第7話 夢を叶えたい【如月夢】
出会いはあーしが小学五年生だった頃まで遡る。それはギター教室で習い事をしている時だった。
「ギター弾くの、とっても上手ね!」
と気軽に話しかけて来た、あーしと年齢の変わらない少女。
「あ、あんがとー……えと、この前入って来た?」
「そうよ。私は睦月空! 少しの間だけどよろしく!」
挨拶する時に握手を求めるタイプな空。それは、教室全体に響く程に熱意と芯のある声で───ギター教室を辞めてしまう前提の言葉だった。
せっかく同い年が来て嬉しかったあーしは、教室友達が短期間しか習わないことに寂しさを覚えた。
少しっていつまで教室に通うの?
と聞いても、帰ってくる言葉は曖昧なもので「上手いと思われたら」とか、「気分」とか、腑に落ちないものばかり。
そんな空は、メキメキと腕を上げていった。始めは持ち手を確認しながら弾いていた空が、ローコードという簡単なコードは疎か、いつの間にかBコードやFコード等難易度の高いものを難なく弾けるまでになっていた。
「コードってピアノのコードと押さえ方が違うだけで、同じようなものなのね」
それは空がギター教室を辞める一ヶ月前。習い始めたばかりのギターのコードを練習していた頃の空は、そんなことを口にしていた。
「ピアノ、習ってたの?」
と聞いてみたら。
「そうね。ピアノもだけど、絵画、バスケ、水泳、剣道、そろばん……上げたらキリが無いくらい通わされていたわ。今も何個か抱えてるし」
通わされていた。
その言葉を聞いて確信した。
ギター教室に習いに来る人は大抵、ギターが格好良いだとか、モテたいとか、そういった理由で始める事が殆どだ。ギターを上手く弾ける為に、演奏する為に練習、努力する。でも空は違っていた。
週に二回のギター教室にも関わらず、会う度にピックを変えていた空。ピックを複数持つ趣味では無く、削れて使えなくなった為だ。毎日何時間弾けば週一でピックを凸凹に出来るのか?
その努力の熱量は、
ギターを弾かない為に働いていたんだ。
◇◇◇
「そらっち、ユニットを組むって本気なの?」
空の発言に皆が驚いている中、最初に口を開いたのは夏だった。いつも明るく活気溢れる声が、この時ばかりは落ち着いて聞こえた。
「だってこんなチャンス滅多にない……逃がす訳にはいかないでしょ。それに私だけじゃない、『選ぶ』ってことは皆にもチャンスがあるの。寧ろ全員で受けるのがベターってもんよ!」
滅多にないチャンス。
空の言う事は的を射ていたし、空が推薦されているとは言え皆にもチャンスがある。言いたいことは分かるけど、夏が言いたいことはそうじゃないはずだ。でも、あーしは。
「空の言う通り、皆にもこの依頼を受けて欲しい」
「ゆめっち……」
戸惑う夏の横、あーしのPCをじっくり眺めた後、静かに椅子に座っていた蒼が言葉を繋ぐ。
「卯月も出るよ。だって、あの人工の白かめP様のユニットになれるんだもん。それに……空が推薦受けてるのも、悔しいし」
「いざ勝負ってところね! 全力で掛かってきなさい! ……て、選ぶってどう私たちから選ぶの?」
「指定された場所に集まって、あーしの作った曲を歌って採点、評価、まあ色々見て聴いて決めるんだってさ」
「へ~、じゃやっぱりユニットを組もうとしたのは私たちの動画切っ掛けなのね」
納得したようにウンウンと頷いている空。そして、再度依頼内容を読み理解を深めていた翼と夏も。
「概ね理解したよ。皆が参加するのであれば、僕も参加しよう。確かにこのような依頼を、喉から手が出る程に待つ者も世の中には五万といる。腕を磨くには、名を馳せるならこれ以上無い選択……捨てるには野暮なものだ」
「ウチも受ける、受けるから! ウチら五人、誰がユニットになっても恨みっこ無しっしょ!」
「あ、ちなみにあーしは受けないけど」
あーしの台詞に皆は目をぱちくり。
空の時とは別の、キョトンとした驚きの表情をあーしに向けて来る。
「なんで夢が出ないのよ!」
「だって……ダルいし面倒くさいし、そもそもあーしはこーゆうの向いてないし」
あーそういえばこんなキャラだったと言わんばかりに、皆でそれぞれ目を合わせては、なんて声を掛けていいか悩んでいる。
「本当にいいのかい? 夢」
「そうそう、翼の言う通りよ!」
「卯月も出た方がいいと思う」
「ウチら五人で出ないと……とりま、行ってみるだけでも」
「あー、じゃ、着いていくだけ着いていくわ。どっかの公園にでも読書なりして待ってれば良いし」
少し沈黙を置いた後。
「……まぁ、無理してまで受ける事はないわよね」
「卯月も皆も、夢の分まで頑張るよっ」
そう、それで良い。
ユニットを組むチャンスを、未来を、芽を摘み取ること無く……夢を繋ぐことが出来る。
努力をしない為に物事に励んで来た夢が、歌う為に努力するようになった。
受け身だった夏は、自ら進んで取り組んでより元気な姿を見るようになった。
蒼も、普段見せないような爽やかな表情をして楽しそうに歌を歌うし。
何より、これで翼に恩返し、罪滅ぼしが出来る。
小学生の頃のあーしが、道路で落とした物を拾いに行くなんて事をしなければ、翼は交通事故に合わなくて済んだ。視力を失わずに済んだんだ。見も知らぬ人間を庇う程に優しく、誰からも好かれていた人間が、誰からも好かれていない人間の為に犠牲になるのは間違ってるのに。
あーしが叶えたい夢は、皆と一緒に居たいという夢は叶った。これ以上我儘を貫き通せば、皆の夢を壊してしまう。もう二度と、誰かの未来を壊したくない。皆の夢を叶えたい。
人は利用して、利用されて生きる。お互いに孤独を埋めあって、楽しみを共有して、ある一点を目指して励んで行く。
いつか来るであろう別れが、この気に起こってしまうとは思わない。しかし距離が遠くなってしまうのも確かだ。だからこそ、皆があーしに利用され続けることは間違っているから、離れて行くべきなんだ。
大丈夫。この選択はきっと間違っていない。
孤独も、皆のお陰で十分に埋まっている。もう別れを恐れることも、夢想を描くことも無いのだから、後は皆の背中を押すだけだ。




