『初めて訪ねる、雑貨屋』
市場に到着すると、旦那様が寄りたい所があるというのでまずはそこでの用事を終わらせてから、他を見て回るという事に決まった。
しばらく歩き、旦那様が私達を伴って訪れた目的地は、市場の中心にほど近い場所にある年季を感じさせる木造作りのこじんまりとしたお店だった。窓から見える中の様子は、オシャレな雑貨屋というような雰囲気だ。
――チリンチリン
私が店内を興味深く覗き込んでいると旦那様が扉を開き、下げられていた風鈴の音がなる。私は奥様に手を引かれて旦那様の後に続きながら、心が清らかになるようなその音に耳を澄ませていると、店の奥から声が聞こえてきた。
「らっしゃい!」
客を出迎える時の定番のセリフを言いながら店の奥から姿を表したのは、真っ黒に日焼けした四十代ぐらいの男の人だった。黒髪黒眼で、地球で言うザ・黒人という印象を受ける。その人は旦那様を視界に入れると笑顔から一転、眉間にシワを寄せて不機嫌顔になってしまう。
「やあ。お客様に向かってその表情はないんじゃないかな?」
旦那様はその対応に苦笑しながら、怖い顔の男の人に話しかける。私はハラハラしながらその様子を見守った。
「うるせえ。なんでお前がここにいんだよ。こんなちっちぇ店、お前みたいな大商人様が来るとこじゃねぇだろが。」
「そんなことはない。ここはいい店だ。流石アリシアの考えた店だよ。」
「……うるせぇ。さっさと出ていけ!」
アリシア。その名前が出た瞬間、店の空気が、というよりも、男の人の雰囲気が変わった。
そして真横にいたからわかる。奥様も一瞬息を飲んだ気配がした。しかもその時に思わず視線を向けたら、奥様の表情が悲しそうに暗くなっていたのも見てしまった。
アリシアとは一体誰のことだろう?奥様をこんなに悲しませるなんてどんな人?名前からして女の人?それにこの店を作ったのもその人なの?
疑問は尽きない。
だがそうして私が考え込んでいる間にも、男の人と旦那様の話は進む。
「まぁまぁ。今日は紹介したい子を連れてきたんだよ。」
「紹介したいやつだあ?」
旦那様が私を手招きするので、私は少し怖い感じの男の人に緊張しながらも、旦那様の隣にゆっくりと並んだ。
「娘のエミリアだよ。これから世話になると思うから、よろしく。エミリア、こいつはトルーン。この雑貨屋の店主だよ。」
この男の人は雑貨屋の店主でトルーンさんと言うらしい。話し方とか顔とか、この店の雰囲気に合ってないとは思うけれど、そこは深くは突っ込んではいけないのだろうか。
私はそんな事を頭の片隅で考えがら、紹介されたことだしと、礼儀正しく挨拶することにした。
「は、はじめましてトルーンさん。エミリアと言います。これから宜しくお願いします。」
最初で少し声が上擦ってしまったが、それ以外は問題なし。私は最後までしっかりと言い切る。
「……ああ。」
「?」
おい、さっきまでの饒舌はどこいった。私は店主の短い返事にズッコケそうになる。
旦那様と普通に会話をしていたのに、私に対しては素っ気なさすぎる。もしかしてこれは嫌われてるの?なんで?泣くよ?私。
「エミリアちゃん、落ち込まないで。トルーンはシャイだから初対面の人には皆こうなのよ。」
どうやら心の中の落ち込みが態度にも表れていたらしい。奥様が励ますように声をかけてくる。
というかシャイ?この図体で?
私は些か失礼かと思いながらも、思わずまじまじと店主を見つめてしまう。
今更だが、店主はニメートルはありそうな超長身で、筋肉もりもりなのだ。顔はどちらかと言えば整っている方で、だが肌黒なのも合わさって、その身体付きが全てを無駄にしている。
「子供にシャイとか教えないでくださいよ、奥様。」
私が店主をまじまじと観察していると、その店主がどこか困った様に奥様に言った。
どうやら旦那様と同じく、奥様との会話も問題ないようだ。
「あら、そう言わないとエミリアちゃんが落ち込んで可哀想じゃない。あなたも気づいたんでしょう?」
「それはそうですが…」
「それとも、トルーンはこんな小さい子供を悲しませて喜ぶ趣味でもあったの?それはちょっとね……。」
「はっ、?いや、いやいやいや。ないですよ!そんな趣味!……はあ、わかりました。この話はここで終わりにしましょう。」
暫くの話し合いの末、トルーンが妥協する事で決着がついたようだ。
最後は諦め口調で哀愁が漂っていて可哀想だったが、奥様は舌戦が強い。思わず尊敬の眼差しで見てしまった私である。
「さて、トルーン。何時まで客を待たせるつもりだい?そろそろ本題に入ってもいいかな?」
疲れ果てている店主に、旦那様が追い打ちをかけた。私は一瞬その容赦のなさに頬を引つらせるが、なんとか耐える。
そうしている間にも、旦那様と店主は何か打ち合わせのようなものを始めた。




