2.灯台と灯台守たち
「インディゴが、引退ですって!?」
少女の尖った声が、閉め切られた部屋にこだました。
ここは“灯台”の最上階。世界を照らす灯火のその真下にある、言わば天井裏である。
眩過ぎる光を避けるため窓はなく、ただ部屋の中心に立つ円柱から漏れ出る光が、真っ白い壁と床に、虹色の光線を投げ掛けている。
その円柱を取り巻く、およそ七名の人物。
灯台に魔力を注ぎ、“光”を創る、“灯台守”たちである。
「そんな無責任な事が許されるのですか!?」
詰め寄る橙色の髪の少女を、銀髪の青年が窘める。
「落ち着け。“そうらしい”と聞いただけだ。本人の話を聞いてみない事には、何もわからん」
「だからって⋯⋯!」
しかし、少女は一層苛立ち、橙色の髪を振り乱す。
「無責任過ぎますわ! 今でさえ、ブルーとヴァイオレットに余計な負担を掛けていますのよ!? インディゴが来ない所為で!!」
「正直、私達だけでは賄い切れていません。この状態で抜けられるのは、ちょっと」
「だから⋯⋯俺に言うな。まだ引退すると決まった訳じゃない。本人と話せ」
青い髪の少女にまで加勢され、銀髪の青年は、頭が痛そうに溜息をつく。
他人事のようにクッションの山にそっくり返りながら、桃色の髪の女性がボソリと呟いた。
「つってもさー。どうせ来ないんなら、引退してもしなくても変わんなくね?」
「あ、でもほら。引退って言うなら、誰か後任を連れて来てくれるかもしれないし⋯⋯」
そんなに怒らなくてもいいんじゃないかな?と、ウサギ頭の少年が小首を傾げた。
キッと眉を吊り上げた橙色の少女が、たちまち二人に食って掛かる。
「あなた達は呑気過ぎます!! インディゴの後継者なんて、聞いた事がありませんわ! 穴埋めも出来ない方は黙ってらして!」
「ひいっ」
「いや。あんたも穴埋め出来ないだろ」
「“責任も取れないのに引退を勧めるな”と言ってるんです!」
「⋯⋯でもねぇ、オーちゃん?」
睨み合う、桃色の瞳と橙色の瞳。
その後ろから、よく通る声が、疑問を呈する。
「インディゴのおじ様は、もうお年よ? そろそろ限界なのじゃあないかしら?」
「あなたは、それでいいんですの?」
「わたくし?」
小首を傾げた少女の肩を、豊かに波打つ紫色の髪が、さらりと滑る。
ゆったりとそれを撫で付けて、彼女は微笑んだ。
「わたくしは、わたくしの役目を果たすだけよ?」
ぐっと、橙色の髪の少女が言葉に詰まる。
奥の方で思案げに黙していた緑色の髪の男性が、ようやく口を開いた。
「まあ、ともあれ話はアレが来てからだろう。なあ、橙の。ここでこやつらを説得したところで、アレが聞かんなら意味があるまい?」
「それは、そうですけど⋯⋯」
筋骨隆々とした体躯から放たれる、重低音。これを軽く扱う事は難しい。
不服げに口を噤んだ橙色の髪の少女は、悄然として肩を落とした。
「それで? 銀よ、アレはいつ来るのだ?」
「今ここへ向かっているはずですが⋯⋯」
「あ、あの〜⋯⋯」
唐突な挙手に、六人の視線が残らず突き刺さる。
ウサギ頭の少年はビクリと息を呑みつつ、申し訳なさそうに、床の一点を指差した。
「えと、あそこ⋯⋯。なんか、ずっと、見てるんですけど⋯⋯」
何の話だ?と、全員の視線がそちらへ向かう。
そこに、半開きの跳ね上げ戸から覗く小さな頭があった。
辛うじて鼻先が見える状態で、何故か止まったまま。ウサギ頭の少年の言う通り、まん丸い眼で、じっと彼らを見つめている。
「え⋯⋯」
「なに?」
たじろぐ一同をよそに、ツカツカとそちらへ歩み寄った銀髪の青年が、冷たい目でそれを見下ろす。
「一体何者だ? ここで何をしている」
見上げる双眸はただ沈黙し―――
パタン⋯⋯と、跳ね上げ戸が閉まった。
「は?」
「あーあ。逃げちゃった」
「はあ!?」
肩を竦めた桃色の髪の女性の言い草に、銀髪の青年は慌てて振り返る。
「おい! 俺が悪いみたいに言うな!」
銀髪の青年の抗議に、六人は困ったように顔を見合わせる。
「だって、どう見ても小さい子供でしたよ?」
「あんな怖い顔で凄まれたら逃げちゃいますよ〜」
「可哀想にねぇ」
「何やってるんですか、シルバーさん」
「それより、捕まえなくていいんですか?」
「とっとと走れ、若造」
「悪いのか!? 俺が!?」
口々に非難されて混乱する銀髪の青年の背後で、跳ね上げ戸がまた、今度は完全に開く。
「よーっこいしょ、っと」
「あ。」
じたばた暴れる幼子を腕に抱えて、長身の男性が登ってくる。
呆気に取られる一同に構う事なく、幼子もろとも、ごろりと床に引っくり返った。
「「「インディゴ様!?」」」
「おー。ひさしぶり」
怒声も、歓声も、さらりと流して。
藍色の髪の男性は、呑気にピースサインをしてみせた。




