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『初めて感じとる、緊張と怖れ』

 猊下が向かったのは、前にも一度訪れたことがある部屋だった。部屋に入り、促されるままに椅子に座ると向かいに猊下も同じように座った。

 

「紅茶でいいですか?」

「あ、はい。」


 聞かれたことにほぼ反射で頷くと、女の人が紅茶を運んできた。静かに差し出されたそれを猊下が飲むのを確認してから、私も口を付ける。


「―ぁ、おいし…」


 果物のような甘い香りが、一口飲んだだけで口の中に広がる。思わず感動して呟いてしまうほど、私に合った味だった。


「それは良かった。子供の好むものを取り寄せたかいがありました。」

「え、わざわざありがとうございます。」

 

 私の素直な感想に微笑んだ猊下に、私は驚いて慌ててお礼を口にする。出されたから飲んでいたが、態々取り寄せなくても良かったのに…。

 私は内心で困り顔になりながら、しかし親切を無下にもできずに結局は話をそらすことにした。


「あの、猊下。ところで本日はどのようなご用件が?」


 そう聞いて直ぐ、私は失敗したと思った。

 猊下の顔から笑みが消え、真剣な表情になったのだ。


「エミリア。今から聞く事に、一切の嘘をつかないことを約束できますか?」

「……?」

(嘘を、つかない?)


 どういう事だと眉をひそめる。

 嘘とは普通はつかないものだ。それを態々聞くということは、私が嘘をつくと確信しているということ。 

 では私が嘘をつかなければいけない程のものとは、どういう内容なのか。


「約束、できますか?」

「……嘘はつきません。ですが、内容によっては黙秘します。」


 私は少し考えてから慎重に答える。これが今できる最大の譲歩だと心に決めて、相手に伝わるように。


「ええ。それでもいいでしょう。」

「……あ、はい。」


 思いの外、あっさりしていて拍子抜けだ。

 子供らしさも忘れて対応したのに、これは何だか損した気分になりそうだと思った。


「では、お聞きしますが………貴方は―」

 

 私は一度ゴクリとつばを飲み込んだ。そして次に来るだろう言葉を緊張して待つ。


「貴方は魔力摂取拒絶症という病を知ってしいますか?」

「………」


 私はその言葉に大きく目を見開いた。

 その病には聞き覚えがあった。アレクと過ごしていた頃、そんな病名を聞いた。

 知っているどころではない。だってそれは、私の中に潜む病。治療できる人は限られていると言われた、病。

 その名がここで出たということ。

 それは――


「…その様子では知っていましたね。」

「………」


 私は何も言えなくなり黙り込む。

 何故ばれたのか。何故、何故、何故。そんな事ばかりが頭をよぎる。


「…はぁ。どうして言わなかったのです。」

「……ごめんなさい。」

「謝ってほしいわけではないのですが……。」


 頭の痛そうな表情で私を見る猊下に、顔が上げられない。

 私はもう一度謝罪を繰り返す。


「黙っていたのは、すみません。」

「謝罪はいいのです。理由は?」

「………」

「…言えませんか。」


 黙秘する私に、困ったような表情の猊下。

 わかっている。言ったほうがいいということは。でも、言えなかった。

 

 だってこれを言えば、育ててくれている旦那様と奥様に迷惑をかけてしまう。幸い、今まで食べた食材では大丈夫だった。

 アレクの話では、食物にはほぼ魔力があるらしいから、不思議っちゃ不思議だけど、今は助かってるのであんまり考えないようにしている。


 それに……この病気を直してしまったら、『      』かも、しれないのだ。


「それはマルークとレリキュールに知られたくないからですか?」


 その言葉にはっと顔を上げた。

 

(今、私は何を考えた?二人のことだけじゃない。それだけじゃなかった。なら、それ以外に私は何を思ったの?)

「エミリア?」 

「………」


 急に顔色を変えて俯いた私に、心配そうに猊下の声がかけられる。

 それに反応したいのに、私の頭の中にはさっき考えた事がぐるぐると回る。

 どうして、違う、でも、もしかしたら。


「エミリア?」

「………」

「エミリア」

「………」

「エミリア!返事をしなさい!」

「…っ、はいっ!」


 突然肩を揺らされて驚いた私は、考えていた事も頭から抜け落ち、慌てて返事をした。


「エミリア。今から聞くことに黙秘は許しません。きちんと答えなさい。いいですか?」

「……はい。」


 厳しい表情でそう言う猊(・)下(・)に、孤児で商人の養子でましてや世話になっている身で、反論できるはずがなかった。

 その真剣さに少しの不安にかられながらも私は頷いた。

 でも今回は黙秘も許されないのだから、もし、それでも言えない内容がきたら、その時は――

 そう静かに覚悟を決める。


「エミリア、貴女は魔力摂取拒絶症を知っていると言いましたね?」

「はい。」

「では何故それを知っているのですか?」


 その問いには少し言葉に詰まる。

 その答えはさっき分かったはずなのに、きちんと確認しようということか。

 私は改めて猊下の目をまっすぐ見て言った。


「……私が、その病気をこの身に持っているからです。」


 聞き間違いのないようはっきりと。私がそう言い切った時、猊下の瞳に悲しみが宿ったような気がした。

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