第5話 翼を得た者と【皐月翼】
蒼から病が移って風邪をひいてしまった。
僕はかれこれ何年かは病気にならず健康体だったから、油断していた。
蒼たちが心配して僕の家にお見舞いに行こうとしてたけど、病のバトンをしてはキリがないので、厳しめに『来ないで』と告げて置いた。これで問題はな……
『翼ー……あの、来ちゃった』
インターホン越しに聞こえる蒼ボイス。全く、こうなることは分かってはいたが……
「来ちゃダメって言ったよね?」
『ひっ……でもでも、あのね、よくあるでしょ? ドアノブにお裾分けの食べ物とかが入った袋を掛けておくやつ。卯月はそれをしに来ただけだから。ね?』
「……ありがとう」
『へへ~。風邪は大丈夫そう?』
「概ねは」
『良かった~。じゃ、学校でまた会おうね!』
「うん。またね」
……
僕は良い友人を持ったものだ。
しかし概ねというのは外れたようで、久々の病のせいか妙に病が長引いてしまった。自信満々に、「僕、風邪ひかないから」と言って蒼の家にお邪魔したことが恥ずかしくて堪らない。
そうして一週間が経ち、待ちに待った学校。授業も難なく終えて、放課後の部活動タイムになり。
「やっっっと来たわね翼!! 一人掛けたらバンドとして成り立たないんだから、大変だったのよ。特に何でも出来ちゃう翼はね! あと、その、心配だったし……」
相も変わらずボロい部室のドアを開けたら、空の爆音ボイスが飛び込んで来た。そんなボリュームMAXな声が照れでしりすぼみしていく様子は可愛らしいが、始めからもう少し声を抑えて欲しいものだ。
空と共に部屋に居た、夏と蒼も僕に挨拶をしてくれる。元気そうで良かった。
「皆、色々と心配かけてごめん。あれ、夢はまだ来てないようだね」
「今日は少し遅くなるって言ってたわ」
「へぇ……」
「ね、早速何か歌いましょ! ギター枠の夢が居ないから、翼、お願いね! 夏、ドラムの準備は出来たかしら?」
ドラムのスティックをクルクルと回して、「準備OK~☆」としてる夏。蒼もマイクを手にして準備万端だ。
六月にもなると、それぞれの割り振りが整って来ていた。
空がキーボード。
夢がリードギター。
夏がドラム。
蒼がボーカル。
そして僕はサイドギター、他。
というメンバー構成だ。誰かが欠席した場合は、そこに僕が入ることになっている。
ただし、メンバー構成は一見、五人バンドグループの中では一般的な方だが、僕たちのバンド方針は一風変わっている。
「さぁ皆、最初っからクライマックスで行くわよ!」
さも桃仮面が使いそうな空のセリフと共に、ギターの旋律に合わせて僕が低めのボイスでスタートを切る。
イントロを飾った後に続いてAメロ。綺麗で透き通る声色が強みの蒼が、控えめながらも徐々に迫り来る雰囲気をベースに築く。
仕上がったAメロを、夏によるラップでさらに盛り上げ、絶好調なBメロのままサビに繋げる。
そう、五人全員がボーカルとしての役割があるのだ。
フロントマンを置かないBeatlesのように、全員でそれぞれの良さを最大限に発揮する。
ちなみに歌っている原曲は、五人で歌えるようにラップを加えてみたりとアレンジをしている。ボカロ曲の『歌ってみた』でも使われる手法だ。
そしてサビは蒼と空によるツインボーカル。
当初は音痴だった空も、僕とのカラオケ特訓で持ち味を持つくらいには上手くなった。蒼とはまた別種の癖のある歌声、綺麗で真っ直ぐな声をカバーするにはピッタリの───
僕は、小さな怪物を見過ごしていたのだろう。
世の中には『ヘタウマ』というトンガリ個性を持った者がいるが、あくまでそれは珍しさの誇張に過ぎない。しかし稀に、ヘタウマそのものを極めに極め、『トンガリ』を新たな『形』にしてしまう者がいる。
僕の耳が聞き間違えることなど無い。
空の歌声は、僕とのレッスンで磨き上げたものを優に超えていた。
感情を乗せすぎない、独りよがりでなはない強い歌声が、限られた文言から様々な味を乗せられる俳句のように、はたまた人々を魅了するモナリザの微笑のように、受身によって様々な解釈が出来る。それが耳に、心にとても心地が良く、気持ちが高ぶって来る。
まだ微妙に音程のズレがあるものの、僕のいない一週間足らずで……一体何が彼女を変えた?
「───ねえ、ねえってば。翼、最後歌い忘れてたわよ? アウトロはイントロのフレーズを持ってきて終わるって提案したの、翼でしょ?」
「あ、……ごめん、空。あまりにも凄い歌声につい」
僕は、あらゆる事柄に手を付ければ、それなりに凡人より上手く扱える自信がある。
物事には、何となくこうすれば良いという共通概念があり、そこを針に糸を通す感覚で掴めば、自ずと出来る人間になっていた。
視覚が著しく低下しても、舌打ちでクリック音を発して周囲を視るエコーロケーションを、後天的に獲得することが出来たくらいだ。
でも、僕は模範解答を導き出すのみ。その先の、誰も踏み入れたことの無い領域は視ることが出来ない。糸を通す針が無ければお手上げ状態なのだ。
「ふっふーんっ! 私実は、て・ん・さ・い、だった訳! どう? 翼が居ない間、超~頑張って上手くなったんだから」
「そらっち、一日を跨ぐごとに上手くなるんだもん。凄いを超えて、怖いって言うか~、あ、ごめん、悪い意味じゃなくてね?」
「卯月も頑張るやり甲斐があるし……このバンドの未来は明るいなぁー」
「でっしょ~?? 私はそこらの蛍光灯や街灯よりも明るい照明なんだから。皆にスポットライトを当てて、皆からスポットライトを当てて貰う。そして私たちは誰よりも本物の『スター』に成れるのよ!」
「スター……か」
そうか……変えたも何も、空は正当に努力して来たんだ。
『努力をする』ことはそう簡単じゃない、努力をする努力がまた必要になって来る。
無い針をも自ら創る力、模範解答を超えた答えを出すには、その方法しかないのだから。
「空、僕にもその歌声を、もっと聴かせて欲しい。まだ視えていなかったものが、視えて来るかもしれないんだ」
「モチのロンよ!」
二曲目を演奏する準備に掛かった時、静かにそーっと部室の扉が開かれる。
ノートパソコンの入った肩掛け鞄を持った夢が、なんだかモジモジとしながら入って来た。これは……照れ隠しが全然隠しきれて無いパターンだ、可愛い。
「あ、夢が来た! 歌え!!」
「いきなり歌えはないっしょ」
ガタガタと揺れる、足が揃って居ない机の上にノートパソコンを広げた夢は、突拍子も無い事を言う。
「バンドのオリジナル曲、作って来たんだけど」




