エピローグ(三)
そのときスマートフォンに着信が入った。ワタルは着信音を気にすることもなく、沙樹にキスをする。
ところが発信者も負けていない。留守番電話に切り替わったらすぐにかけ直してくる。
しつこさに負けたワタルは沙樹から離れた。
「ワタルさん、出た方がいいんじゃない? 急用かもしれないよ」
「そうだな」
ワタルは沙樹の肩を抱いたまま、空いた手でテーブルにおいたスマートフォンを取り、発信者を確認する。なるほど、しつこいはずだ。
「どうしたんだ、こんな遅い時間に……。これから? 今どこにいる?」
このタイミングで押し掛けられるとは思わず、ワタルは我知らず立ち上がった。
「よ……よろしくって。おい、ちょっと」
通話を終えたワタルはソファーに座り直し、深いため息をついた。
「だれから? 仕事関係?」
「ハヤトだよ。バンド仲間と一緒に、最寄り駅まで来てるって。あと十分もすれば到着だよ。でもこの時刻だと……」
ワタルは出窓においた時計を見る。
「どうやら終電で来たみたいだな」
「ハヤトくんたちが? こんな遅い時間にわざわざ来るなんて。この近くにホテルなんてあったかな」
沙樹の問いかけにワタルは首を横にふった。
コーヒーを飲んで頬杖をつくワタルを残し、沙樹はキッチンに立った。
コーヒーメーカーをセットし、自分が買いおきしているクッキー缶を棚から出す。
ちょうどコーヒーができたタイミングで、ハヤトたちが到着した。
「兄さん、こんばんは」
「遠くからよく来たね」
涼しい顔をしているハヤトと違い、バンド仲間は恐縮しながら部屋に入る。それぞれキャリーケースを引っ張っていた。
「あ、沙樹さんもいたんだ。もしかしてぼくたち、邪魔しちゃたかな」
「そんなことないよ。会えて嬉しいもの。明日の件で上京したんでしょ?」
沙樹はコーヒーとクッキーをテーブルにおいた。
「明日の件って?」
ワタルはコーヒーカップを持ち、ソファーを移動しながら問いかけた。
「あたしの作った企画が通ったって話したでしょ。地方限定で活動しているインディーズ・バンドを紹介するって番組」
「覚えてるよ。確か一回目のゲストがハヤトたちのザ・プラクティスに決まったって言ってたな」
「そゆこと。だからみんなで上京してきたんだ」
ハヤトが自慢気に答える。
「でもどこに泊まってるの? この近くにホテルなんてあったっけ」
沙樹とワタルにも、心当たりがない。
「ところが一軒だけあるんだよ、これが」
不敵な微笑みがハヤトの口元に浮かぶ。ワタルは首をかしげながら、タバコを取り出してくわえた。
「どこなの?」
沙樹の問いかけに、ハヤトは「ここ」と床を指さした。
一瞬遅れて、ワタルがライターを落とす。
「まさか……」
「そのまさかだよ。四人まとめてよろしくね、兄さん」
「まてっ、おれは何も聞いてないぞ」
「そんなこと言わないでよ。ぼくたち貧乏学生なんだよ。リビングの隅で雑魚寝するから追い出さないでっ」
両手を合わせ、上目遣いでハヤトが頼み込む。あとの三人はその後ろで、肩をすぼめてうつむいた。
「何もワタルさんちに泊まらなくても、宿泊費と交通費は出すってことになってるのよ。この際だから、いいホテルに泊まるかと思ったのに」
「でも一泊だけでしょ。ぼくら春休みだし、せっかく上京したんだから、東京を観光したいんだ」
なるほどね、とつぶやいてワタルは腕を組む。




