残響 ~王の非情な攻撃~
新偉との戦いが終わり、俺はリンボへ行ったが、誰もいなかった。
おそらく、タラニスはトーナメントに興味を失ったのだろう。
「小物の女神め……助言一つもできんのかい……まあええわ……」
俺は観客席に戻り、琴の隣に座った。見ると、スタジアムに人が少しずつ入ってきていた。
「琴、見ろ! だんだん埋まってきとるで!」
「撮影の邪魔をしないでください、ジケッチ」
「お前もそんな呼び方するんか……」
◇
ゴングが鳴り、準決勝が始まった。
司会者が山と坂田仁をサークルに呼び寄せた。
山は全身と腕に包帯を巻きながら、観客席からサークルへと楽しそうに飛び降り、笑顔でレフェリーに挨拶した。
しかし、坂田仁がアリーナに現れた瞬間、スタジアムの空気が一変した。
アナウンサーが厳かな声で、この「小倉の王」と呼ばれる男が、この街でプレオープン大会を三連覇していると伝えた。
なぜ彼ほどの実力者が、こんなレベルのトーナメントに出続けているのか?
その答えは恐ろしいものだった。彼はオーディンの共鳴者だったのだ。
山は距離を取りながら、負傷した腕を撫べていた。
「その腕、痛むのか?」
坂田が尋ねた。その落ち着き払った声に、俺は背筋が凍った。
「いや、大したことないよ。いい勝負をしようぜ」
山は揺るぎない無邪気さを保ちながら答えた。
試合が始まると、坂田は鋼の旋風と化した。
彼は二刀の刀を振るい、容赦なく山の負傷した腕を狙い続けた。最も弱い部分を執拗に攻める。
その責め苦は絶え間なく続いた。
目で追うのがやっとの速さで、坂田は山の武器を打ち落とした。金色の刀身が宙を舞い、アリーナの砂に深く突き刺さった。
坂田は動きを止めた。
どうやらフェアに戦うつもりらしい。
「拾え」
彼は無防備になった武器を指さした。
山は相手の騎士道精神を信じ、自分の剣に向かって手を伸ばした。
彼の指が柄に触れたまさにその瞬間――坂田は残忍な一撃を放った。左腕の腱を切り裂く、技術的な裏切りだった。
「あああああああッ!」
山の苦悶の叫びが、スタジアムの静寂を引き裂いた。
「誰にも優しさを期待するな。ここは生死を懸けた戦いだ」
坂田は冷徹な声で言い放った。
山は右手で武器を構えて応戦しようとしたが、それは彼の得意ではなかった。
坂田は山の胸に深い切り傷を負わせ、アリーナを真紅に染めた。
山は膝をつき、力尽き、虚ろな目でその場に崩れ落ちた。
坂田は二刀を交差させ、山の頭部に直撃するX字の一撃を構えた。
致命打だ。
その一撃が決まる直前、影が人間離れした速度でアリーナを横切った。
ガキィン!
ウルライスがそこに立っていた。彼は己の神具、ノックス・コルヴスで坂田の致命攻撃を防いでいた。彼の周囲の空気は、黒い闘気と純粋な闇で震えていた。
「あの一撃は殺しに来てたな」
ウルライスの声は、あの世から響くかのようだった。
「頭部への斬撃の結果が、分かってないのか?」
「それがどうした?」
坂田は吐き捨てた。
「この世界では、強い者がルールを決める。あんな雑魚は邪魔なだけだ。あいつのような弱者と仲間でいることを恥じるべきだ」
ウルライスは剣の柄を握りしめ、相手を鋭く見据えた。
彼は坂田を引き裂く準備ができていた。
しかし、震える山の手が彼の背中に触れた。目でやめるように懇願していた。
ウルライスは力を抑え、そして――残忍な一押しで坂田の刀をスタジアムの壁に叩きつけた。
【失格勝ち:坂田仁。】
誰も祝福しなかった。
坂田は武器を回収し、通り過ぎる際に俺を一瞥した。
俺は観客席で拳を握りしめていた。指の関節が白くなるまで、目は純粋な怒りで血走っていた。
彼はただ嘲笑うような笑みを浮かべて去っていった。
ウルライスは意識を失った山を抱え、医務室へと向かった。
俺はアリーナの中央へと降り立った。脈は速く、心は怒りで曇っていた。
俺の対戦相手、ジョーダン・スミスが鋼の篭手をはめて自信満々の笑みを浮かべながら待っていた。
もう金も、恋愛も、新しい服もどうでもよかった。
ただ、坂田に辿り着くために勝ちたかった。
これは、もう個人的な問題だった。
◇
坂田と対峙するために戦う時が来た。だがその前に、ジョーダン・スミスを倒さねばならなかった。
観客席からアリーナへと降りようとした時、琴が俺の腕を掴んだ。
「ジークさん、さっきの光景に心を曇らせないで。戦略を考えて」
「任せとき、琴。信じてえな」
俺がサークルに立つと、第二準決勝が金属音と共に始まった。その音は、第173闘技場の淀んだ空気を裂くかのようだった。
ジョーダン・スミスは、自身の神具―ステンレス・ヴィクトリ―補強された鋼の篭手を激しく打ち鳴らした。その乾いた振動は、建物の隅々まで響き渡った。
その衝撃で、最上段のホームレスまではっと目を覚まして試合を見下ろした。
審判が合図を送ると、スミスは挨拶の時間を無駄にしなかった。
彼はプロのボクサーのような攻撃的でリズミカルな優雅さで砂の上を動き、正確な歩幅で距離を詰めた。
最初の数発はかわすことに成功した。拳が耳元をかすめていった。しかし、その速さは俺の反応速度を上回っていた。
右のクロス――体重と金属の全てを乗せた一撃が、俺の顎に直撃した。
世界が激しく揺れた。
衝撃で視界が霞み、温かく金属的な血の味が口の中に広がった。脚がふらつく。
他の初心者共鳴者なら、その一撃で即座にノックアウトされていただろう。
打撃に耐える? あと一発食らったら意識が飛ぶかもしれん……
意識は沈もうとしていた。しかし、魂の奥底で何かが地に伏せることを拒んでいた。
次の攻撃を左手で防ぐ。苦痛の振動が前腕から骨へと伝わった。
ジョーダンは一瞬、困惑の表情を見せた。
俺の目は焦点を失っていた。だが、体は立っていた。
「骨のあるガキだな。だが、そろそろ寝る時間だ!」
スミスの自信はスタジアムの天井に届きそうだった。
俺はメレニスの刃で、とどめを狙うジャブをそらし、密着した格闘に持ち込んだ。メレニスの鋼で守られた額と、彼の拳の硬さがぶつかり合う。
衝突の後、俺たちは体勢を立て直した。
ジョーダンは再びつま先立ちで跳ねながら、余裕の笑みを浮かべた。その表情を見て、腹の中でドロリとしたものが逆巻いた。
あの表情は坂田と同じだ。
瞬、スミスの姿が歪み、坂田と重なった。
俺の目には、目の前のボクサーは映っていなかった。新しくできた友人の誇りを粉々に破壊することを楽しんだ怪物が見えていた。
『殺せ、小僧……我が名を呼べ……』
凍りつくような声が、底知れぬ邪悪さを帯びて、直接頭の中に響いた。
腕の毛が逆立った。島の気候とは無関係の悪寒だった。
『我が名を呼べ!』
叫びは頭蓋の壁に反響し、耳障りな音となって鼓膜を揺らす。
頭の中の声が、俺には読み取れない名前を紡いだ。口にすれば舌を噛みそうな名前だった。
『―お前が呼べぬなら、しばらくその体を貸せ……』
俺はその声に抗えなかった。そして突然、意識は見知らぬ存在と共有され始めた。
淀んだ血のように濃く粘性のある赤いオーラが、俺の毛穴から溢れ出し、制御できない殺意を帯びて広がる。
俺の体は、琴が考えた消耗戦の戦略を忘れ去った。ルールのあるトーナメントだということも忘れた。
その声が運動神経を乗っ取り、俺はスミスに盲目的な怒りで飛びかかった。メレニスで無謀な斬撃を繰り出し、ただ彼の首を切り落とそうとしていた。
ジョーダンは、俺から溢れ出る殺意のオーラと攻勢のプレッシャーに恐怖し、必死の防御に回った。
彼は俺の顔面にストレートを決め、鼻から血を流させた。しかし、俺は痛みを感じなかった。何も感じなかった。ただ破壊したいという衝動だけがあった。
『殺すぞ!』
その声が凄まじい権威で轟いた。
最後の叫びが、燃え盛る炎に冷水を浴びせたように俺を揺さぶった。
取り返しのつかない蛮行を犯す直前の一瞬で、俺はハッと意識を取り戻した。
目の前の男は坂田ではなかった。
ジョーダン・スミスが純粋な恐怖で俺を見つめていた。
彼の自信の仮面は、先ほど目の当たりにした殺意の前で腐り落ちていた。
何が起きたか考える間もなく、俺は彼の虚をついた。
彼が俺を遠ざけようと必死の右ストレートを放った時、俺は空いた手でその腕をそらし、重心を崩して完全に無防備にした。
肘でガードを崩し、腰から生まれた流れるような動きで、俺は彼の胴体に斜め上向きの斬撃を描いた。
ジョーダン・スミスは、地面に倒れる前に意識を失った。
【勝者、六田ジーク!】
司会者は決勝戦の前に十分間の休憩を宣言した。
山の状況を考えると同時に、俺は考え込んでいた。
一体、何が起きたんだ?
◇
数分後、仮設の医務室で。
琴は乱暴な動きで俺の鼻血を拭きながら、叱り続けていた。
「もう少しで台無しになるところだった! なぜ作戦を守らなかったの!? 失格になるところだったんだからね!」
彼女は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「すまん。頭に血が上ってしもた」
俺は低い声で答えた。自分の手を見ると、まだわずかに震えていた。
「一瞬だけ……ほんまに坂田がそこに立っとるように見えたんや」
二人とも隣のベッドを見た。
山がそこにいた。体中に包帯を巻かれていたが、ウルライスの監視の下で少しずつ意識を取り戻していた。
「山、腕はどうや? 血は見えへんけど……」
ウルライスが、俺にも理解できる明快さで説明した。
「神治だ。戦闘後は体が修復される。だが――それは最小の問題に過ぎない」
彼が言い終わる前に、俺はなぜ体が修復されるのに痛みを感じるのか尋ねた。驚いたことに、答えたのは山だった。
「共鳴の戦いでは、受けたダメージの大部分が直接精神に処理されるんだ」
山は弱々しくも微笑みながら説明した。
「実際の肉体は、ほとんどの場合、物理的に傷つかない。でも、精神は現実と同じようにトラウマを体験する」
「その通りだ」
ウルライスが、血を凍らせるような重々しい口調で続けた。
「これを残響と呼ぶ。戦闘中に斬られて血を流せば、そのダメージは戦いが続く間は現実のものだ。戦いが終われば神治が傷を癒すが、精神は痛みの記録を保持し続ける」
琴も黙ってはいなかった。
「もし衝撃が十分に強ければ、脳は自己防衛のためにシャットダウンすることもある。もし坂田があの頭部への一撃を決めていたら、山は植物状態になっていたかもしれないの」
琴はさらに言った。この世界では、時には死の方が人道的な場合もあると。
残響の深刻さを考えていると、背筋に悪寒が走った。目線を下に向けると、メレニスが床に落ちていた。
「俺はあれをジョーダンにやろうとしてたんや……」
すべてを処理しながら言った。
「でも、一つだけ腑に落ちひんことがある」
三人が俺を見た。
「ウルライス、戦いが終わればダメージは治るんやろ? なんで今も鼻血が出とるんや?」
俺は琴が持っていた血まみれのガーゼを指さした。
その問いは宙に浮いたまま、即座の答えはなかった。
おそらく、タラニスなら答えを知っているだろう。
◇
リンボへ戻り、ポータルを抜けてタラニスの領域へと足を踏み入れた。
驚いたことに、今回はタラニスがそこにいた。
彼女は石の玉座に座り、小さな白黒テレビの前で、騒がしい砂嵐を眺めていた。
彼女ほどの神格がそんな姿でいるのを見ると、現代のパンテオンにおける彼女の地位がどれほど低いかを思い知らされた。
「小物の女神、どこおったんや? 試合前に来たのに誰も居らんかったやないか」
「よく戦ったな、小僧」
彼女は俺の質問には答えずに言った。
「だが、我らの接続を通じて何か妙なものを感じたぞ」
「声を聞いたんや。剣からやと思う……」
俺はすぐに打ち明けた。
「殺せって。粉々にしろって」
「それは……」
タラニスは考え込んだ。
女神は明らかに緊張し、鋭い音を立ててテレビを消した。
「小僧、ついにメレニスの声を聞いたのじゃな」
「この悪趣味な冗談は何や? なんで殺せと迫る武器を俺に渡したんや?」
「待て……殺せと言ったのか?」
タラニスは俺からメレニスを奪い取り、目を閉じた。
目を開けると、剣を俺に返した。
「小僧、良い知らせと悪い知らせがある」
「良い知らせは?」
「良い知らせは、メレニスの中の声を聞くことができたということじゃ」
「それが何やねん?」
「それはじきに分かる」
「わかってへんのやろ?」
俺は眉をひそめて言った。
「で、悪い知らせは?」
「最初に接触できた声が、禁断の声だったということじゃ」
「禁断? なんでそんな声を武器に残しとるんや?」
「うむ……一つ、告白せねばならんことがある」
タラニスは再び座り、床を見つめた。
「メレニスはただの錆びた刃のない剣ではない……我が地上の位面にいた頃、世界を旅した時の道連れじゃった」
彼女がメレニスについてもっと語る間、俺は座った。
「旅の途中で、メレニスについて知らなかった特性を発見した。それは剣であるだけでなく、魂を封じる剣じゃった。お前が言う殺意の声を倒した時に、それを知ったのじゃ」
「その声だけなんか?」
「いや……複数の声、いや、魂がある。多くは自ら封じられることを受け入れたが、中には無理やり封じられたものもいる。だが絶望するな。メレニスには善なる魂も存在する。メレニスを使うには、振るうための非常に強い精神力が必要なのじゃ」
「それが唯一の武器なんか?」
「今のところは、そうじゃ」
俺はタラニスが最初の出会いの時、人間について語った時の落ち込んだ姿を思い出した。
「タラニス……なんで今まで共鳴者持たへんかったんや?」
タラニスは俺を見たが、沈黙を選んだ。
リンボのポータルが開き始めていた。もう帰る時間だ。
「タラニス。決勝、見ててや」
俺が去ろうとすると、彼女が近づいてきて言った。
「小僧、一つ助言じゃ。禁断の声でない声を聞いたなら、交渉して唱える許可をやろう」
その助言の意味が分からなかった。
「何の話や?」
「ただ覚えておけばよい。――不幸を祈るぞ。我の靴を舐めるのを待っておるからな」
「は? お前こそ、俺の名前で呼ぶ準備しとけよ、小物の女神」
額に青筋を浮かべながら、彼女の友好的な挑発を聞いた。
ポータルが閉じ、俺はスタジアムへと戻った。
第173闘技場のアリーナに戻ると、俺の目には自信が満ちていた。初戦の緊張とは対照的だった。
最初は半分空だった会場も、今では満員に近づき、肌を粟立たせる静電気のような熱気で震えていた。
司会者がスピーカー越しに叫んだ。
【――さあ、いよいよ決勝戦です! 小倉の王、坂田仁 対 スコットランドの新人、六田ジーク!】
俺はアリーナの中央へと歩いた。
坂田はすでにそこにいた。左手の刀の柄で遊びながら、耐え難いほどの傲慢さを漂わせて。
「お前の友達はどうだ?」
彼は嘲笑った。その笑い声はスタジアムに響き渡った。
「あの小さな腕を抱えて泣いてるんじゃないか?」
「その笑み、今すぐ消したるわ、クソ野郎」
俺は自分でも驚くほど冷徹な声で答えた。
俺はメレニスを具現化し、鞘を抜いた。金属的でざらついた音がした。
錆びた金属が手のひらの下で震えているようだった。この対決を待ちわびているかのように。
決戦が、今まさに始まろうとしていた。




