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『彼の秘密の物語』

 その日、アレクの元に手紙が届いた。


『 今までありがとう。

  再会はその時が来たら。

  またね。       』


 その短い手紙は、しかし、気力を失っていたアレクを立ち直らせるには十分だった。


 右上がり気味の乱れた筆跡。

 習い始めたばかりの子供が書いたにしては、十分上手と言えるだろう文字。



 一ヶ月。

 どこに行ったかも分からない相手を探し続けたアレクは、そこに初めて消えてしまったあの子の影を見た。


(…エミリー)


 こんな手紙を送ってきたという事は、もう戻ってくる気はないのだろう。それは薄々わかっていた。

 それでも、再(・)会(・)とま(・)た(・)ね(・)。

 その言葉は間違いなく、いつか未来の再会を暗示しているのだとアレクは理解した。


(エミリー。君がそう望むなら、今度は君に相応しい僕……いや、私になって会いに行こう。)


 アレクは心の中でそう誓い、手紙を宝物のように懐にしまい込んだ。




 ――コンコン


「アレク様、そろそろ出立のお時間です。」


 ノックの後、外から声がかかる。家から遂に迎えが来たらしい。


 アレクは椅子からゆっくりと立ち上がり、天井に向かって声をかけた。


「グレイ、いるか。」

「はい。こちらに。」


 天井からグレイが降りてくる。


 結局エミリーは気づかなかったが、グレイはアレクの従者で、二人は知り合いだった。


 アレクはスラムに来て直ぐ、家に連絡を入れ、暫くスラムに滞在する旨を話した。

 家族は了承したが、それでも心配だったのか、それからから一週間後。隠密として、最初に家から送られてきたのがグレイ。


「エミリーから連絡が来た。」 


 アレクは努めて冷静を心がけてそう言った。

 それにグレイは驚いたように目を見開く。


「え、一体どちらに?」

「それは分からん。だが、生きている。」


 一ヶ月前。誘拐されたのを助け出した後、そのまま姿を消してしまったエミリー。

 一緒に行動していたはずのシュリエは、動物に食い荒らされた姿で森の中で見つかった。


 その連絡が来た時、アレクは最初、それを信じなかった。いや、信じたくなかったが正しいかもしれない。だからあらゆる手を使って探し回った。

 だが、どれだけ経ってもエミリーの痕跡すら見つからない。

 唯一の救いは死体が発見されなかったことだけだった。


 そんな中、エミリーから届いた手紙。

 アレクは例え会えなくても、生きていてくれるだけで十分だと思った。


「エミリーが何処にいるかの調査は続けろ。私はもうこれ以上ここにはいられないと、父上から言われてしまったから帰らねばならない。」

「はっ。承知いたしました。では、リリスとジーンを借りても?」

「いや、ジーンはダメだ。フックを連れていけ。」

「畏まりました。」

  

 グレイはそこで姿を消した。 


 使用人として派遣されたのはグレイ以外にも5人。全員畑の働き手要員として加わってもらったが、皆元は腕のいい密偵である。


 そしてシュリエ・ガレン・マルクだけは只の孤児。故に、シュリエも死亡し、エミリーもいない為、ガレン・マルクは置いていくことになっていた。

 

(…さて、そろそろ行かなくては。) 


 外からの再足の声が段々大きくなってきた所で、アレクは考えるのをやめて扉を開けた。




____________________





 国土の多くが湖であり、海洋貿易の中心地となっている水の都アイル。


 その地に、数カ月ぶりに第三皇子が帰国したというニュースが広がった。

 第三皇子は見聞を広げる為の留学に行っており、それを終えて戻ってきたのだという。

 


 博学多才(はくがくたさい)の水の第三皇子アレクシス・アイル。


 水の都が生んだまだ幼い鬼才のことを、人々は憧れと尊敬を込めてそう呼ぶ。 



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