『感謝の言葉は素直に受け取るべき』
不思議な本を手に入れてから早一ヶ月。
私は畑仕事を見守る傍ら、料理を作ることに精を出していた。
最初に作ったジャモバターはあの事件でダメになってしまったが、それ以降作った料理は皆に食べてもらった所、いい評価を貰えている。
お陰でほとんどの皆と結構仲良くもなれたし、一石二鳥である。
と言っても、これで皆に料理を出すのはまだニ度目なのだが。
「よし。できた!今日はジャモを使った醤油煮よ!」
私は出来上がった料理を手に、畑作業をしている皆へと近づく。
冷めた料理を出して、味が落ちてたら嫌だからね。
料理は温かい内に食べてもらいたい。
そんなことをつらつらと考えながら歩いていると、気づけば手元から料理が消えていた。
「……あれ?」
私は何故だと首を傾げる。
確かにさっきまで持っていたはずなのに。一体どこに?
「危ないですよ。料理は俺が持ちますから。」
私が記憶を探っていると、そんな声がかけられた。
私はそれにハッとして、横に立っていたジーンを見上げて頬を膨らませた。
「もー!びっくりするでしょ!料理を取る前に声をかけてよ!」
「すみません。まさか出来てすぐに持っていくとは思わなくて。」
ジーンは私の抗議に素直に謝罪した。
そう殊勝な態度をとられたら、怒るに怒れない。私は少し釈然としないながらも、謝罪を受け入れた。
「もう。別にいいよ。」
「…ありがとうございます。」
私の言葉に、ジーンはホッと安心したように表情を緩めた。
でもそれとは逆に、それを聞いた私は今度は別の事で納得がいかない。
「ねぇ?敬語はやめてってこの前言ったよ?」
ジーンはアレクが、私が料理をする間の監視役として付けた人。前回もそうだったが何故かずっと敬語なのだ。
それと、それのお陰?で気づいたことだが、ジーンだけでなく他の皆も敬語を使っていた。対象は私とアレクのみ。どう考えても私はアレクのオマケだ。
まあだからこそ、せめて私に対してだけは敬語をやめてほしいわけだけど。
いや、流石に私もアレクへの敬語をやめろとは言えないからね。
だってアレクはこう、存在感的なものが普通の人とは違うんだ。
「……すみません。」
少し考え込んでいた私は、その声で現実に連れ戻された。
まあ答えは予想通りというかなんというか。
私はため息をつきたい気持ちになった。
「…分かったよ。でも努力はしてね?」
ほぼ無理だろうと思いながらも、それだけは言ってこの会話を終わらせる。
私は落ち込んでいるジーンを励ますように、少し明るい声で叫んだ。
「さあ!今はそれより、早く料理を持っていくよ!」
そして宣言と同時に走り出す。
幼女の走りだからめっちゃ遅いんだけどね!
「あ!待ってください!……あぁ。料理どうしよう……。」
後ろで料理を持ったままのジーンが、走っていいものか悩みながら追いかけてくるのが分かる。でも私が止まることはない。
だって、どうせすぐに追いついてくるから。
「はあぁ。いきなり走り出さないでくださいよ。エミリーさんの行動はいつも突然過ぎます。」
そう言って、予想した通りに、ジーンは私の横に並んだ。
そこまで疲れてないだろうに、疲れたふりしているのが少し苛つく。
私はそんな事を考えながら、ジーンの足を思いっきり踏みつけた。
うめき声が聞こえたような気がしたが、単なる気のせいだろう。幼女の体重は羽根のように軽いのだ。
さて、準備を整え終えると、私は早速皆に料理を振る舞う。
前回料理を振る舞った時、真っ先に食べたのはアレクだった。
そしてそれは今回も同じのようで。
「やっぱりエミリーの料理は美味しいね。作ってくれてありがとう。」
「美味しいの?良かった!」
私はアレクの感想に嬉しくなり、ニコニコと笑顔でお礼を言う。
アレクは不味くても美味しいと言うだろうが、例えお世辞だったとしても褒められて悪い気はしないのだ。
「さあ皆も食べてみて!」
私は一応アレクのお墨付き?を貰ったことだしと、他の皆にも料理を勧める。
そう言えば前回わかった事だが、こういう場では食べる順番が決まっているらしい。ジーンに教えられた。
一番は勿論アレク。二番目は私で、三番目がグレイ。四番目以降は自由。
こういう所でも私のオマケ感が輝いているが、気にしたら負けである。
この仕組みがあの時はよく分からなくて失敗しそうになっが、ジーンのフォローに助けられたのだと後で気づいた。
まあ、でも今はちゃんと理解しているので、今回は私がジャモの醤油煮を食べてから皆にさっきの言葉をかけているわけだが。
「ありがとう。本当に美味しいよ。」
私の勧めでジャモの醤油を食べたグレイが笑顔でそう言った。
「ありがとう!いっぱい食べてね!」
私もそれに笑顔で応える。
そしてグレイが食べた事で、今までうずうずと待っていた皆も一気に食べ始めた。
「こんなもの食べたことないよ。すごい!」
「この前のも美味しかったけど、これも美味しいな!!」
「おー!マジだ!うめぇー!」
リグルス、ジーン、レージの三人が口々に感想を述べながら食べていく。もう既にジャモの醤油煮は四分の一ぐらいしか残っていない。
一応気を使って、アレクとグレイとついでに私の分は残してあるが、それ以外に対しては遠慮なしである。
いい食べっぷりで嬉しいが、小さい子供達にも容赦しないこういう食事風景は中々なれない。
私がそんな思いでその光景を眺めていると、後ろから袖を引っ張られる感覚がした。
不思議に思って振り返ると、俯いている女の子が一人とムスッとした表情の男の子が一人。私は見覚えのないその子達に誰だろうと首を傾げた。
「あの?」
「……美味しかった。」
「え?あ、ありがとうございます?」
女の子の突然のお礼に、私は少し戸惑いながらも何とか笑顔で応える。
というか、ほんと誰?
「これ、食べたことなかった。あなたのお陰で皆飢えなくてすんでる。ありがとう。」
でも女の子はそんな私の様子などお構い無しだ。
私は益々どうすれば良いのか分からないまま、何とかぎこちない笑顔で対応する。
「それは私より、アレクに言ったほうがいいと思うよ。君達を連れてきたのはアレクだし。」
「……違う。」
「え?」
女の子が私の言葉を否定し、私はどういう意味だろうと聞き返した。
しかし女の子は何も言わず、それ以降は黙り込んでしまう。
それに困ったのは私だ。
今までのどのタイプとも違う女の子に、私もどういう対応が正解なのか分からない。
しばしの間、沈黙が場を支配した。
「………。」
「………。」
気まずいが、なんと言って声をかけるべきか。フレンドリーに?それとも恐る恐る?
そうして私が首をひねり、唸って色々と考えを巡らせていると、今まで黙っていた男の子が口を開いた。
「リリスはオノレにありがとうって言ってんやろ。皆知ってねん。オノレがアレクさんに畑作りたいって言うたお陰で、今ワイらが飢えんと済んどるって。せやから感謝ぐらい素直に受け取ってやれよ。」
え……。
私は衝撃を受ける。
そしてついつい現実逃避に走ってしまう。
あー、そっちの女の子って前紹介されたリリスちゃん?確かに記憶にあるよ。それに思い出したけど、この男の子は確かフックだったよね。こっちも今は記憶にあるー。というか、なんで忘れてたんだ私?
私はそこまで考えて、はっとする。
……って、そうじゃない!いや、そうではあるんだけど、そっちじゃないんだよ!!軽く現実逃避してしまったけど、これ、どう考えても関西弁だよね!?まさかこの世界にもこの話し方の人がいるなんて!!
私は秘かに感動した。知識だけは持っていた関西弁。エセだろうがなんだろうが、まさかこっちの世界で聞けるとは思っていなかったのだ。
でも感動して黙りこんでしまっていたのが悪かったのだろう。
「話し方がおかしいからって、シカトすることないやろ」
フックは何か勘違いをしてしまったらしい。
「え、ご、ごめんね!違うの。そうじゃなくて、素敵な話し方で聞き惚れてたの!」
それに慌てたのは私だ。
こんな貴重な人材に嫌われたくない!
そんな不順な動機を抱いたまま、私は弁明の言葉を口にした。
「……そうなんか?まあそれが嘘でも別にええで。慣れてるからな。それより、リリスの言いたいことはもう伝わったよな。ならワイらは戻る。」
しかしそんな簡単に、一度向けられた疑いの目が晴れる筈がなかったのだ。
結局完全には信じてくれないまま、フックはリリスを引っ張って、未だ料理を奪い合っている集団の中へと戻っていく。
もしかして嫌われたかも?どうしよう!
私は自らの最悪の想像に、頭を抱えたくなる。
でも私には二人を止める資格はない。だからただ見送る事しかできなかった。




