第二話: 生贄として捧げられた少女
石から顕在化した少女がテーブルの上で寝ている。
深い眠りのようで揺さぶった程度では目は覚さない。
短めの黒髪で現代人とは違い古風ではあるが綺麗な顔立ちをしている。
手作りと思われる白い衣は現在の化学繊維とは違う、最近のものではないように見える。
(というより石から人間が出てくるなんて、どういった原理なのか)
尊は不思議に思い少女を見つめる。起きる様子はない。
机の上だと居心地も悪かろうと思い、
尊はとまどいながらも、少女の背中と膝裏に腕を回して、自身のベッドに運ぼうとする。
「…っ」
持ち上げた瞬間、尊の心臓が大きく跳ねた。
現代の少女に比べれば一回り小さく、頼りない細身の体。
だが、腕の中に伝わってくるのは紛れもない女性らしい柔らかさと高い体温だった。
尊は持ち上げたまま少女の顔をじっとみつけていると少女の睫毛がかすかに震えた
ゆっくりと開かれた瞳は吸い込まれそうなほど澄んだ琥珀色をしていた。
少女は間近にある美琴の顔をじっと見つめる。その瞳には深い怯えとそれ以上に諦めのような色が浮かんでいた。
少女はポッと頬を染めて、震える声でこう呟いた。
「…人想いに優しくしてくださいね…痛いのは苦手なのです」
「いやいやいや!一体何の話ですか!?」
尊は思わず叫び、ベッドに少女を下ろして飛び退いた。
「勘違いしないで、私は怪しいものじゃないし、君を食べたりもしない」
「たべ…ない?」
少女は不思議そうに小首をかしげた後に自分の置かれた状況を理解したのが深々とお辞儀をした。
「申し訳ありません、私は琥珀と申します。数えで十三になりました」
「私は尊。今は大学生と言っても伝わらないかな。とりあえずここまでの経緯を話すね」
尊は勤めて冷静に自分が山で石を拾い、懐刀で割った経緯を説明した。
「今年は2026年ですか…」
尊の話を聞き終えた琥珀の表情からさっと血の気が引いていく。
「そんなに未来なのですね。私の父様も、母様も友達、もうどこにも…」
膝を抱えて俯く琥珀。その小さな肩が震えるのを見て、尊は胸が締め付けられるような感覚になる。
「君のいた時代のことを教えて、なぜ石になっていたの?」
「それは私の当時の状況を話さないといけないですね。」
琥珀は尊を見つめる。そして話し出した。
琥珀のいた時代、「山神様」と呼ばれるものが山を支配していた。
これが暴れると大雨が降り、田畑は沈み、村人は苦しめられていた。
暴れないように供物を差し出すことを提案したが、田畑で取れるものでは許されなかった。
山神様は人の子を要求した。そして毎年生贄を捧げる風習になった。
「その年の生贄が私でした」
逃げ出すことは許されない。逃れると家族が代わりに生贄になる。
絶望の中、琥珀は度の呪い師から一辺の古い札を授かった。
そして蛇に飲まれる瞬間に額にその札を貼ること、さすれば救われると言われた。
しかしこのお札を剥がさないと元に戻れないということだった。
生贄の夜、社に一人残された琥珀の背後に、冷たい風が吹いた。
振り返ればそこには家ほどもある巨大な蛇の頭。
うねる鱗、爛々と輝く瞳、トグロを巻いて、自分を取り込むのを目にして琥珀は覚悟を決めた。
「蛇が口を開け飲み込まれるその瞬間に私はお札を額に」
石と化した琥珀は蛇はそのまま飲み込む。ただ石は消化されることなくやがて排出されず、
誰にも気づかれぬまま山の土に埋もれた。
うっすらした意識の闇の中で琥珀は何百年以上もの間、放置された。
誰か解放してくれるモノを待っていたが、次第に意識はなくなり、目が覚めたらここにいた。
語り終えた琥珀は不安げに尊を見上げた。
「…尊様、私はもう帰る場所がございません」
「…」
尊はまっすぐに瞳を見据えた。琥珀の目は涙で光り輝いていた。
「わかった。石を拾ったのは私だし責任を取る。君がこの時代に慣れるまで好きなだけここを居場所にしていい」
「本当ですか」
パッと顔を輝かせる琥珀の笑顔の眩しさに、尊は再び不覚にも心臓を撃ち抜かれるのだった。




