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『初めて見る、不気味な建物』

 学び舎は大聖堂の奥、外に出て並木道を抜けた先の小さな建物(とは言ってもそれなりの大きさの一戸建て)にあった。周りは草木に囲まれていて、辛うじて入口らしき木製の扉が見えるだけ。

 猊下によると、ここは昔の偉い聖職者が、隠居した後に帰る場所がなかった為に造られた建物で、現在は孤児院として使われているらしい。

 ただ、孤児は全員が八歳以下の子供の為、掃除が行き届いていてない。本来なら孤児院長がその辺もどうにかするものなのだが、どうやら話を聞いた限りだと、今の孤児院長は相当な怠け者らしい。


 というか、この際なのではっきり言おう。

 一瞬お化け屋敷かと思った。


「本当にここに人が、子供達が住んでいるんですか?」


 絶対誰もいないだろう。

 私はそう確信しながらも、横に立っている猊下に問いかける。

 猊下はさっき子供達がここにいると言っていたが、この様子では現在もそうだという可能性は低い。

 だが身分の上の人を相手に、その発言を全否定する勇気は私にはない。だから私は長い物には巻かれろ精神でいこうと思う。


「うーん。何も報告は受けていないので、そのはずなんですけど……。」


 建物の惨状のせいで、猊下の自信もなくなったらしい。声に困惑が浮かんでいる。

 まあこんな植物屋敷に、人が住んでいるとは普通に思えないし、それも当たり前だろう。


「えっと、どうしますか?ここが学び舎なんですよね?」


 私は困り顔で猊下に問いかけた。

 学び舎兼孤児院だと、猊下は先程はっきり言っていた。孤児院はともかく、学び舎ということは、ここで授業を受けるということ。

 無理だろう。

 

「…少し確認を取りますね。少し待っててください。」


 少し考えるような素振りを見せた後、猊下はそう言って目を閉じる。

 私はその行動を不思議に思いながらも、言われた通りに大人しく待った。







「……エミリア、確認が取れたました。」


 それから暫くして、猊下がゆっくりと目を開いた。


「え?確認……」

(…何処に?)


 私はきょとんとする。猊下の言葉に疑問しかなかった。

 だがそんな私の思いとは裏腹に、猊下は言葉を続ける。


「やはり学び舎はここで合っているようです。子供達も移動したという話は聞いていないと言われました。」

「え?ならここで授業を受けるのですか?」

「そうですね。そういう事になります。」


 お化け屋敷で勉強……。

 猊下の話を聞いて頭に浮かんできたそんな言葉に、私は愕然とする。

 余りにも斬新すぎる案だ。だが確かに面白そうではあった。


「先ずは中に入りましょうか。孤児たちの安否確認が先です。」

「はい!もちろんです!」


 私が大きく頷くと、猊下が扉を開く。

 私はそ隙間から中を覗き込み、そしてその光景に絶句した。


 建物内は白く清潔感のある空間が広がっていた。外の様な植物はなく、広い部屋の中央には少し汚れた机が一つに、椅子が八つあるだけ。それ以外は五つの布団と、沢山の玩具や本などが一箇所に寄せ集められていた。

 部屋の奥には2階に上がるための階段があり、しかし現在それは立入禁止とでも言うように、青いテープか張り巡らされていた。


 だが、そんな物よりも私の目を引いたのは猊下の話に出てきた孤児院の子供達だった。


「マイル!食器は洗ってから棚に直してって言ってるでしょ!」 

「リリックはご飯中に寝ないの!」


 オニキスのようなきれいな黒色の瞳に鮮やかな赤毛を持つ少女が、大声で怒鳴りながら料理を持って他の子供達の周りを忙しなく歩き回る。

 だが言われた当の本人達―新緑を思わせるような緑髪と瞳のマイルと呼ばれた女の子と、少女と同じ赤毛に淡いピンクの瞳のリリックと呼ばれた男の子―は、素知らぬ顔で我が道を行く。


「もうっ。」


 赤毛の少女は呆れたような、諦めたようなため息を付き、こちらを振り返る。


「……えっ」

(あ……。)


 目があった。

 少女は驚いたように固まり、手に持っていた料理が床に落ちていく様子を、私は静かに眼で追った。


「……あ、あ…猊下……あ、す、すみませ…」 

 

 少女は前に立つ美女が猊下だと理解しているらしい。お陰でかなり動揺して言葉が出てこないようで、私は同情の視線を送った。  

 私が原因とはいえ、猊下は本来このような所には来ないのだろう雲の上の存在だ。そりゃあ緊張もする。


「げ、猊下におかれましては、ご機嫌麗しく。」


 私がそんなことを考えている間にも、立ち直ったらしい赤毛の少女は恭しく跪く。席に座って各々好きなことをしていたマイルとリリック達も赤毛の少女を真似た。


 少し意外だが、礼儀は完璧だ。私は正しい跪き方なんて知らないから、見る人が見ればおかしな所もあるのかもしれないが、素人目からしたらその動作は洗練されているように感じた。



 そして床に落ちていた料理はいつの間にか、きれいに盛り付け直された状態で机の上に乗っている。おそらく魔法だと思われるが、その決定的瞬間を見逃してしまった。私は悔しさに唇を噛んだのだった。

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