『真実を知るには少なからず代償が必要だ』
「自分の事は自分が一番分かってる。…違うのかい?」
誘拐犯は試すような、面白がるような口調で私に問いかける。
その言葉は確かに。自分の事は自分が良く分かっている。そう言う人もいるだろう。
でも、私は――
「……私はそうは思いません。自分の事は、自分が一番よく分かっていないのだと、私は思います。だって、私は私を知りませんから。」
「…そうだとして、俺がお前の事を知っているとは限らないぞ?例え知っていたとしても、それをお前は信じる事ができるのか?」
どうしてこの男はそんな事を聞くのだろう。信じるか信じないかなんて、私の勝手だろうに。
まあそれでも私は答えるのだけれど。
「できますよ。」
「…その言葉、嘘はないな?」
「もちろんです。」
私は頷く。
すると誘拐犯の眼が一瞬青く光ったような気がして、雰囲気が真剣さを帯びた。
私はその変化に、知らず息を呑む。
「ならその言葉を信じ、お前の望む答えをやろう。」
誘拐犯は先程の軽薄さが何処へ行ったのか、厳かな声でそう告げた。
それはまるで神託を告げる神官のようで…。
私は目の前の男が突然、別次元の存在へとなったかのように思えて、気づけば相手が誘拐犯だったということも忘れて問いかけていた。
「…本当、ですか?」
声は震えていなかっただろうか。
そう思ってしまう程、その一言を言うのに勇気がいった。
「ああ。教えてやろう。だがその変わり、お前はここにはいられなくなる。」
「いられなく、なる?」
返ってきた答えは喜ばしいもののはずなのに、最後の一言のせいで私は真実を知ることに対して少しだけ戸惑ってしまった。
いられなくなるっていうのはどういうこと?
ここっていうのは、何処を指してるの?
この森の中?それともスラム?それとも、……アレクの側?
私は嫌な予感に顔をこわばらせた。
そんな私の様子に気づいているのかいないのか、男は更に言葉を続ける。
「お前がお前を知れば、俺はここにお前を放置してはおけなくなる。だからこれは真実の一つを知る代償だ。」
「代償?」
「そうだ。それに元々、こんな面倒くさいことをする羽目になったのも、お前が失われた神の本を読んだからだぞ。」
私は驚愕した。
その本は、限られた人にしか読めないはずだ。
「どうしてその本のことを知ってるの?」
「…あの本は、俺が書いたからだ。」
「……は?」
まさかの爆弾発言に、私はポカンと口を開けて固まった。
なんと言っていいかわからない。
あの本を書いたって、あの一行だけを書いたということ?
私は心の中でそんな事を思いながら、好奇心には勝つことができずに、男に問いかけた。
「あの本を書いたということは、著者ということで間違いないですか?」
「ああそうだ。まあ俺以外にも何人かいたが、確かに俺も書いているよ。中々に面白かっただろう?」
私は聞かれて、曖昧に微笑み返した。
まさかほとんど読めなかったなんて言えない。この様子だと、あの本は一語しか書かれていないというわけではなさそうだし。
私がそう考えながら何と答えようか迷っていた時、男が言った。
「さて、ならそろそろ覚悟は決まったかな?」
「…あっ。」
私はそれでやっと本題を思い出す。
そうだった。まさかの事実のせいで話題がめっちゃ変わってた。気をつけないと。
「私がいなくなるっていうのは、どこからですか?」
私は気を引き締め直して、改めて気になっていた事を問いかけた。
「それはもちろん、スラムからだよ。もっと正確に言えば、あの少年の元からかな。」
ああやっぱり。
私は話を聞いた時、妙に納得してしまった。
そして、まあ良いかとも思ってしまった。
ずっと不安だった。役に立たない私は、いつかアレクに捨てられるんじゃないかって。それでも、一緒にいたかった。
でも今回攫われて思ったんだ。
私がいなければ、アレクはこんな大変な思いをする事はなかったんじゃないか?って。
誘拐の本当の目的は私だったわけで、私が全ての原因になっている。男が何者かはわからないけれど、この先もここに居続けたらきっと似たような事が起こる気がする。
その確信だけは、私の中にあった。
「いなくなったら、悲しむよね。」
私は小さくそう呟く。
この独白に答えなんて期待していなかったけれど、男は予想外に優しい視線で慰めるように言った。
「それはそうだろう。でも、あの少年は強いよ。俺が引き離したとしても、お前を探し出すだろう。そしてその頃には、俺が介入する必要もなくなっているはずだ。」
「……そっか。」
それで迷いが完全になくなったわけではないけれど、それでも別れる覚悟だけはできたような気がした。
「うん。話を、聞くよ。教えて下さい。」
「ああ。いいだろう。」
そう言って、男は薄っすらと微笑んだ。




