『少し未来の物語』
――昔々、ある所に一人の少女がいました。
彼女は貴族として生まれ、愛されて育ちました。
しかしある日、それを妬んだある女によって捨てられてしまいます。
でも彼女はへこたれません。
彼女にはある不思議な記憶があったからです。
でもその記憶のお陰で、彼女は幸せな記憶を全てなくしてしまいました。
彼女は新たな人生を生き始めました。
しかし今でも、その失った記憶を探し続けています。
「はい。これで今日のお話はおしまい。」
私はそう言って、さっきまで寝物語に読み聞かせをしていた本を閉じる。
「ええー!まだ続き!その女の子はその後どうなったの!?気になるー!」
すると、今まで静かにお話を聞いていた女の子は、気になる!気になる!と大声で叫び出す。
それに仕方ないなと苦笑しながら、小声で注意をした。
「ダメよ、シャルル。静かにして。夜に大声はダメって言ったでしょ?もう読み聞かせしてあげないよ?」
「うっ。で、でもー。」
女の子―シャルルが言葉に詰まる。
私はそれに微笑みながら、更に言葉を続けた。
「でもじゃないでしょ?いい?もう寝る時間なの。続きが気になるなら、明日読んであげるから。今日は大人しく寝なさい。」
「…はーい。わかったー。」
シャルルは渋々ながらも頷く。
それに心の中で良かったと胸をなで下ろして、私はシャルルの額におやすみのキスをした。
「おやすみなさい。いい夢を。」
――コンコン
シャルルが寝るのを見届けた私は、現在ある部屋の前にいた。
いつものようにノックをすると、中から「入りなさい。」と声がかかる。
私はそれに「失礼します。」と入室の挨拶をして、部屋に入った。
「よく来たね。」
部屋に入って最初にかけられたのはそんな言葉。聞き慣れたその優しい声に、私は笑顔を返す。
「旦那様、今日は新しい絵本をありがとうございました。シャルルも喜んでいましたよ。」
「そうか。喜んでくれたなら良かった。でも、君への贈り物としては少し内容が幼子向けだったかな?」
不安そうな旦那様に、私は笑顔のまま首を横に振る。
そんな顔をされて、私に否定の言葉なんて返せるわけがない。
まあ、元々感謝を言うために来たので、否定の言葉なんて言うつもりはなかったのだが。
「そうなことはありません。読んだことのない絵本で、面白かったですよ。」
これは紛れもない本心。
でも、あの絵本は私にとって――
「そうか。それなら良かったよ。あ、そう言えば新しい絵本を手に入れたんだ。時間が空いた時にでも、シャルルと二人で読みなさい。」
「はい。ありがとうございます。」
「ああ。それと、カイルが君が来ない事を心配……いや、不安に思っていたよ。一ヶ月も間が空いている。そろそろ行ってあげなさい。」
ああ、カイルが…。
私は一人の男の顔を思い浮かべて、その言葉に納得する。
彼は寂しがりやだからなあ。
「分かりました。明日にでも行ってきます。」
「ああ。そうしてくれ。」
旦那様は私の言葉に満足そうに頷く。私もそれに微笑み返した。
「では、そろそろ今日のご報告を始めますね。」
「ああ。時間を取らせて済まないな。そうしてくれ。」
許可を貰い、私は今朝からのことを思い出して報告を始める。
「今朝は七時に起床いたしまして、朝食を食べた後、文字の勉強をしました。それが終わりましたら、いつものように読書をし、昼食後に商会本部で計算書類のお手伝いを。それを夕方五時頃に終え、その後はシャルルと過ごしました。夕食は七時頃に。」
「そうか…。何か変わったことは?」
その質問に、私は少し考えて、いいえと首を横に振る。
「特には、何もございませんでした。」
「そうか…。よし。なら今日はもう下がっていい。夜も遅い。君も早く寝なさい。」
「はい。分かりました。では、失礼します。」
仕事終了を告げられ、私は大人しく頭を下げて部屋を出た。
いつものことだ。
私が七歳になってから、一日の報告を求められるようになった事も。
それが終わるとすぐに部屋から出される事も。
子供相手に普通はありえないが、自分が普通でないことは十分理解しているので、不満はない。
それに、と私は考える。
拾ってもらった恩もあるし、少しでも役に立つならこのぐらいは別にいいのだ。
男に置き去りにされた私。
髪の色が変わってしまった私。
ここのまま獣の餌になるのだと、覚悟を決めた私。
その数々の『私』を、私は思い返す。
もう過ぎ去った過去。
それでも忘れられないあの日。
すべてを捨てても手に入れたかった真実は、結局少ししか手に入らなかった。
それでも、後悔はしていない。
今までの、この世界で得たすべてを捨てることは怖かった。でもあの時の私は何も知らないまま生き続けることはできなかったのだと、今ならわかる。
生きていく内に、増え続ける様々な謎。
その答えを、私は探したかった。いや、今も探したいと思っている。
だから捨てた。家族も、友人も、すべてを捨てた。
ああ。でも、あの時の、あの男の本性に気づけなかったことは、後悔しているかもしれないな。
そんな事を考えて、私は廊下を進む。
遠い昔の過去に想いを馳せながら。




