『どの世界でも誘拐犯は同じ言葉を使うらしい』
「……はあ。」
私は重いため息をつく。
あれから一週間。
あ。あれとは勿論、リリスとフックとの初おしゃべりの事だ。
で、それから一週間経ったわけだが、私はまだフックに謝れないでいる。
理由は簡単で、ここに来れる日にちが決まっているというのもあるが、それよりも避けられているというのが大きい。
リリスとは挨拶を交わす仲になったが、フックの方にはどうやら完全に嫌われてしまったようだ。
今日も私が来たら、直ぐに仕事に行ってしまい、話しかける暇もなかった。その上、今日は料理をするつもりがなく、暇だったから仕方なくシュリエ達と遊ぶ事にもなった。前の何処か分からない場所で。
今日は本当に不幸続きである。
というか、…はあ。それよりもフックの事はどうしたら……。
「ねぇ、どうしたの?今日は元気ないね。」
「…っ!」
私が鬱々とこれからの事を考えていると、目の前に突然シュリエの顔がドアップで現れる。
今回は声こそ出なかったが、人が真剣に考えている時に驚かせてくるのはやめてもらいたい。心臓に悪いから。
私はそう思いながらも、笑顔が引き攣らないように頑張り、相手を見返して問いかけた。
「大丈夫だよ。それよりも他の二人はどうしたの?」
「二人?二人はあそこで遊んでるよ。」
シュリエはそう言ってある一角を指さす。私もつられてそちらに視線を向ける。
「オラァ!俺の泥団子の方がでかいだろ!できんならよけてみやがれ!」
「な〜に行っちゃってんの〜?投げるの〜も、泥団子作るの〜も、俺の方がうまいに決まってんだろ〜?そ〜っちこそ、避けてみなよ〜!」
二人は何か言い合いながら泥合戦をしていた。
ほら、あれだよ。皆小さい頃一度はやったことがある、泥で団子を作って投げ合うあれだよ。
……え?やったことないって?……まあ、やったことがあるって事で話を進めよう!
そういえば思ったんだけど、前回のであの二人はグレイから服を汚さないように言われなかったのかな?
私はそう疑問に思い、シュリエから話を聞こうとする。
「シュリエ。グレイから……あれ?」
話しながらシュリエが居たはずの場所を見ると、そこには誰もいなかった。
流石に私も困惑して、周りを見渡す。
「…あ、いた……。」
シュリエは少し離れた裏路地への入り口にいた。
それに安心した私だったが、次の瞬間その安心感なんて何処かに吹き飛んでいった。
「このお菓子がもっと欲しいかい?ならこっちにおいで。いっぱい食べさせてあげよう。」
「え、もっとあるの?食べたいわ!」
ってえええぇぇぇぇ!それは誘拐犯の手口ですよ!シュリエさーん!!ついていったらダメですって!!!
私は今にも路地裏に引きずり込まれそうなシュリエに慌てる。
「シュリエ!ダメ!…あなた!その子を放しなさい!!」
声が震えそうだ。
まさか目の前で誘拐事件が起こるなんて考えたこともなかったから。
「っ!お前っ!」
誘拐犯は私が叫んだ事でやっと私の存在に事に気づいたらしい。慌てた様子で肩にシュリエを担ぎ上げると、今度は私の方へ向かってきた。
私はそこで初めて誘拐犯の顔をしっかりと見た。
濃緑の髪に紫の瞳。歳はまだ二十代前半ぐらいの背の高い男だった。
私はふと考える。
どうしてまだ若い男が誘拐なんて事をしているのだろう。真っ当に働こうと思えば仕事なんていっぱいありそうなのに。
どうして態々犯罪に手を染めたのか。何か理由があるのだろうか。
「シュリエ!エミリー!」
「早く逃げて〜!」
後ろから足音と共に、ガレンとマルクのそんな声が聞こえた。
そこで私ははっと我に返る。
いけない。こんな時に別のことに意識を飛ばすなんて。
私は自分の行いを反省した。
だがそれでも状況は変わらない。
誘拐犯は私のすぐ目の前に迫ってきているし、私は今更逃げるなんてできない。
「おい!こっちにこい!」
結局、逃げることもできずに大人しく誘拐犯に捕まった。
そして私はその時点で自力で逃げる事を諦める。
抵抗は愚策。
その考え方がふと私の頭に浮かんでくる。どこかで聞いた事があるフレーズに、自分の持つ誘拐に関する知識を探る。
誘拐。
それには色々な目的がある。
人身売買。性的暴行。お金。他にもたくさん。
でも私は知っているだけ。
私は今まででそんな危険な目にあったことなんて、記憶なんてなかった。
それなのに、と私は不思議に思う。
どうして自分は誘拐に怯えてないのだろう。それどころか何故だか懐かしさまで感じる。誘拐という行為自体に。
シュリエを見れば、それが顕著に分かる。シュリエは今にも気絶してしまいそうな程に怯え、震えている。
なのに私はどうだ。怯え、何それ?みたいな。自分はどこかおかしいのかもしれない。
私はどこか現実味のないふわふわした頭で、そう考えていた。
「おい!お前はあっちのガキ二人を捕まえてこい。」
私はその言葉にまたしてもはっと我に返る。
自分だけならいい。そこまで恐ろしいと思っていないのだから。
でも他の子供達はダメだ。下手したら一生もののトラウマになってしまう。
「えっ!?男は売れないから捕まえないんじゃ…。」
「馬鹿野郎!それは大人の話だ!いいから早く捕まえてこい!」
「はい!」
私は誘拐犯達のその会話を聞いて思った。
え、いつの間に人数が増えたの?って。
一人ならまだなんとかなっただろう。だってその一人は今私達を抱えてる男だけだったのだ。
でも二人、いや下手しらもっといるかも?とにかく、人数が増えた場合はどうすればいい?
私はせめてガレンとマルクだけでも逃がそうと、回らない頭で必死に考える。
どうすればいい。どうすれば。二人は逃さないと。もし全員捕まれば、アレク達が誘拐されたことに気づくのはいつになるか。その頃にはもう遠くに売られているかもしれない。逃げるには今しかないの。お願いよ。ガレン、マルク、こっちに来ないで!
でも必死に考えても、二人を逃がす為の名案など浮かんでこない。私はただただ願うことしかできなかった。
「二人を返しやがれー!!」
「エミリー!シュリエ!今助けるからね〜。」
しかしそんな思いも虚しく、二人は誘拐犯に向かって突っ込んでいく。私は何も言えず、ただそれを見守ることしかできなかった。
「あっ!くそっ!放せよ!」
「あ〜?触らないでくれる〜?」
「おい!ガキ共!暴れるな!」
そして案の定、二人はあっさり捕まる。
私はそれ見て、ため息をつきたい気分になった。
そりゃあそんな風に無策で大人に突っ込んで行ったらねぇ。
子供に行っても仕方ないとわかっているが、そう言って説教してやりたい。
まあでもまだ猶予があると分かっているのが唯一の救いか。
さっきの会話を聞いた限り、奴隷売買目的らしいから、直ぐには殺されないはずだ。
今はただ、アレク達が早く気付いてくれることに賭けるしかない。
私は逃げようと暴れるガレンとマルクを見ながら、これからどうするかと考えていた。




