29.ヴァンパイアの想い
シバは倒れ行く己の体を、左足を下げて踏み止まらせる。
そして、動きの硬直したディオの大剣を持つ手に自分の右手を重ねた。
「ディオ。だいじょうぶだ。だいじょうぶ。
それにまだ戦闘は終わっていない。
俺たちにはまだやらなければいけないことがあるだろ?」
硬直したまま半ば放心状態で、大きく見開いていたディオの目には、血に濡れていく地面が映っている。
目を瞑り大きく呼吸をし、再び目を開ける。
「ああ、そうだな。そうだった。」
シバの目にはディオから抜け出ていく赤い靄のようなものが見えている。
言葉を交わすと何事もなかったかのように二人は再び動き出す。
シバは傷を受ける前と変わらない動きで魂鎮めを続ける。
違うのは左肩から斜めに引かれた線から血が噴き出ていることだけ。
エシャロットは歯を食いしばり、顔を歪めながら己の役割をこなす。
やがてヴァンパイアが怒の影響を完全に引き離すと、残りの魔物を簡単に消滅させた。
シバは周囲が正常化するまで動き続けた。
【我が人間に力を借りることになるとはな。
我も堕ちたものだ。
まあいい。】
シバに向けてヴァンパイアは魔力を飛ばす。
その魔力はシバにぶつかると消え、傷口の出血を止めた。
【我が名はエグゼル。大儀であった。
褒美をやろう。ここに用があったのだろう?】
シバたちはここに来た目的を話す。
【聖獣についてはこれを持っていくがいい。これが貴様たちを案内するだろう。】
エグゼルがシバたちに渡したのは小さな蝙蝠だった。
【後はマリアのことだな。まあ、よかろう。】
エグゼルは生まれながらにして高い能力の持っていたヴァンパイアだった。
だがそのせいか彼の思考、行動は種族では測れないほど異端だったといえる。
彼は長い年月を生き、世界に飽きていた。
彼が唯一関心があったのがこの湖だった。
たまに通うだけの場所からいつしか動くのをやめた。
ある日ここで一人の女性と出会う。
それがマリアだった。
<あなたはすごい力をお持ちですか?
弟が酷い病にかかってしまって、人の手では治せないそうです。
私はどうなっても構わない。弟を助けてはくれませんか?>
エグゼルは彼女に興味を持った。
自分を犠牲に他を助けようとするのだから。
彼女に薬を渡す代わりにここで自分の話し相手をするように言った。
ヴァンパイアは血を吸うことで生命を維持する。
特に人の血液は彼らにとって依存性の高い麻薬のようである。
だが血を吸われた人間は吸ったヴァンパイアの言いなりになってしまう。
それではつまらないと思った彼は、その日以来血を吸うことをやめる。
弟の病気は治ったと報告に来たマリアは、約束を守り湖に通い続け、エグゼルと話をした。
彼女は何度もエグゼルに感謝の言葉を口にした。
マリアとの会話はエグゼルの退屈な日常を一変させた。
そんなことを繰り返していたある日、二人の会話に割って入る者たちがいた。
<マリア!そこでなにをしている!
そこにいるやつは魔族か?
お前魔族にたぶらかされていたんだな。
だから我が家の嫁になることを拒んだのか!>
<違います!私は私の意志でここにいます!
おじ様たちご家族には大変お世話になりましたけど。
この心は、私の心だけは。
私はこの方を愛しているのです!>
<魔族に愛などと世迷言を!
ええい。構わん。そこの魔族がいなければどうにもなるまい。
やれ!>
<やめてください!ダメ!>
口論の末、エグゼルを襲った一家の手の者に、割って入ったマリアは殺されてしまう。
それを見たエグゼルはいつの間にかそこにいる全員を消滅させていた。
マリアの遺体を魔法で水晶の中に閉じ込め、周囲に能動的に入ってこないような魔法をかけ、それ以来ずっとここにいる。
「うんとね。僕の病気が治ってからね。
お姉ちゃんずっと楽しそうにしてたんだ。
僕もそれ見て嬉しかったんだ。
だからね。ヴァンパイアのお兄さんありがとう。
病気も治してくれてありがとう。」
「マリアの弟よ。お前は今、そこの聖獣を帰すことの意味を知っているのか?」
「うん。知ってるよ。でも関係ないんだ。
ポリーは僕の友達だもの。ポリーを僕が助けてあげるんだ。」
「そうか。お前はマリアによく似ているな。
お前たちのそういうところを我は美しいと思ったのだ。
マリアはもういないというのに、姿だけでも残したいと思ったのはなぜなんだろうな。
あとどれほどの時間が残されているのかわからないが、今までどうりここでマリアを眺め続けるのだろう。
我はなぜこんなことをしてるのだろうな。」
「エグゼル。あなたが感じているそれは人が愛と呼ぶものだ。」
「そうか。これが愛・・か。」




