第六話: 鏡花とデート
「ちょっと、尊!逃げるんじゃないわよ!」
大学のラウンジで今日も今日とて琥珀のために早帰りしようとする尊の襟首を鏡花がガシッと掴んだ。
「あのさ、鏡花。これから琥珀に夕飯の作り方を教えなきゃ…」
「琥珀琥珀って…あんた私のことを忘れたわけじゃないよね!?」
鏡花はツインテールを激しく揺らし、有無を言わさない力強さで尊を引きずっていく。
「いいから来なさい。たまには二人で遊ぶの」
そう言って連れて行かれたのは山あいの隠れ家的なカフェだった。そこは鏡花が
以前から目をつけていた恋人たちに人気のスポットだった。
「…ここは、私たちが来ても良いような店かな」
おしゃれ過ぎるメニューを前に、尊は居心地悪そうに周囲を見渡す。客層カップルばかりだ。
「な、なによ。気が散らない静かな場所を選んだだけよ。深い意味なんてないんだから」
鏡花は真っ赤な顔で言い返すと、カバンから一束の資料を取り出し、尊の前に突き出した。
「ほら、これ、あんたが難しいってボヤいてた講義の要点まとめ。あと提出間近のレポート用の参考資料」
「え、もらっちゃっていいの?」
「…うん。あんたがあの居候に構いすぎて留年でもしたら、あんたの両親に申し訳つかないでしょ」
鏡花はプイと横を向いたが、資料は驚くほど丁寧に、尊が理解しやすいように整理されていた。
昔からの長年の付き合いで、尊の得意と苦手なことを鏡花は一番知っていた。
「ねえ、見てあの二人。モデルさんかな?すごくお似合い…」
「クール系な美青年とお洒落な金髪の子…凄く良いカップルだよね」
近くの席から聞こえてくるヒソヒソ声に鏡花の肩がピクリ反応する。
周りの客から視線に尊は気づいていない様子だが、鏡花はストローを噛み締め、耳の先まで赤く染まっている。
「…たく、私たちのことをすぐに変な結びつけを…」
そう毒づきながらも、鏡花はテーブルの下で自分の膝を隠すようにニーソックスを少しだけ引き上げた。
尊は気にするそぶりもないが、鏡花は尊のことを意識すると自然に可愛い自分を保とうとしていた。
カフェからの帰り道、夕暮れ時で街がオレンジ色に染まっている。
尊と鏡花は横に並んで歩く。
「ありがとう、鏡花。レポートも助かるし、いい気分転換になった」
「…ふん、感謝するなら…次はあんたから誘ってよね」
ふと鏡花が立ち止まる。彼女の手が尊の袖をぎゅっと掴む。
「尊、あんたが琥珀ちゃんを助けるのは正しいことだと思う。でもね」
下を向いた鏡花の声が、微かに震えている。
「…ずっと私が一番そばにいたんだよ。…昔も。今も。これからも。私はあなたを支えていきたいと思ってるよ」
鏡花は顔をあげ、涙目のまま、強気な笑顔を作って見せた。
「あの居候にあんたを譲るつもりなんて一ミリもないんだからね…って私本当に何言ってんだろ。もう帰る」
そう言って、鏡花は尊を置き去りにするように駆け出していく。
(何であんなに怒って…、いや怒ってたか?)
尊は一人、夕暮れの中に消えていく鏡花を見送りながら自問する。
鏡花の想いを少し知った気がして、赤くなった自分の頬手に触ると暖かい体温を感じた。




