『叶わない夢などないのかもしれない』
それから三日後、今日もまたアレクに送られて畑に来ると、見た事もない生物が五匹ほど発生していた。
それはまるで地球にいた頃、悪寒が走るほど苦手だったあの、てかてか光り、飛び回る虫に似ていて。しかもそれを人間と同じ大きさにしたもののように見えて。
「ぎゃー!あああ、あれー!何あれー!!」
私はその見た目の余りのおぞましさに大きな絶叫を上げた。
「ん?まじか。ゴキャブリわいてんじゃん。」
ジーンがつまらなそうにそう呟く。私はその発言に目を見開いた。
ゴキャブリ!?ネーミングセンス最悪じゃん!つけたの誰!?
「それな。あれ面倒臭いんだよな。」
「皆、見てないで倒しに行くよ。」
そんな私の傍らでは、レージとグレイが会話している。皆割と冷静に現状を分析していた。しかも会話から滲み出る慣れてる感。
私はその様子に目をパチパチと瞬かせる。
「あ、あれよくある事なの?」
私はそれを視界に収めないようにしながら、皆に問いかける。
「うん。あの虫はいい状態の畑にわく虫なんだ。あいつが出たってことは、畑がいい状態だって事だね。」
「そ、そうなの?」
アレクの解説に私は驚きながらも納得する。
そこは地球の畑と同じなのか。虫の規模が違うけど…。
「よし。なら倒そうか。指揮はグレイがするかい?」
アレクのその言葉に、皆の視線がグレイに集まる。グレイは驚いたようにアレクを見た。
「いいんですか?」
「うん、いいよ。僕は今回は観察側に回ろうかと思って。でもその代わり、しっかりすること。失敗したら、わかってるよね?」
アレクが笑顔でそう言う。
私はその笑顔の裏に黒い何かが見えた気がしたが、気づかないふりをした。
「…分かりました。では僕が指揮を取らせて頂きます。」
グレイも何かを感じ取ったのだろう。一瞬考える様な素振りを見せたが、結局は引き受ける事にしたらしい。
「なら僕がゴキャブリを引きつけますので、アレクさんは…」
切り替えが早いな。
私は直ぐに指示を出し始めたグレイを見てそう思った。
だけどそんなグレイでも、アレクに指示を出す事には戸惑いがあるらしい。
「…防御は僕が一人で受け持つよ。」
アレクはグレイに助け舟を出すようにそう言った。
私はその発言を意外に思い、アレクを見上げる。万能だとは思ってたけど、どうやってこの人数を一人で守るんだ?
すると、見上げた先には意味深な笑みを浮かべたアレクがいた。それに私は慌てて目を逸らす。
何か見てはいけないものを見てしまったかもしれない。
一方、アレクの笑みに気づいたグレイは私とは逆に、少し安心したように表情を緩めた。
「分かりました。なら、リグルス、ジーンが攻撃。レージ、リリス、フックは万が一に備えて待機。僕は攻撃のサポートをする。残りはアレクさんの近くから離れないように。」
『はい!』
「あ、はい!」
グレイの的確な支持に皆が一斉に返事する。
私も仄かに漂いだした緊張感に、少し遅れながらも周りに釣られるように返事をした。
「なら、カウントを始めるね。」
アレクがそう言うと、一気に空気が張りつめた。私も知らず息を詰める。
「三・ニ・一…」
アレクは最後に「ゼロ!」と言ってカウントを終わらせた。
その瞬間、リグレスとジーンが一気に走り出す。そして二人はそのまま一直線に突撃するのではなく、途中で二手に別れて挟み撃ちの形をとった。
私はその動きの速さに少し面食らいつつも静かに様子を見守る。
二人は私から見ると十秒にも満たない時間でゴキャブリの近くに到着した。そしていつの間にか手にしていた茶色の棒のような武器で攻撃を開始した。
いや、というかその武器何処にあった!?どう見ても長さ一メートルぐらいあるよね!どういうこと!?
私は驚きの表情で心の中でそう叫ぶ。
だが当然、私の心の声は誰にも届かない。
そしてその間にも、二人の手によって確実にゴキャブリは数を減らしていっていた。
私は本当はその生き物を視界に入れたくはなかったが、二人の余りの強さについ戦いに見入ってしまう。
(行けっ!そこよっ!あっ、危なっ!)
口には出さないで心の中で声援を送る。
あとで思ったのだが、その時の私はさながらテレビの中のアクションドラマのワンシーンを見ている気分だった。
そしてそれから結構な時間が経った頃、(実際にはどれ程の時間がかかったかはわからないけど、私にとっては結構な時間が経ったように思えた)ゴキャブリが残りあと二匹というところで、突然グレイが声を上げた。
「準備完了だ!下がれ!」
いきなりの事で状況についていけなかった私は、キョトンとした表情でグレイを見上げる。
え?もうちょっとで終わるのに二人を下げるの?なんで?
私の頭の中で?マークが散乱する。
だけど、勿論この状況を説明してくれるような人がいるはずないわけで。
ついていけない私を置いてけぼりにして、話は更に進む。
「カウントを始める!」
(あれ、これどっかで体験した流れ…)
私はグレイの言葉にデジャブを感じて首を傾げる。
「三・ニ・一…」
(え、やっぱりこれアレクと同じ!)
私の疑問が確信へと変わった。その瞬間…
「ゼロ!」
「…え……うわあうぅー!」
グレイのその声と同時に、ものすごい突風が私の体を襲った。一瞬体が浮いたけど、直ぐにアレクに抱き上げられる。
というか、体が浮いた恐怖と驚きで変な声が出てしまった。恥ずかしい。
「大丈夫?怖かったよね。」
私が恥ずかしさで顔を赤くして俯いていると、アレクが心配そうに声をかけてきた。
どうやら怖くて泣きそうになっていると思われているらしい。
「大丈夫だよ!ちょっとビックリしただけだから!」
本当の事を知られるのは嫌だから、訂正することなく私はアレクに微笑んでそれだけ伝える。
「そう?体調が悪くなるようだったら言うんだよ?」
「うん!」
何時もはしつこく食い下がってくるアレクだが、今回は簡単に引いてくれた。
流石に時と場合は弁えているらしい。私は少し安心した。
「ゴキャブリは無事に倒せたようだね。……にしても魔法の精度が上級とはね…。」
アレクのその言葉に、私は視線を畑の方に向ける。
すると確かに、あの生き物は全て倒しきったたらしい。一匹も動いているのはいなかった。
まあそれは素直に嬉しいが、今はそれよりもアレクの発言だ。
アレクは今、魔法って言わなかった?半ば諦めてたのに、この世界には魔法があるの!?
「アレク!魔法って!?」
私は勢い込んでアレクに尋ねる。
「うん?魔法。うーん?なんて言うのかな。……魔法って言うのはね、神様の加護を受ける事で行使できるものだよ。」
私の勢いに目を瞬かせたアレクは、それでもしばらく考えてから分かりやすく説明してくれた。
「それ、私も使える!?」
私はドキドキと胸を高鳴らせて聞く。
加護?って言うのはよく分からないけど、裏を返せばそれさえあれば魔法が使えるという事だ。
もしこの世界で魔法が使えるなら、私の前世からの夢が叶うかもしれない。
この世界では絶対に無理だと思って押し込んできた私の記憶。
唯一残っていた、前世の思い。
(人間のように感情があり、動くぬいぐるみに囲まれた生活をしてみたい!)
そんな私の小さな願望。
魔法があるなら、この願いは無理なことではなくなる!
私は益々胸を期待に膨らませてアレクの言葉を待つ。
「……うーん。使えないね。エミリーには。」
「えっ。」
アレクは困った顔でそう言った。私はその言葉に絶望する。
「な、何で?」
「エミリーはまだ小さいからね。」
それはどういう意味!?
私は混乱して頭を抱えた。
「エミリーがもう少し大きくなったら教えるよ。」
アレクは私の様子に苦笑してそう言う。私はその言葉にはっと顔を上げた。
「それは、今じゃダメ?大きくなってからじゃなくて、今がいい!」
「ダメ。」
「あぅ。」
私は撃沈された。
何とかして魔法の使い方を知りたいけど、アレクの意志は固そうだ。
これは手を変えたほうがいいかも。
私が異世界に来て一ヶ月。
この日から魔法を使いたい私と、まだ使わせたくないアレクとの密かな攻防が始まった。




