デビュー ~軽足の山田光、そして翡翠の戟との邂逅~
■ 2022年8月7日 小倉州
あの気難しい女神と出会った翌日、俺は琴と共に街へ出た。
いよいよ、己の価値を示す時だ。そして、あの過酷な訓練の成果を証明する時でもある。
真昼の太陽がアスファルトと歩道を容赦なく焼き尽くしていた。
俺は、新しくて痛いほど高価なスポーツウェアを身にまとっていた。農場で鍛え上げた筋肉にぴったりとフィットする合成繊維の服だ。
「なあ、金借りて悪かったな。まさかこんなにあっという間に金がなくなるとは思わんかったで」
「気にしないで、ジークさん。有名になったら利子付きで返してくれればいいから。アイス食べる?」
琴は俺の金銭的苦境を楽しんでいるようだった。
抹茶アイスを食べながら、彼女は小倉を選んだ理由を話してくれた。その喧騒とテクノロジーが、秋葉原を思い出させるからだという。
やがて、目的地に到着した。
俺は足を止めて、その建造物を見上げた。父さんのビデオで見た大理石の闘技場とは、似ても似つかない。
「これが……?」
「そう。小倉州第173闘技場。昼は初心者向けの試合が行われてる。夜はアーバンダンスホールになるの。この街は休むことを知らないんだから、ジークさん」
その場所は、いかにも薄汚れていた。
壁は剥がれ落ち、落書きで覆われ、ケーブルが垂れ下がり、まるでタラニスの埃っぽい領域を思い出させるような荒廃した雰囲気が漂っていた。
これが聖なる場所だって?
受付でエントリーを済ませ、緊張をほぐそうと内部の廊下を歩いていると、誰かと正面からぶつかった。
「すみません、お嬢さん! 前をよく見てなくて――」
慌てて手を差し伸べながら言いかけたが、
「いやいや、気にしないで、ははは!」
返ってきたのは甘い声……だが、明らかに男の声だった。
……え、男?
目の前には、長い灰色の髪を持ち、陶器のように繊細な顔立ちの細身の青年が立っていた。その雰囲気は軽やかで、ほとんど儚いほどだった。
「俺は六田ジーク。すまんかった」
「僕は山田光。でも、山って呼んでくれ。ここは初めてだろ?」
「どうして分かるんや?」
「その服」
彼は冗談めかして微笑んだ。
「新品過ぎる。島に来たばかりの奴がよくやる失敗だよ。ここでは、使い古した服か、何度も着た服で戦うもんだ。店から出したばかりの服でこんなスタジアムに来る奴はいない」
「おい、山! ぼさぼさしてる場合か。もうすぐ組み合わせ抽選が始まるぞ」
一人の男が近づいてきた。髪は乱れ、暗くて実用的な服をまとい、左目には眼帯をしていた。その姿は、本物の危険人物といった雰囲気を漂わせていた。
彼がそこに立っているだけで、廊下の温度が下がったかのようだった。
「彼はジケッチだよ!」
山が嬉しそうに言った。
「ジケッチ、か。初めまして、俺はウルライス・フォーゲルだ」
眼帯の男が、地響きのような低い声で自己紹介をした。
彼は山の指導者で、もう二ヶ月間彼を鍛えているらしい。
「誰の指導者だって、ウルッチ? お前は僕の友達だろ」
山が口を挟んだ。
「……その呼び方やめてくれないか」
ウルライスは少し気まずそうに言った。
山は、彼らはルームメイトで、今日が自分と同じデビューの日だと手短に説明してくれた。
どうやら彼の女神は天照で、彼をあまりに可愛がり、リンボで二ヶ月以上も抱きしめてから武器を与えたらしい。
俺は純粋な嫉妬を覚えた。誰かが愛情を受けている一方で、俺は電撃と敵意を受けているのだから。
四人はスタジアムの中央へと向かい、組み合わせ抽選に臨んだ。
「……なんか、励まされる雰囲気やな」
その場所は陰気だった。
観客席はほぼ空っぽで、まばらに三人の人影が見えるだけ。最上段ではホームレスらしき男が大きな鼾をかいて寝ていた。
「ジケッチ、決勝で会おうぜ!」
山が言った。
俺は笑顔で、最高の楽観を込めて答えた。
「そうやな、山。楽しみにしとるで」
十六人の共鳴者が、トーナメント開始の準備を整えていた。
「さあ、それでは組み合わせ抽選を始めます!」
司会の女性が宣言した。
「こんなの簡単だ! てめぇら全員ぶっ潰してやる!」
筋骨隆々で、派手なモヒカン刈りの男が叫んだ。
……ふむ。強いのか?
ネオンの表示板が点滅し、組み合わせが映し出された。
山 vs. 茜
ロイド vs. バット
坂田仁 vs. 呉林
シャネルパ vs. ギュンドル
鬼頭 vs. 新偉
ジーク vs. 神崎レナ
スミス vs. ゴンザレス
ルミ vs. タロウ
アドレナリンが全身を駆け巡り始めた。
◇
最初にアリーナに上がったのは山だった。
わずか五十七秒の間に、彼は相手の攻撃をすべてかわし、笑いながら突きをさばいていた。これは彼にとってゲームなのか?
最終的に、彼は相手の体力を消耗させ、金色の刀身の背で乾いた一撃を打ち込み、勝利を決めた。その速度は鋼が空気を切り裂くように速かった。
【山選手の勝利!】
「わーい! 勝った!」
山はサークルから退きながら無邪気に言った。
試合は続いた。
坂田仁という男は、十五秒で試合を決めた。その斬撃はあまりに鋭く、人間の目にはほとんど追えなかった。
レベルが上がっている。それに伴い、手のひらにも汗がにじむ。
◇
第六試合の俺の番が近づいた時、俺は目を閉じ、精神を集中し、義務の接続のためにリンボへと意識を飛ばした。
タラニスの領域で目を開けると、俺は言葉を失った。
埃は消え去っていた。石壁は電光に照らされて輝いていた。
彼女がそこにいた。外科用マスクとゴーグルを装着し、古代語のラベルが貼られたバケツと掃除道具に囲まれて。
「や、やあ、小僧……緊張しておるか? 我の靴を舐めるのを待っておるぞ――はっくしょん!」
彼女はモップを落としそうな勢いでくしゃみをした。
「くそっ、天界の花粉にはうんざりじゃ」
「コスプレで清掃員でもやっとるんか?」
俺は懐疑的に尋ねた。
「この場所を全部掃除したんじゃ! きれいな場所にいる女神がどれほど荘厳か、思い知れ!」
彼女はゴーグルを外し、誇りに満ちたオレンジ色の目を露わにした。
「違いが分からんのか? 今やこの場所からは力が溢れておるぞ!」
「俺には、やることがなくて暇だっただけにしか見えへんで」
「そんなことはどうでもいい! トーナメントのことじゃが……お前に勝ってほしいわけではないが、ズルはせん。我の誇りにかけてな」
「ほんまか? 折れた剣をくれたやつが言うか?」
「名前があるんじゃ、小僧。メレニスという。感情がある。道具ではない。時が来れば、何をするか分かるじゃろう。まだその時ではないがな」
「それより、この髪はどないしたらええんや?」
「ああ、あれか? もうどうにもならん。さあ、戦いに行くぞ!」
彼女は俺を無理やりポータルに押し込んだ。
◇
アリーナに戻ると、心臓がドキドキと鳴っていた。
アナウンサーが俺の試合を紹介した。
対角には、神崎レナが立っていた。子供っぽい風貌の少年で、明らかに身体を震わせていた。
「――開始!」
審判が宣告した。
俺は折れた剣を構えた。
レナが神具を具現化させた。普通の……槍?
「いくよおおお!」
レナは雄叫びを上げながら槍を手に突進してきたが、その声は途中で裏返った。
だがその時、俺の注意は観客席の誰かに奪われた。
鋭い視線の少女――黒い髪に紫色の瞳――が大声で叫んでいた。
「レナちゃん、頑張って! 行けるよ!」
俺は一瞬で彼女に心を奪われた。
十八歳の自意識が脳を支配した。カッコよく速攻で勝てば、きっと彼女も俺に注目するはずだ。
俺は瞬時に踏み込み、鋭い一撃で間合いを詰めた。
レナは、折れた剣が自分の細い首元にぴったりと突きつけられているのを見て、慌てふためき、その場で動きを止めた。
「……負けました」
彼は迷わず泣き声で降参を宣言した。
【――勝者、六田ジーク!】
この“壮大な”勝利の余韻が冷めないうちに、俺は勢いを利用することにした。
観客席のあの少女のところへ歩み寄り、ミステリアスなヒーローの最高の表情を装ってみた。
「なあ、君、めっちゃ可愛いな。後でどっかでお茶でもせえへん?」
少女は俺を頭のてっぺんからつま先まで見下ろし、絶対的な嫌悪の表情を浮かべた。それはタラニスの電撃よりも痛かった。
「ああ……お前の頭なあ」
少女は俺を値踏みするように言った。
「……何が変なんや?」
「ネズミみたいな形やなあ。――パスで」
俺は硬直した。
レナが泣きながら彼女のもとへ走り寄り、その腰に抱きついた。
「お姉ちゃん! 怖かったよ! ママのいる名古屋に帰りたい!」
「はいはい、レナちゃん。大丈夫やで。二、三日したら家に帰れるからねえ」
彼女は俺を完全に無視して、弟を優しく慰めた。
俺はズタズタに傷ついた誇りを抱えながら、観客席に戻った。
琴の隣に座ると、彼女は必死で笑いをこらえていた。隣のホームレスが寝返りを打ち、再びイビキをかき始める。
初戦には勝利した。しかし、タラニスの電気で固まった髪を触りながら、俺は戦争に負けたような気分だった。
さらに気づいたことがある。髪がまとまったことで、耳がかなり目立つようになっていた。
もしかすると、あの少女の言う通りかもしれない。
しかし、落ち込んでいる暇はない。俺にはトーナメントで勝つという目的があるのだから。
◇
……
俺はそんなに不細工なんやろか?
頭の先の尖った髪の毛を触りながら、執拗に自問自答していた。琴は、他の試合に集中するように励まそうとしていたが。
恋愛問題はさておき、トーナメントは苛烈な速さで進行していた。
技術的な暴力の舞踏――それが示すのは、この世界のレベルが桁違いだということだった。
ジョーダン・スミスという男は、相手をわずか十六秒でノックアウトした。フックが相手の背骨まで突き刺さったかのような一撃だった。
その爆発的な力の余韻が残る中、準々決勝の舞台が整った。
一回戦の勝者は以下の通り。
山田光。
バット。
坂田仁。
新偉。
もちろん、俺も。
ジョーダン・スミス。
タロウ。
第四試合はどうなったのか?
シャネルパとギュンドルは、約三分間の激闘の末、両者ともに疲弊し意識を失った。
タロウはルミの棄権により勝利した。どうやら二人は試合前に同じレストランで食事をしていたらしく、ルミは食中毒になったらしい。トイレに駆け込んでそのまま戻ってこなかったのだ。
◇
しばらくして、第二ラウンドが始まった。
「さあ、第二ラウンドを始めます! お集まりください!」
司会者が呼びかけたが、一人足りない。
「あれ? タロウ選手は?」
「タロウ選手は……トイレに行きました」
アシスタントが答えた。
……どうやら彼も食中毒になったらしい。
組み合わせは以下の通り。
山田光 vs. バット
坂田仁 vs. 不戦勝【相手が意識不明】
俺 vs. 新偉
スミス vs. タロウ【棄権】
山の試合を観察した。彼の動きは羨ましいほどの軽やかさだった。しかし、彼の腕には浅い切り傷ができていた。深くはないが、痛んでいるのは明らかだった。
坂田は自動的に準決勝へ進出し、山と対戦することになった。
そして、俺の番が来た。新偉との対戦だ。
奴は万済州の出身で、翡翠の戟を振るっていた。その武器は濃い緑色に輝いていた。
試合が始まる前から、新偉は隙を見逃さなかった。すぐに俺の経験不足、固い構え、そして神経質な視線を見抜いた。
「ガキ、お前、何しに来た?」
「……戦いに来たんやけど」
「どこから来た?」
「スコットランドや。お前は?」
新偉は俺の質問には答えず、執拗に心をえぐり続けた。
「は……これがスコットランドの最高の戦士か? 高そうな服を着た案山子みたいだな」
彼は武器を回しながら吐き捨てた。
「もういい、雑談は終わりだ! 始め!」
審判が宣言した。
残念ながら、俺の集中力は消え去っていた……
俺は初心者丸出しで彼の罠にかかった。
全力で攻めた。必死の斬撃を繰り出したが、彼は蛇のような敏捷さでかわした。
瞬きの間に、戟の柄が俺の鳩尾に直撃した。
肺の空気が一瞬で抜け、よろめきながら後退した。視界が霞む。
くそっ。奴の構えは隙だらけだが、あまりにも素早い。
メレニスで袈裟懸けに斬り上げようとしたが、新偉は武器の鉤で受け止め、その勢いを利用して俺の肋骨に蹴りを入れた。視界に星が飛んだ。
彼は嘲笑を続けた。外国人の俺を蔑むような言い方で、この島に居場所はないと叫んだ。
あまり考えなかった。ただ一つだけはっきりしていた。
あの口を塞いでやる。
奴が戟の刃で俺の腕を切り裂こうとした時、錆びた剣の峰で何とか防いだ。
その接触の瞬間、俺は農場で鍛えた純粋な身体能力を爆発させた。
「お前の動きは読めるんや!」
肺が燃えるように痛む中で言った。少しでも精神的に揺さぶろうとして。
新偉が蹴りを放つために足を上げたその瞬間、俺は後退しなかった。
軸足を狙ってローキックを放った。奴はバランスを崩して地面に倒れ、必死の勢いで俺はメレニスをその戟に叩きつけた。
衝撃は大きく、翡翠の武器は彼の手から離れ、アリーナの彼方に突き刺さった。
怯えた新偉は、時間を稼ぐために砂を俺の目に投げつけようとした。しかし、俺の方が先だった。
彼が膝をつく前に、俺の剣の刃は既に彼の喉元に触れていた。
「……負けた」
彼は目を見開いてつぶやいた。
【勝者:六田ジーク!】
俺は冷徹な怒りのオーラを保とうとしながら控え室に戻った。心の中では有頂天だったが。
琴がすぐにやって来て、俺の回復力に明らかに驚いていた。
「あいつはただの虚勢張りやった」
俺は、完全には感じていない冷淡さを装って言った。
「ああいう奴は嫌いや」
琴は次の対戦相手への対策を練った。
ジョーダン・スミスは不戦勝でフレッシュな状態だった。
彼は鋼の篭手を使う近距離型の共鳴者。鍵は消耗戦だった。
「守備的に戦うのよ、ジークさん。粘って、彼が疲れるのを待ってから、一撃のチャンスを見つけるの。山との決勝に進みたいなら、それを活かして」
俺は頷いた。戦略を忠実に実行しよう。
◇
しばらくして、山とウルライスが観客席に現れた。
山は左腕――彼の利き腕――を包帯で巻いており、痛々しかった。しかし、彼は俺に心からの笑顔を見せた。
「決勝で会おうぜ、ジケッチ」
彼はウルライスに連れられて、坂田仁との準決勝に備えるために医務室へと消えていった。
こうして第二ラウンドが終了した。
山の対戦相手は坂田仁。
そして、俺の対戦相手はジョーダン・スミス。




