第十二話: 敗戦から帰還
唇に不思議なほど柔らかい感覚がした。
それと同時に口に何かの苦い液体が入り、薬草を煎じたような独特の香り広がる。
「…起きて…尊…お願いだから」
震える声に目を開けるとそこは森の中だった。目の前には涙で顔を濡らした鏡花の顔がある。
「…はっ、あの蛇の化け物は…」
尊は反射的に起きあがろうとしたが、全身を走る激痛で思うように体が動かない。
「無茶しないで!あいつはもういったよ。私たちは不味そうだからって見逃されたわ」
鏡花の言葉に尊は周囲を見渡した。しかしそこには自分を「姉様」と呼んで慕ってくれた少女の姿はどこにもない。
「琥珀…琥珀はどこだ?」
「琥珀ちゃんは…贄の子だから連れて行かれちゃった…私どうすることもできなくて…」
尊は震える手で地面を突き、這いずってでも妖気の残る方向へ向かおうとした。
「待って、今行ってもやられてしまうだけ。」
鏡花は両手を広げて尊を制止する。
「鏡花、今行かないとあの子が食べられてしまう」
「そもそもあの子はそういう運命だったんでしょ。運良く生き延びただけで結局食べられればそれでおしまいなんだから。
もうあの子のことを忘れなさいよ」
「それはできない。あの子は助けを求めていた」
「…私も捕まえられて助けを求めてた。それであんたが助けに来てくれて嬉しかった。
けどあの蛇は強大。今の貴方では立ち向かえない」
「…家に帰って策を練る。助けを求められているのに助けにいかないのは私の信念に反する…」
尊は一度言葉をきり、自分自身の心と向き合う。
「いや違う、信念とかじゃなく私は琥珀を救い出して一緒に暮らしたい」
鏡花の瞳から大粒の涙が溢れ出した。
自分だけを見て欲しかった。ずっと隣にいたのは自分だったはずなのに。
「…わたった。私よりもあの子なのね。それなら行って…ご武運を」
鏡花は力なく腕を下ろした。背を向け去っていく尊の後ろ姿に消え入るような声で呟く。
「…大好きだったよ、尊」と呟いた。
尊の耳にもその言葉は届いていた。胸が締め付けられるような痛みが走ったが、
今は振り返ることはできなかった。振り返ると自身の決意が鈍ってしまうからだ。
尊はボロボロの体を引きずり、実家へと戻った。
そこは幾多の防護結界に守られ、俗世から切り離された神聖な神社の中にある家だ。
「…戻ったか、尊」
厳格な両親は傷だらけの娘を見て察した。
尊が事情を説明すると父は黙って奥の院の地下にある堅牢な蔵の鍵を開けた。
「これを持っていけ。日本武尊のご加護が得られるであろう」
差し出されたのは布に包まれた一振りの剣。
布を解くとそこには空気を切り裂くような鋭い気配を放つ霊剣があった。
尊は重厚な柄を握りしめた。てから伝わる冷ややかな感覚が彼女の闘志を研ぎ澄ませていった。




