『初めて感じた、困惑と恐れ』
よく考えてみると、押しの強さとかは商人として大事な資質なのかもしれない。
先日の一件―宝石店での出来事を思い返し、私はそんなことを考える。
あの時私は慌てすぎて少し冷静さを欠いていた。旦那様達はいつも通りだったのに。だからすんなり宝石を受け取ってしまったのだ。
「きれいな石ね!」
「はへ?」
私が反省をしていると、目の前に誰かが立つ。驚いて顔を上げた先には、見覚えのある女の子がいた。
「それちょうだい!」
私の様子なんて気にせず言いたいことだけを言う、この子は確か……マイル、だったか。
仁王立ちで命令口調の少女を見て、前回の自己紹介を思い出した。
私は今、二度目の教会の学び舎にいる。今回は猊下ではない別の人が案内役だった。
まあ流石にまた猊下が現れたら、思わず「あなたは暇人かっ!?」とか言っちゃいそうだから助かった。
でも今回の案内人は無愛想だった。しかも髪も瞳も闇を思わせる真っ黒だから、神殿という場所に微妙に似合ってるような、ないような?そんな不思議な感じを受けた。
それと、たぶん睨まれた。名前も名乗らなかったし、案内終わったらもう用はないとばかりにどっか行っちゃったし。もしかしなくても初対面で既に嫌われてる?どうして?
私がそんな事をつらつら考えていると、無視された形になった少女がついに地団駄を踏み出す。
「もうっ!もうっ!無視するなー!!」
目の前で叫ばれて、そのうるささに思わず耳を塞いだ。
これは子供にありがちな我儘期だろうか?ちょっとウザ……いや、鬱陶しいかもしれない。
って同じ意味か?言い直した意味ないな。
「ごめん。これは貰い物だからあげられない。」
少し現実逃避気味に別の事を考えながらも、私は要求をきっぱりと断った。
少し大人気なかったかなと思ったが、見た目は私の方が子供だから許されるはずだ。それにこういう子には、受け取り間違いがないように断言した方がいい。
「もうっ!もうっ!」
それでも素直に引かないマイルに、私は困ったような笑みを浮かべた。まさかの二度目にして、早くも仲違いの予感である。
どうすりゃいいんや。
思わず方言ぽい言葉が出てきてしまったが、ふざけている場合ではない。私はさり気なく、この場で唯一頼りになりそうな赤毛の少女―ルルーシュに視線を向ける。すると、丁度こちらを見ていたらしく視線が合った。
「…マイル、やめなさい!人の物を取ろうとしちゃ駄目でしょ!」
私が言わんとしたことを察したのか、ルルーシュの瞳が一瞬揺らいだように見えた。だが直ぐに普段通り、マイルに注意をし始める。
(?さっきの、何か変だったような?)
理由は分からないが、ルルーシュの私を見つめる瞳に何か違和感を感じた。
でもそれはほんとに一瞬で、気のせいだったのかもしれないと、直ぐに思考を切り替える。
「だって!」
「だってじゃないでしょ!だめだと言ってるの!」
二人の言い合いが平行線をたどっている。どうにかしてくれと頼んだのは私だが、こう、何というかこんな様子を見せられると何だか申し訳ない気持ちになってくる。
私は二人のやり取りをおろおろと見守りながら、助けを求めて再び周りを見回す。しかし、部屋には私達以外には、寝ているリリックしかいなかった。
(ど、どうしよう…)
私が言い争いを仲裁したら、事態は更に悪化するのが目に見えている。
私がどうすることも出来ずにオロオロと二人を見守っていると、後ろから見知った声が聞こえた。
「はい。そこまで。」
ばっと振り返ると、そこには猊下が立っていた。私はホッと胸をなで下ろす。
目が合うと猊下は私に一度微笑みかけ、その後言い争いをしていた二人に視線を据えた。
「二人とも落ち着きなさい。喧嘩は学び舎でするものではありません。」
「はっはい!申し訳ございません!」
「はぁ〜い。ごめんなさい」
猊下の注意にそれぞれがばらばらの対応をとる。
ルルーシュは直ぐに跪くと緊張した声で謝罪した。マイルはルルーシュと同じく跪きはしたものの、何だか気の抜けた声での謝罪だ。
「…分かったならいいですよ。今後は気をつけなさい。」
「はいっ!」
「わかりましたぁ。」
「マイル、人の物を取ってはいけませんよ。」
「あ……はぁい。すみません。」
猊下は一部始終を見ていたらしい。マイルへ向けた微笑みが何だが怖かった。
私は固唾をのんで様子を見守りながら、皆と同じように跪いていた。
「エミリア」
「はぃ」
名前を呼ばれて、出た声は緊張で少しかすれていた。
今は普段の猊下に見えるが、さっきまでの印象が強くて体が強張る。
それは猊下にも伝わったようで、苦笑しながら手が差し出された。
「そんなに緊張しないでください。今日の授業はもう終わりましたか?」
「ありがとうございます。…まだですね。」
差し出された手に恐る恐る手を重ねると、引っ張り立たされる。
少し驚きながらも促されるままに立ち上がり、問われた事に首を横に振った。
「そうですか。……突然ですみませんが、今日の授業は欠席して欲しいのです。」
「授業をですか?」
思いもよらない言葉が不思議で首を傾げる。
「ええ。少しエミリアに用事がありましてね。」
「はい。大丈夫です。私は参加させていただいてる立場ですので、他の用事があるならそちらをお手伝いしますよ。」
「そうですか?なら今日は宜しくお願いしますね。」
別に勉強はいつでもできる。だからいいかと思って、私は迷わずに頷いた。
そしてまだ寝ているリリックは置いておいて。未だ跪いているルルーシュとマイルに気まずい、微妙な気持ちでお別れの挨拶をして、猊下と一緒に学び舎を退出した。




