『新たな門出』
光の都ルス。
風の都とは大山脈を挟んで隣接していて、中央には白陽宮という大聖堂が聳え立ち、商人が多い商業の都。
そんな都への入国審査の列のある商人の一行に、私は紛れ込んでいた。いや、紛れ込んでいるは語弊があるかもしれない。
正確に言うと、拾われたのだ。風の都と光の都を繋ぐ唯一の街道で。
「エミリアちゃん。大丈夫?疲れてない?」
過去を思い出してため息をつきかけた私の顔を、一人の女性が覗き込んでくる。
その女性は一緒の馬車に乗っているから、私の様子がおかしい事に直ぐに気づいたらしい。
しかし、その気遣いは有り難いのだが、大丈夫かと聞かれて大丈夫じゃないと答えられる奴はほとんどいないと思う。
「うん。大丈夫!」
私はそんな事を心の中で考えながら、笑顔で頷いた。
女性。ここでは奥様と言った方が正しいかもしれないが、この方は光の都に住む商人の奥方。風の都からの帰りの途中、街道に一人立ち止まっていた私を保護してくださったのだ。
奥様、というよりも、旦那様の商家は結構大きな所らしいのだが、見るからに孤児であった私を何故拾おうと思ったかは不明。
まあ、それでもあのままでは餓死決定だったので、助かったのは事実。今は有り難さだけ感じておくことにしている。
それに、この奥様からはアレクと同じ匂いがするのだ。
それは別に本物の匂いというわけではなく、雰囲気とか、人間性とか、そういう意味での匂いだ。
金色に輝くきれいな髪と瞳。三十五歳とは信じられない程に若々しくお美しい容姿。そして気品のある物腰。全てが完璧。
見た目こそ全然違うが、これぞまさにアレクの女性版である……と私は思ってしまった。
この方からするのは万能人間の匂いだ。
そう考えると、私は結構運がいいのかもしれない。アレクに続き、生活に不自由しなさそうな人に拾われたのだから。
「それならいいけれど。…ところで、どうしてあんな所にいたの?」
その質問に、私の心臓がドキッとはねた。
一度は聞かれると思っていた。でも、気を抜いていた今でなくてもいいではないか。何故今なのだ。
「え?…ははは。わからないです。」
私は笑顔で誤魔化す事しかできない。
あんな所とは、もちろん街道の事。
でも、言えるわけが無いのだ。本当の事を…。
だって。だって!
誘拐犯の口車に乗せられて捨てられました!なんて言えないでしょ!
そんなこと言ったら、私が馬鹿みたいになっちゃう!
しかも、結局秘密って言うのもほとんどわからなかったし!
何よ。「俺の書いた本を失くすなよ。それにお前の知りたいものが書かれている。」って。
しかもその言葉の意味を聞く前に「自分を知りたいなら、先ずは光と闇の都の大聖堂に行くことだ。」って言い残して消えちゃうし!
「どうしたの?やっぱり体調が悪いの?」
「え?ううん!ちがうよ!」
私が心の中で誘拐犯への文句を言っていると、急に黙り込んだ私を奥様が心配そうに覗き込んでくる。
本日二度目のそれに、私は慌てた。笑顔を作って、誘拐犯の事を考えるのをやめる。
自分の都合で、親切にしてくれている奥様を悲しませる訳にはいかない。
だから例え心の中がどうであろうと、私は笑顔を作るのだ。
それで奥様も笑顔になってくださるのだから安いものだ。
そうして暫く、私達がニコニコと笑い合っていると、ある一行がこちらに近づいて来た。
「あ!奥様!旦那様が戻ってきましたよ!」
それにいち早く気づいた私は、心の中で助かったと息をつきながら、奥様に声をかける。
「あら。本当ね。思ったより早かったわね。」
奥様が少し驚いたようにそう言うのに、私は心の中で確かに、と思った。
ある一行とは、入国手続きに行っていた旦那様達の事。
藍色の髪に緑の瞳を持つ旦那様は、奥様に負けず劣らずお綺麗な方。こちらも四十歳なんて信じられないくらいに若々しく、生気に満ち溢れていらっしゃる。
今回は私がいるからと、入国手続きは時間がかかるかもしれないと言われていたのだが、どうやらそんな事もなく、結構早く終わる事ができたらしい。
余計な迷惑をかけなくて良かったとは思うが、入国審査がこんなに緩くていいのかと少し心配になる。
「お帰りなさい、あなた。」
だがそんなことを私が心の中で考えてるとは知らない奥様は、近くまで来た旦那様に声をかける。
「ああ。エミリアの入国手続きも無事終わったよ。まだ子供だからね。簡単に許可が出た。」
「そうなのね。よかったわ。」
馬車に乗り込みながらの旦那様の言葉に、奥様はそう言っただけ。
そう、会話が終了してしまったのだ。
ここに来るまでに思ったことだが、奥様と旦那様との会話は簡潔だ。それは主に奥様が余計なことは言わない人だからなのだが、どこかお互いによそよそしいというか、何というか…。
別に仲が悪いわけではないのだ。夫婦にしては他人行儀なだけで…。
と言っても、これは私が気を揉んでも仕方ない事だろう。
心配は心配だが、これは他人である私が首を突っ込んでいい内容ではないのだ。
「では行こうか。あまり後ろを待たせるのは良くない。」
私の心配をよそに、旦那様が普段通りの声でそう言うと、馬車はゆっくりと進み出す。
私は遂に、光の都へと入国ようとしていた。




