声を揃えて詫びる姿に、橙色の髪の少女が爆発する。
「あなたが灯台に来なかった所為でしょう!? いくら昇るのが辛くなったからって、勝手に職務を放り出すなんて許されませんわ!! 引退するならするでもっと⋯⋯もがっ」
「はいはいすみませんねー。ちゃっちゃとやっちゃってください、インディゴ様」
桃色の髪の女性が後ろから羽交い締めし、掌で口を塞いだ。
その実力行使ぶりに若干引いた顔をしつつ、藍色の髪の男性は、執り成すように手を振る。
「いや、それも悪かったと思っている。色々あってな⋯⋯。後で説明させてくれ」
その言葉に、じたばたもがいていた橙色の髪の少女も大人しくなる。
藍色の髪の男性はそれを見届けると、光源の一つ⋯⋯円柱に埋め込まれている、透明な結晶体に手を置いた。
キィンと、耳鳴りが満ちる。
深呼吸をする度に、藍色の熱が、
揺らいで、
膨れて、
渦巻いて。
溢れる程になった瞬間、全てが円柱の中へと吸い込まれる。
すると、壁に染み入る藍色が、燦然と輝き出した。
「⋯⋯ん? やり過ぎたか?」
「相変わらずアホみたいな魔力量だな。調整するぞ!」
「「「はい!」」」
桃色の髪の女性、橙色の髪の少女、ウサギ頭の少年が、円柱に駆け寄る。緑色の髪の男性もまた、結晶体の一つに手を置いた。
赤、橙、黄、緑の光が強まり、鮮やかな虹色が、壁に焼き付けられる。
「すみません。これ以上は、アタシには無理です。明日はレッドに来てもらわないと⋯⋯」
「僕も⋯⋯」
「わかっている。この阿呆が雑なんだ、気にするな」
ぞんざいに指差して断言する緑色の髪の男性に、藍色の髪の男性は気まずそうに頭を掻きながら、ぶつくさ文句を垂れる。
誰にも相手にされないが、ふと気付いたように顔を上げた。
「オイ、さっきわしが連れてきた子供がいただろう? どこ行った?」
紫色、青色、橙色の少女たちが顔を見合わせ、首を横に振る。
緑色の髪の男性は眉を顰め、その視線を受けた銀髪の青年が、ウサギ頭の少年に目を遣る。
おろおろと目を泳がせた少年は、やがて観念したように白状した。
「えと⋯⋯なんか、ずっと⋯⋯なんでか、僕の陰に隠れてたんですけど⋯⋯。僕が急に立ったら、その⋯⋯びっくりしちゃったみたいで。だから、あの⋯⋯」
「いや、そんでアタシのクッションに潜り込んでたけど?」
要領を得ないウサギ頭の少年の説明に、桃色の髪の女性が、結論を被せる。
ウサギ頭の少年はがっくりと落ち込むが、藍色の髪の男性はクッションの山の前へと歩いて行った。
「おーい、シロ! いるか?」
ぽこりと。幼子の頭がクッションの山から突き出した。
「よしよし。銀がいじめるなら、じーちゃんがやっつけてやるからな? ほれ、出て来い」
「う!」
猫のように両脇を掴まれて引き出される幼子を見ながら、銀髪の青年がぼそりと呟く。
「⋯⋯だから、なんで俺の所為なんだ」
「顔が怖いからですよ〜」
後ろを向いた途端つるりとしゃべるようになったウサギ頭の少年に、銀髪の青年はさすがに頭を抱えたのだった。




