『初めて思う、猊下の遠さ』
授業が再開した。
ルルーシュはこれからの授業内容の説明を始めたのだが、それを聞いている私は現在現実逃避の真っ只中である。
――今からは神歴書に書かれている物語を見ていきます。注意事項はいつも通り。映像筒に近づかない。映画中は声を出さない。以上です。何か聞きたいことがある子は?
これが少し前のルルーシュの言葉。
どこからどう聞いても、映画の注意事項にしか聞こえない。というか本人も"映画"と言い切っていたし。
嫌な予感に顔が曇っていく。
だがそんな私の様子に気づいていないルルーシュが、黒筒の操作を初めてしまう。
黒筒はどうやら、映画鑑賞には必須のアイテムらしいのだが、あんな物でどうやって映画を見るのか。
どうするんだろう?と不思議な気持ちで見守っていると、暫くしてそれが光ったと思ったら空中に絵が映し出された。
「!?何っ!?」
それまで静かにしていた私は、突然現れた絵に驚いて声を上げる。そのまま慌ててルルーシュを見れば、私の叫びに不思議そうな顔をしていた。
「何って……見たことないの?映画よ。」
「え?(…やっぱりあの、映画なの?)」
私はまさかと思いながらも、自分の予想が当たった事、そして当たり前のように言って聞かせられた言葉に頬を引つらせる。
魔法があるこの世界では、科学の産物であるドラマや映画は見れないと、そう思っていた。だってそうである筈だし、そうであるべきなんだ。
もし魔法だけでなく、科学までもが発達しているとしたら、それはどんな事でも出来てしまうようになる可能性がある。
それこそ、どんな犯罪行為でも、地球で長年目標とされていた宇宙の他惑星への移住も、一瞬で完了してしまうのではないだろうか?
それはとても恐ろしい事だと私は思う。
「あ、ほら始まるよ!」
自分の考えにゾッとしていると、横から元気な声がかけられる。
私はそれにはっと顔を上げたことで、その光景をしっかりと見てしまった。
この世界と地球の映画は同じだという事実を突き付けられる光景が、そこには広がっていたのだ。
範囲こそ小さいが、それ以外は2020年度の日本と変わらないクオリティーがあるように見えるスクリーン。今回の映画はアニメーションで、普通よりも技術がいるはずなのに、だ。
これは凄い事だろう。でもそこには、さっきの考えに引きづられて素直に喜べない自分がいた。
私は気づけばネガティブな方へ向かってしまう思考を振り払い、今は映画に意識を集中させる事にした。
そうして些か緊張しながらスタートした映画鑑賞は、思いの外面白かった。
神歴書とは、世界と神の楽園についての物語。そこには人間のような愛や増悪、悲しみ喜び、色々な関係が記されている。
この書の著者は、マルゼリア。姓・年齢・性別全て不明。約五千年前に存在したと言われる神学者で、謎が多い人物。
と言うか、謎しかない。まあ五千年前だから当たり前だと思うけど。
「マルゼリアはどうして神様を人間に近づかせて書いたんですか?神聖性がほとんどなくなりますよね?」
私は映画を見終わると、マルゼリアについて話した本人。ルルーシュにそんな質問を投げかけた。
この世界では神様に神聖さはいらないとでも言うのだろうか?
「それについては私が説明しましょう。」
じっとルルーシュの言葉を待っていた私の耳に、背後からそんな声が届いた。振り返ると、そこには猊下がいた。
「え、え?猊下?」
「猊下、お早いお戻りで。お疲れ様です。」
いきなりの事で驚く私とは対照的に、ルルーシュが落ち着いた様子で声をかけた。
「面白そうな話をしていますね。神歴書の復習ですか?」
「はい。初めてのエミリアに、神話についてお話しておりました。」
「ああ。それで先程の質問ですか。エミリアもマルゼリアに興味が出たようで良かったです。でも、神の神聖さについての質問とは面白いですね。確かに、マルゼリアは謎が多い。マルゼリアの記した本には最高神も含め、九神についてまるで会った事があるように詳細に描かれている。五千年前は実際に神々が大地に降臨されていたのでは?と言われていますが、私は違うと思っています。神々が降臨されたのではなく、マルゼリアの方が神々の楽園に訪れた。真実はわかりませんが、五千年前のある時期、マルゼリアの本が世に出回らなくなった事があったらしいのです。これも古い文献に記されていた事なので、ならばこのある時期に、神々の楽園に行ったのだと私は推察しているのですか……」
私はどうやら猊下の何かのツボを刺激してしまったらしい。話が終わらない。
というか、今更言えない。
いや、別にそこまで深く考えて質問したわけではなかったんです。なんて――
結局猊下の話は、それから一時間程続いたのだった。




