『初めて聞く、神話について』
「そのようなことはしなくていいのですよ。今日は紹介したい者を連れて来ただけですから。」
猊下が声をかけながら跪く三人を立ち上がらせると、赤毛の少女が不思議そうに問いかける。
「え?紹介したい方ですか?」
「そうです。…エミリア。」
黙ってやり取りを聞いていた私は、猊下に名前を呼ばれた事で、笑顔で後ろから進み出た。
「はじめまして。私はエミリアと言います。」
この世界での正式な挨拶の仕方なんて知らないので、取りあえずは普通に挨拶をしてみた。
するとそれは正解だったようで。
「ええ、はじめまして。私はルルーシェ。こっちの女の子はマイル、男の子はリリックよ。よろしくね、エミリア。」
普通に挨拶を返された事に、私は密かにホッとする。
子供達の中で一番年上だろう赤毛の少女がルルーシュと名乗り、他の子達のことも紹介していく。そして最後に手を差し出された。
「?……あ、はい。よろしくお願いします、ルルーシュさん。」
この世界にもあると思わなくて一瞬考えてしまったが、これはどう考えても握手だろう。
でも間違えてた場合怖いので、私は少し緊張しながら手を握り返したのだった。
「では授業を始めましょう。」
「「「よろしくお願いします!」」」
ルルーシュの宣言に、私達の声が重なる。
猊下は私達の挨拶が終わった後、誰かに呼び出されたとかで何処かに行ってしまったので今はもういない。
初めての授業が授業参観みたいにならなくて良かったと、少しホッとしている。
「昔々、ある所に―」
そんな語りで始まった記念すべき第一回目の授業は、遥か昔に存在したという神話の時代のお話だった。
「『昔々ある所に、九の神々の住む庭園がありました。そこには色とりどりの花が咲き乱れ、沢山の動物たちもおりました
そこは世界を作りし最も原初なる我らが父、最高神クレアーレ様の作りし至上の花の庭園
一の闇神チェルーナと二の光神リュミエールが治める暗明の世
三の太陽神シュトラールと四の月神ルゥーナーが見守り暗明を照らす光の高み
五の大地神ローシェン・六の水神ルーシェル・七の風神フォーリッジ・八の炎神ハシュールが生み出せし自然と生物の共存の庭
多くの赤薔薇が咲くその庭園を、神々は【悠久の時の楽園】と呼んだ』………はい、これでお終い。」
そう言ってルルーシュが読んでいた本を閉じる。
集中していた私は、そこではっと我に返り、中々に興味深い話だったと心の中で呟く。
これは地球にもあった、ある宗教の聖典の創世記の記述に似ている。確かあれには、世界の生まれ方だったかな。そんな風な事が書かれていたはずだ。
神様が複数いるっていう部分とか細部は全然違うけれど、世界が生み出された瞬間―闇を光で満たしたという部分は同じだ。
「今日はエミリアが初めての参加だから、原始神話の復習をするわよ。この物語は神歴書の導入部分だけど、エミリアは知らないよね?。」
「えっと、はい。知りません。」
色々と思考に耽っていると、突然話の矛先が向けられた。少し慌てながらも私はそれに頷く。
というか、神暦書って何だ。
「神歴書は五千年前の遺跡から出てきた石碑の文字を下記写したものだけど、今の教会外部の子供は神歴書を読まないからね。……なら基本的な事から押さえていきましょ。リリック!」
どうやら私の心の声が通じたらしい。簡単にだが、説明された内容で大体は把握できた。
「これでいいのぉ〜?」
「ええ、いつも通りにお願い。エミリア、今から神話のお話を全て実際に見せるわ。少し長くなるけど、時間は大丈夫?」
後で旦那様の所にあるか探してみよう…。
そんな事を考えていると、さっき名前を呼ばれていた男の子が、緩慢な動作で大人の掌ほどの黒色の細長い筒を、床に設置し始める。見慣れないそれを少し気にしながらも、私はルルーシュに応えた。
「旦那様には何も言われてないので分からないのです。ここにも突然猊下に連れてこられました。」
「え?猊下は何もご説明なさらなかったの?」
「はい。何も聞いてません。」
「…そう。」
ルルーシュは一度何かを納得したように頷くと、それっきり黙り込んでしまう。
(一人で納得してないで、言葉に出して教えてよ!私のことでしょうがそれ!)
心の中では不満たらたらにそんな事を叫ぶが、それはおくびにも出さず、私は笑顔でルルーシュの次の言葉を待つ。
自分から突っ込むようなことはしない。地球には確か、『藪をつついて蛇を出す』ということわざがあったが、今の状況がそれに近いような気がするからだ。
……と、格好つけて言ってみたが、結局はただの勘である。
「――ら猊下が迎えに来てくださると思うから、何も心配はいらないわ。さて、なら早速始めましょう。」
「え、あの…」
気づけば勝手に話が進んでいた。慌てた私は、ルルーシュに急いで声をかける。
「うん?何か質問がある?」
「あ、さっきの…」
「ねぇねぇ!まだまだぁ?つけていい?」
だが質問の声は遂にしびれを切らしたらしい女の子の声に遮られた。
「マイル、ちょっと待ってて。ごめんね、エミリア。で、何だったっけ?」
女の子―マイルを軽く受け流したルルーシュは、私に改めて問いかけてくる。
だが流石の私も、早く早くと急かす視線の中で、さっきの話を蒸し返す勇気はない。
「いや、何でもないです。授業の続きをしましょうか。」
だから結局、私の取れる行動は一つしかなかった。




