『迷惑をかけすぎるのは駄目なのだ』
「雨を降らせるよ。用意はいいね?」
私はアレクに確認されて、緊張しながら頷いた。
これで失敗したら、とは考えてはいけない。
私はシュリエの手をしっかりと握り、雨が降るのを待った。
――ザァーザァー
雨音が聞こえだし、私は笑顔でぱっとアレクを見た。
「アレクくん!雨がっ……。」
私はその言葉を最後まで言うことができなかった。
そこに汗をかいて、息を切らしているアレクの姿があったから。
「アレクくん……。」
私の心の中から喜びが一瞬で消え、心配に変わった。
「…大丈夫だよ。あと少しで始まると思うから、落ち着いてね。」
「……うん。」
アレクは苦しそうに息を整えながらも、私を心配させないように笑顔でそう言い切った。
私はそれ以上何も言えなくなる。
魔法を使って疲れている人の姿を見たのは初めてだった。魔法も万能ではないのだなと、私は知った。
初めての魔法だったのに、今回は今までのような喜びは沸かなかった。
それから暫くして、ドォォンと、外から通常ではありえない音が聞こえ出す。
私は作戦が始まったことを悟った。
「行くよ。」
「…うん。」
アレクが私達を振り返って外に出るよう促してくる。
私はそれに頷き、状況の分かっていないシュリエの手を引いて、静かに小屋を脱出した。
小屋を出た後、アレクは真っ直ぐ森に向かった。
私は黙ってその後ろに続きながら、神経を尖らせる。
例え誘拐犯に見つからなくても、森には野生動物や遭難などの危険が多くある。
アレクもそこら辺はわかっていると思うが、私も気をつけておくにこした事はない。
私はそう考えて、周りを警戒しながらも、早足で歩くアレクに懸命に着いていった。
「もう時間がないな。」
私は小さく呟やかれたその言葉を聞き取り、アレクに視線を向けた。
そしてそれとほぼ同時にアレクも足を止める。
私は訝しげにアレクを見た。
幾ら早歩きしたとしても、所詮は子供の足。まだ敵がいるかもしれないのに、どうして立ち止まったのだろうか。
私がそう不思議に思っていると、アレクが口を開いた。
「エミリー。ここを真っ直ぐ進めばグレイ達がいる。僕はマルクとガレンを助けに行くから、決して寄り道せずに真っ直ぐ進むんだよ。この獣道から外れなければ大丈夫だから。」
私の心の中の疑問に答えるように、アレクはそこまでを一気に話し終えた。
確かに、ここからは獣道が続いている。でも森の中で私達二人だけにするの?
「さ、エミリー。これを受け取って。危なくなったら使うんだよ。」
私が何も言えないでいると、アレクが言い含めるように優しくそう言って、青色のきれいな石を渡してくる。
私はその石とアレクを交互に見た。
「……置いていくの?」
私はポツリとそう呟く。
アレクはそれには答えず、私の頭を一度優しく撫でると、獣道とは違う方向に駆け出していく。
私は大声を出すわけにもいかず、不満を心の中で叫んだ。
ほんとに信じられない!本当に置いていくなんて!過保護はどこいったのよもう!こんなわけわからない石も渡されるし!確かにきれいだけど、お守りなの!?前世と同じような風習がこっちにもあるわけ!?
そこまで叫び終わると、私はだけ落ち着きを取り戻した。
まあでも話が本当なら、アレクはマルク達を助けに向かったのだ。怒ることではない。
怒るのはエネルギーを使う。今は取り敢えず落ち着くのよ自分。
私は必死にそう己に言い聞かせて、荒れた心を鎮める。
本当はこんなものでは怒りは消えない。それでも今は無理矢理にでも冷静にならなければ。
私はぶすっとした表情で、心の中でアレクに文句を言いながらも、言われた通りそろそろ行こうかと、獣道に足を踏み入れた。
「エミリー……。」
そんな時、シュリエに名前を呼ばれて、私は足を止めた。
今まで静かだったのに突然話しだした事を少し驚きながらも、私はシュリエに視線を向けた。
そして優しい笑顔を作り、話を聞こうと問いかける。
「どうしたの?」
「………。」
返ってきたのは沈黙だけ。私は予想外の反応に戸惑う。
「…シュリエ?」
「………。」
呼んだ本人なのに、黙りこんでしまったシュリエに私は困り果てた。
敵が来るかもしれないから、いつまでもここにいるわけにはいかないんだけど。
これは暫く動けなさそう?
私はどうしようかとシュリエの様子を伺った。
「……やっぱり、何でもない。」
暫くしてポツリと呟かれたその言葉に、怪訝な表情を浮かべる。
「…そう?」
あったから話しかけてきたんじゃないの?
私はそう思いながらも、無理に話を聞き出そうとはしなかった。子供相手に無理強いは、意固地にさせるだけだと思ったからだ。
「じゃあ進もう?」
私がそう声をかけると、シュリエは一度こっくりと頷く。
それを確認して、私はゆっくりと歩き出した。アレクの時よりも歩くペースは格段に落ちたが、不安そうなシュリエを急かす気にはなれなかったのだ。
というか今更だが、私はシュリエの年下なんだけど?
アレクは私に指示を出して去っていくし、シュリエには世話を焼いているしで、全く幼い子供らしい行動をしていない!
これはどういうことなのよ!自分!
「エミリー!!」
一瞬心の声が外に出ていたのかと思った。
でも自分で自分の事をエミリーなどと呼ぶわけがない上に、今のはシュリエの声だった。
私はドキドキする心臓を落ち着かせながら、叫んだ本人に注意しようとする。
でもそれはできなかった。
『一難去ってまた一難』ではないが、今度は『驚き去ってめっちゃ困難』が襲ってきたからだ。
「やっと見つけた!」
その声を聞いた途端、私はシュリエが叫んだ理由を悟った。そして何かを考えるよりも早く、シュリエの手を引いて走り出していた。
どう考えても今のは私達を攫った誘拐犯の声である。
その証拠に、シュリエの身体が小刻みに震えている。
今は抱きしめてあげる事ができない。だから私は変わりに、手を握る力を強くした。
すると少し安心したのか、手から少しだけ震えがなくなる。
私もそれに少し安堵する。
でも一方でこの状況に、このままでは逃げ切れないという不安も感じていた。
大人の男と子供の足ではどう考えても歩幅が違う。
今こうして逃げれているのも、誘拐犯が何故か追ってきていないからだ。
このまま逃げきれれば一番いいのだが、流石にそれは許してくれないだろう。
私はそこまで考えて、ふと自分の言葉を振り返って違和感に気づく。
……あれ?何で誘拐犯は私達をすぐ捕まえなかったの?声が聞こえるくらい近くにいたのに。
私は嫌な予感がして、その予感の正体を突き止めようと、頭をフル回転させる。
そもそもあの誘拐犯はいつからいたの?いきなり近くに現れたように思っけど、もし最初から近くにいたとしたら?それこそアレクがいた時も。もし、もしそうなら、あの話も聞かれていのでは?
『ここを真っ直ぐ進めばグレイ達がいる。』
そうだとしたら、これは、罠?
私はその答えに確信を持つ。
そして同時に、この状況を変えることのできる作戦も思い浮かんでいた。
"囮になって、シュリエを逃がす。"
この作戦は私の我が身大事の信条に反するが、アレクに迷惑をかけないようにするにはこれしかないのだ。
私はもうアレクにはこれ以上迷惑をかけたくない!
私はその衝動のまま、作戦に踏み切った。




