『初めて行く、異世界の大聖堂』
「大聖堂へ行こう。」
旦那様がそう言い出したのはある昼下がりの事だった。
「え?大聖堂…ですか?」
私は突然のその提案が予想外で、思わず聞き返してしまう。
「そうだよ。エミリアは本を読むのが好きだろう?大聖堂には学び舎があるからね。歳の近い子達も来るし、一度行って見ないかい?」
(学び舎…。それはあれかな?地球で言う学校みたいな?)
私は旦那様の言葉からそう想像するが、それを直接言うわけにもいかない。だから仕方なく、何も分かっていない振りをして問いかける。
「そこでは何を学べるんですか?」
「そうだねえ…一応教会の大聖堂だから、基本的には文字と神話について教えている。ああでも、歴史や計算等も習えるよ。歴史はともかく、計算なら私の所でも教えられるから、必要な時は言ってくれ。」
旦那様がそう言って説明を締めくくるのに、私はしっかりと頷き返した。
(はっきり言って、神話は魅力的だ。謎の本や男の言葉を信じるなら、神話についてはしっかりと学んでおいた方がいい。文字もまだ完璧に読めるわけではないから必要だし、計算は前世と同じなのか確認すべき。歴史は……まあ、この世界を知るという点では必要かな?)
そこまで考えて、私は改めて旦那様に視線を向ける。そしてしっかりと宣言した。
「私も大聖堂に行ってみたいです。」
「うん。なら三日後に行こう。大丈夫かな?」
「はい。よろしくお願いします。」
私は旦那様にニッコリと笑い返した。
―三日後
私は朝食が終わると、旦那様に手を引かれて大聖堂を訪れた。
外から見た大聖堂は屋根が青色のアーチ型で、それ以外は全体的に白だった。素朴で落ち着いた雰囲気を纏ってる建物だ。
しかし、それは中に入ると一変する。
人が全くいなかった大聖堂内は、白色を基調としているのは同じだが、所々に金が使われていて暗いという印象は全く受けない。左右の壁に数多あるステンドグラスからは外の光が入り込み、それが建物内を明るく照らしていた。
入って直ぐの天井の一番大きなステンドグラスには九人の男女が描かれ、全員がギリシャ神話のような服を着ていた。周りには赤い薔薇が咲き乱れ、中央には大きな噴水がある。
九人の男女はそれぞれ楽器を弾いたり、小鳥と戯れたり、おしゃべりしたりと、まるで実際の人間が薔薇の庭園で戯れていると錯覚してしまうような幻想的なイラストだった。
私は今世、もしかしたら前世を合わせても初めてかもしれない美しいイラストに見惚れる。
「すごい…きれい……」
「ふふ、ありがとう。そう言ってもらえると、こちらとしても嬉しいよ。」
思わずもれた呟きに、返事が返ってきた事に驚く。
私は上を見上げていた視線を慌てて前に戻すと、そこには絶世の美女がいた。
その美女はアイスブルーの瞳を細めて、腰まであるだろう長い白髪を背中に流して、私達の正面に立っていた。
真っ白の服を着ているからか、大聖堂の清らかで静謐な雰囲気を纏うその姿は、神々しさすら感じる。
「こ、これはカーディグ猊下。拝謁の機会を賜り、誠に光栄でございます。」
私がボーッと美女を見つめながらそんな事を考えていると、旦那様が慌てた様子で跪いた。
旦那様が動揺する所なんていう珍しい出来事に、一気に私の思考は現実に引き戻される。
(え、猊下?猊下って何?偉い人なの?え?どういう事?)
頭の中ではパニックになりながらも、身体は自然と旦那様と同じように跪く。
とは言っても、如何せんまだ幼いので完璧にとはいかないのが少し悔しい。
「お久しぶりですね、マルーク。レリキュールは元気にしていますか?」
「はい。猊下のお力のお陰で、妻は今も元気に働いております。その節は、誠にありがとうございました。」
「それなら良かったです。…ところで、そちらが例の子ですか?」
横で交わされる二人の会話を何となく聞いていたら、突然自分に視線が集まった事に気づいて私は驚く。
(な、何?例の子?)
困惑しながらも先程の言葉がどういう意味か聞こうとすると、二人が再び話し出す。
「はい。この子が今回養女として迎えたエミリアです。」
出鼻を挫かれたと思ったら、いきなり爆弾発言が落とされた。
(ちょっと!養女って何ですか旦那様!私はきいてませんよ!!)
私の頭の中での混乱はましたが、二人が会話を再開させてしまった今、それを聞ける状況ではなかった。
「そうですか。では、今日は見学ということでいいですか?」
「はいそうです。……ってまさか、猊下自らがですか?」
「ええ。ここには私しかいませんからね。そういう事になりますね。」
「い、いけません。猊下はお忙しい方。このような事で手を煩わせるわけには……」
「私がいいと言っているのです。何か問題がありますか?」
「……いいえ。ありません。」
「そうでしょう?……では、行きましょうか。」
そう言って突然美女が私の手を取る。
怒涛の勢いの会話で全然ついていけていけなかった私は、殆どされるがまま立ち上がった。
(ど、どういうこと?どこ行くの?)
美女に手を引かれて歩きながら、混乱と不安で旦那様を振り返る。
助けてくださいと言う思いを込めて視線を送ると、しかし旦那様は安心しなさいとでも言うような笑顔を浮かべただけだった。どうやらこの状況の説明をする気も、私を助けるつもりもないらしい。
私は旦那様への若干の落胆と今後への不安を感じながらも、どうすることも出来ずに大人しく美女に手を引かれて大聖堂の奥へと進んでいった。




