第三話: 現世(いま)を生きる
現世において琥珀の親族は一人として残っていない。彼女はこの時代から完全に浮いてしまった。
一方で尊もまた周囲から浮いた存在だった。
古臭い家系の柵、冷徹に見られがちな性格、そして人には見えないモノが見えてしまう感覚。
大学という社会の入り口という場においても彼女は馴染めず、居場所はどこにもなかった。
ワンルームの狭い部屋。一つのベッドで寝るのは狭いので、
予備の布団を取り出して琥珀にはそこで寝てもらう。
尊はベッドの上で天井を見上げている。
今まではこの部屋は尊自身を守るための場所だったが、今は琥珀の吐息が混じっている。
その異物感は不思議と嫌なものではなかった。
尊はこの時代に居場所のない彼女を導いていくことを決めた。
次の日、尊は琥珀に現代の服として自身の小さめのTシャツとショートパンツを貸し与えた。
さらに現代で生きていくために必要なことを教えていくことにした。
「尊様、この平たい鏡に文字が浮き出てきました!」
「それはPC。鏡じゃなくてモニター。…琥珀、拝まなくていいから」
琥珀にとって生活は驚きの連続だった。
文字の読み書き、蛇口から出る水、そしてインターネット。
琥珀にとって魔法でしかない文明の利器を尊は根気強く教えた。
琥珀は驚くほど物覚えが良かった。中学生くらいの年齢で多感な時期ゆえか、
それとも本能的なものか彼女は数日でスマホのフリック入力すらマスターし始めた。
しかし、琥珀の学習意識はいつしかミーハーな女子中学生のそれへと変貌していった。
ある日の夕方、尊が大学から帰ると琥珀は真剣な顔でノートPCに向かっていた。
「琥珀、何を調べてるの?」
「この時代のおしゃれというものを調べています。尊様に釣り合う女子になりたくて。」
「ふーん」
ふと、尊は気になってブラウザの検索履歴を覗き見した。
『最新 地雷系 ファッション』
『美味しい ぱふぇ お店』
『1500年前 日本史』
(…ここまでは微笑ましいか)
スクロールする尊の手が止まる。
その後に続いていたのは琥珀のいた時代の倫理観と
インターネットの集合知を急速に吸収した琥珀の好奇心の跡だった。
『夜の ご奉仕 やり方』
『女の子同士の 正しい 愛し方』
『恩返し エッチなこと 喜ばれる?』
「……琥珀」
「はいっ、何でしょうか尊様!」
琥珀は開けっぴろげな、一点の曇りもない笑顔で振り返る。
彼女の時代において、生贄や男女の営みは生存や儀式に直結した隠し事のないものだったのかもしれない。
だが、現代の倫理観を持つ尊には刺激が強すぎた。
「…あまり変なサイト見ないように。あと、恩返しは今はいらないから」
「??はい、大丈夫です!」
少し赤面して顔を背ける尊と、首をかしげる琥珀。
一つ屋根の下、二人の距離は少しずつ縮まり始めていた。
尊は実家の両親に助けを求めて、琥珀の保護を相談すべきだとはわかっていた。
しかし尊はこの二人の関係を壊したくないと思い始めていた。
大学へ行く間、琥珀は静かに帰りを待ってくれる。
玄関を開けばお帰りなさいという声が響く。
それは孤独だった尊が手に入れた、言うならば家族のような温もりだった。




