1.朝の風景(川辺より)
本編スタート!
早朝の川辺には、洗濯にきた人々の賑やかな笑い声が響いていた。
「それでウチの人ったらさぁ⋯⋯」
「どこも同じよね〜」
「そりゃ、アンタらが悪いわよ。そうなるでしょ⋯⋯」
他愛ない会話を交わしながら、ざぶ、ざぶ、ざぶと。桶の中身を揉む手は止まらない。
「ヤダ! 色加工してないの持ってきちゃった!」
すすいだ分を絞っていた若い女性が、頓狂な声を上げる。
「あらら」
「ドジだね、この子は。色付けしてない革なんて、洗ったらもう駄目だよ?」
「え〜ん」
わざとらしく嘆きながら、彼女は恨めしげに、広げた洗濯物を睨み付ける。
綿花の育ち難いこの地で、布地の代表は、食畜でもある毛長牛の革だ。
魔力によって“色加工”された物は、変色し、変質し、丈夫さと耐水性を得る。
それでこそ、日々の洗濯にも耐え得る訳で。
彼女は諦めて溜息をつくと、グニャグニャになってしまったズボンを除けて置いた。
その手元が、急に薄暗くなる。
白い石の柱の元に集まる、幼い子供たち。
カチ、カチ、カチと。小さな手が、ダイヤルを回す。
柱の上で丸く輝く光の玉が、ロウソクのように細くなっていた。
「コラ! 何してんだい!!」
「わあっ!」
後ろから叱り付けられた子供は飛び上がった。
ばらばらと柱を取り巻いていた子供たちが、一塊に固まる。それを押し退けて、年嵩の婦人はダイヤルを逆に回した。
柱の上の光が太くなり、再び球体になる。
夕暮れのように暗くなっていた辺り一帯に、朝の眩さが戻った。
「まったく、明かりに悪戯するなんて。悪い子だね!」
腰に手を当てて振り返る婦人に、年少の子が年長の子供の背後に隠れる。
匿う形になった子供は、負けじと胸をそびやかした。
「違うもん! “灯台守”さまが大変じゃないように、お手伝いしてたんだもん!」
「何言ってんだい。明かりがなかったら、草も牛も大きくならないんだよ? それでもいいのかい?」
「だって⋯⋯」
「何やってんの、アンタは!」
「いてぇ!」
掌で頭をはたかれ、子供は反抗的にそちらを睨んだ。しかし、若い女性はぺこぺこと頭を下げる。
「ウチの子がすみません」
「ああ、いいよいいよ」
「ウチの子も一緒ですよ。ほらアンタ達! お手伝いしたいなら、お芋洗ってきてちょうだい!」
「「「うわあ」」」
ドシンと置かれた、器いっぱいの芋。
目を輝かせる子、顔を顰める子と反応は様々だが、二つきりの取手に何本もの手が伸び、みんなで引きずるようにして、上流の水汲み場へと運んで行く。
「水を汲んで、鍋で洗うのよー? 川に入れないでねー?」
「はーい!」
「わかってるよぉ!」
釘を差す声に、子供たちは振り向きもしない。
その輪に加われずうろうろしていた一番小さな子供が、ふと、対岸を見て足を止めた。
「とうだいもりさまだ!」
え?と振り返った子供たちは、向こうの川岸に佇む人影を認める。白いフードを目深に被り、全身をマントで覆った、長身の人物だった。
「本当だ! 灯台守さまだ!」
「おーい!」
途端に、芋は捨て置かれる。
めちゃくちゃに跳ねて手を振る子供たちに、灯台守は少し困った様子で首を傾げ、遠慮がちに手を振り返した。
きゃあきゃあと上がる歓声に、大人たちも洗濯の手を止め、顔を上げる。
「あら、灯台守様だよ」
「ありがたい⋯⋯」
立ち上がり、敬虔に両手を握り締める。
人々の眼差しに小さく会釈をして、灯台守は視線を落とした。
「おいで」
⋯⋯川縁にしゃがみ込み、その子はずっと、人々の営みを眺めていた。
白いフードに、白いマント。
灯台守と揃いの格好だが、背丈は、対岸にいる子供たちに混ざれてしまう程に小さい。
すっと立ち上がると、灯台守の足元へ駆け寄る。
灯台守の乾いた掌が華奢な体を持ち上げ、腕に座らせるようにして抱きかかえた。
「⋯⋯あの子も、灯台守さま?」
対岸で見ていた子供は、首を捻った。
灯台守の装束ではある。だが、あれほど幼い灯台守など、誰も見た事がなかった。
幼子をだっこしたまま歩いていく灯台守を見送りながら、大人たちもまた、首を傾げる。
「あれ? 灯台の方へいらっしゃるよ?」
「こんな時間に?」
灯台守は、朝に光を灯し、夜に光を鎮める。
光が灯りきってから灯台に向かうなど、聞いた事もなかった。
不思議そうな視線を背中に浴びながら、灯台守は、行く手に聳える塔を振り仰ぐ。
「では、行こうか。みんなの前ではお行儀よくするんだぞ?」
「あいっ!」




