エピローグ(二)
「将来DJの仕事もしたいから、勉強のために立ち会いたい。そう言えば大丈夫だって」
「そんなので、あの切れ者和泉が納得するかな」
「納得させるの、絶対に。沙樹、これはあなたに与えられた大きな使命なのよ!」
裕美はオーバー・ザ・レインボウのメンバーと話すために必死だ。沙樹はその迫力に負けて、約束を守ることになった。
「ああ、なんて莫迦な約束しちゃったんだろ」
頭を抱えながら今度はメールをチェックする。予想以上に資料が送られていた。これではしばらく残業続きだ。
沙樹は大きくため息をつきながら、タブレットを取り出し、ハヤトに紹介されたバンドをリストアップする。新企画の提案書だ。
番組の目的を入力していると、ハヤトを思い出す。今日もバイトと勉強に追われながら、弾き語りの練習をしているだろうか。
企画が通って番組が実現したら、なるべく早いうちにゲストに呼びしたい。心からそう願いながら、沙樹はPCに彼らの魅力を入力する。
そして一週間後。沙樹はいつものように、あらかじめ番組に届いたリクエストとメッセージのリストをチェックしていた。DJブースでは、哲哉と弘樹が番組を収録している。いつもと変わらない風景の中に、ひとつだけ違う点があった。
機材の前でニュース原稿を持っているのは裕美だ。
本来なら専用のスタジオでニュースを読むのだが、この日はここで待機している。和泉はしぶしぶながら、沙樹の申し出を許してくれた。裏に裕美の指示があったことは、見抜かれているに違いない。
裕美は収録中の哲哉と弘樹に熱い視線を送っている。約束だから紹介はしよう。
「あとのことは知らないからね」
裕美の背中にそうつぶやくと、沙樹はメッセージをDJブースのタブレットに送信した。
☆ ☆ ☆
その日、沙樹はワタルと久しぶりにデートをした。
SF好きのワタルに連れられて映画を観たのち、大型書店に入る。読書家のワタルは、デートそっちのけで大量に本を買い込む。沙樹は英語の学習を兼ねて、洋書を一冊購入した。
行きつけのレストランでシーフードを食べたのち、ふたりはワタルのマンションに帰る。
部屋に入るとワタルはビル・エヴァンスのアルバムを流し、ソファーに座って買ったばかりの本を読み始めた。
沙樹はコーヒーを淹れるとマグカップをテーブルにおき、ワタルの隣に座る。
「何を読んでるの?」
「SFだよ。古典だけど新訳が出たから買ってみたんだ」
「旧訳は持ってる?」
沙樹の目が輝いた。
「中学のときに読んだから、実家にあるはずだよ」
「今度借りてもいい? 原書を読んだあとに、両方の訳を読み比べてみたいな」
「英文科卒はそういうところが気になるんだな。親父のところに行ったとき、持って帰るよ」
ワタルは本を閉じ、テーブルにおいた。沙樹の肩に腕をまわし、そっと抱き寄せる。
「あ、あのワタルさん、コーヒーが冷める前に飲まない?」
「そうだな。でもコーヒーより甘いことしようよ」
ワタルの右手が沙樹のあごに触れた。
「ちょっと。違う。コーヒーは甘くない」
「たしかにそうだな」
ワタルは微笑み、沙樹の顔に自分の顔を近づける。




