『初めて感じる、光の都』
光の都は大陸一の商業国。故にその名の通りに、市場には物が溢れ、中央通りには多くの商店が立ち並ぶ。
「今日は市場に行こうか。」
「えっ?……あ」
そんな都で暮し始めた私は、その日の朝食で突然旦那様が言い出した言葉に驚いて、フォークに挿していたじゃがいもをポトリとお皿の上に落とした。
初めて教会に行ってから二日経つ。授業に参加するのは来週から週四回の頻度で、ということに決まった。
今回の初体験は学ぶことも多かったのでそれは別にいいのだが、教会の次は市場とは……。
「あら。随分急ですね?」
私が心の中で思っていた事を奥様が代弁てくれた。
「ああ。昨日ジュールズから無許可店舗の報告も上がってきていたし、ちょうどいいと思ってね。」
知らない名前が出てきた。
会話の内容から部下だとわかるが、どうやら今回は仕事が絡んでくるらしい。
私の為に気を使わせたわけではないと分かって安心したような、少し悲しいような、不思議な気分である。
「市場には馬車で?」
「ああ、途中まではそうする。いい機会だから、途中からは歩こうと思ってるよ。エミリアも遊び盛りなのだし、いつまでも家の中で勉強ばかりでは気も詰まるだろう。」
あれ、私の為だった。
旦那様と奥様の会話でそれを悟り、私は自分の考えが早とちりだったと反省する。
「ええ、それもそうね。エミリアちゃん、今日は市場に行きましょう。光の都をじっくりと見たことはないでしょう?」
「あ、その……そう、ですね。」
奥様の問いかけに私は歯切れ悪く答える。
確かに、私は光の都の市場どころか、教会以外には行ったことがない。特に必要性を感じなかったし、入国したばかりの頃と違って外への興味も薄れていた。
恐らくだが、前世の私は引きこもりだったのではないかと思う。でなければ初めて来た国で、一度も外に出ずに興味がなくなるなんていくらなんでも速すぎるというものだ。
「馬車を用意させた。二人共行こうか。」
心の中でそんな事を考えていると、そう言って旦那様が席を立つ。
馬車なんていつの間に……。と驚きながらも、奥様も立ち上がったのに合わせて私も立ち上がる。
「エミリア、おいで。」
「……はい。」
旦那様に手を差し出され、私は少し気恥ずかしい気分になりながらも、その上に手を重ねる。すると反対の手も奥様に取られた。
「奥様?」
「ふふふ。駄目かしら?」
そう聞かれたら、いいよと答えるしかない。
別に嫌なわけではないし、私は首を横に振って笑顔を向けた。そうすると奥様も笑い返して下さり、二人で一度笑い合う。
そしてその後すぐ、横でその様子を見守っていた旦那さまと、三人で馬車に乗って市場へと向かった。
馬車に揺られて十分程。賑やかな大通りから少し離れた場所で馬車を降り、暫く旦那様と奥様と手を繋いで歩く。
こうしているとアレクと二人でスラムを歩いた事が思い出される。
今アレクはどうしてるのだろうか?元気でいるのだろうか?どこにいるだろうか?
色々な疑問が頭に浮かんで来るが、それを聞ける相手はどこにもいない。自分から覚悟して離れたはずなのに、こんなふうに歩いているとどうしても寂しさがこみ上げてくるから不思議だ。
「エミリアちゃん?」
「…はい?」
私が過去に思いを馳せて少し感傷に浸っていると、奥様に名前を呼ばれた。
こういう時、女の人の勘はすごいと思う。私がずっと俯いていたからかもしれないが、旦那様よりも早く気づくのだし。
とはいえ、心配されてもこれについては本当の事を話すわけにはいかないから、ここは何でもないふりをする。
「……いえ、市場に行って何か欲しいものがあったら言うのよ。」
「はい!わかりました。」
私の様子から何かを悟ったのか、奥様はそれ以上追求するのをやめたらしい。私は元気よく返事をしながら、奥様に言われた事で市場について考え始める。
私が市場を見るのは二回目。
最初は入国した時で、あの時は馬車の中から本当に見るだけだった。
だから実質、今回が初体験という事になるのだが、よく考えると私はこの国の市場物価とか全然知らない。
「ほら、市場が見えてきたよ。」
「え?」
旦那様の声に反応して、私は再度俯けていた顔を上げた。
「……。」
感動で言葉も出ない。
私達が歩いていた場所は大通りからは外れていたが、それなりに明るい場所だった。だがこの市場は別格だ。視覚的ではなく、もう雰囲気が違うのだ。
行き交う人々や商品。呼び込みの声、それに紛れて聞こえてくる主婦の井戸端会議の内容や子供の元気な声。様々な服装や人種の入り交じるその市場は、確かに光の都に相応しい希望あふれる場所だった。
「すごいね。」
私は最後に一言だけ、誰ともなしに、そうポツリと感想を呟いた。




