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RE/SONANCE  作者: ねずおあきとし
デビュー編
2/26

共鳴適合《きょうめいてきごう》

 ■ 2022年8月6日 小倉州


 俺の名は六田エゼキエル。つい先日、十八歳になったばかりだ。


 京都で生まれ、スコットランドのハイランドで育った。


 十年に及ぶ過酷な訓練を経て、ついに共鳴者としてのキャリアが始まろうとしている。


 それは、人間の身体能力と神の武器を融合させる競技――共鳴だ。


 俺は幼馴染のソマーズ琴と共に、真夜中の太平洋共鳴島へと到着した。


 彼女は共鳴専門のジャーナリストで、小倉に住んでいる。


 スコットランドから東京、そしてこの島へと続く果てしない旅の末、小倉での最初の夜は、心身ともに大きな安らぎをもたらしてくれた。


 空港から彼女のアパートへと向かい、その部屋は狭いながらも温かみのある空間だった。


 飛行機の安物の座席に比べれば、彼女のソファで眠ることは贅沢なひとときだった。


 翌朝、疲れはアドレナリンに取って代わられた。なぜなら、いよいよ正式に共鳴者となる日が訪れたからだ。


 共鳴者とは何か?


 それは神具――独自の力を持つ神聖な武器――の保持者である。


 共鳴者になるためには、まず神と共鳴しなければならない。


 神との絆が強ければ強いほど、より大きな力を得られる――かつて共鳴のチャンピオンだった父がそう語っていた。


 彼女のアパートを出る前に、琴はこの未知の世界についてさらに詳しく教えてくれた。


 共鳴者の生活は一般的に放浪的だと説明してくれた。島中を絶えず旅しながらポイントを積み、大きなトーナメントへの出場資格を得るのだという。


 彼らはチャンスを待つのではなく、自ら掴みに行くのだ。


 彼女の住所をスマートフォンにメモし、俺は本当に重要な場所へと向かった。


 共鳴本部。


 小倉の蒸し暑さに息が詰まりそうになりながら、ついに目的地に到着した。


 扉をくぐると、空調の冷気がまさに神の祝福のように感じられた。


 受付に近づくと、一人の女性が俺の前に現れた。


 茶色い髪を二つのポニーテールにまとめ、見ているだけで疲れそうなほどのエネルギーを纏った彼女は、プロフェッショナルな笑顔で俺を迎えた。


「はーい! いらっしゃいませ! 小倉第18共鳴本部へようこそ! 私、ナオと申します! 何でもお手伝いしますよ!」


 彼女はそう言って、受付カウンターに頭をぶつけそうな勢いでお辞儀をした。


「どうも。共鳴者になりたいんやけど、何をすればええんや?」


「おや、志望者さんですか! それは嬉しいですね! こちらのブースへどうぞ、猫ちゃんシールが貼ってあるやつです!」


 ナオは引き出しから書類の束を取り出した。


 束じゃなかった。山だった。


「えーとですね、この全てにサインしていただいて、プロフィールを作成します! 細かい内容は読まなくて大丈夫ですよ。四肢欠損やら、神様からの憑依やら、贅沢税やら……まあ、いつものやつです! ここ、ここ、そしてここにサインお願いします!」


「四肢の何やて……?」


 言い終わらないうちに、彼女は俺の手にボールペンを握らせた。


 俺はサインを始めた。


 父さんはこういう手続きを一度も教えてくれなかった。全てを初めて体験しながら、手探りで進めていた。


 十分間の走り書きの後、手首は限界を訴えていた。


「ここは生命保険のサインです! こちらは冥界の神様に借金がないことの確認書! あっ、それから小倉のニュースレターも! 絶対に読んだ方がいいですよ!」


 この最後のは、後々面倒なことになりそうだ……


 全てが終わった時、俺の脳は溶けかけていた。


 ナオは書類を受け取り、質問を再開した。


「ではでは、イケメンさん、お名前は?」


 父さんの言葉を思い出した。


 ――有利になりたいなら、俺の息子だと言え。


 俺は胸を張った。あの膨大な書類の山で失った尊厳を取り戻すかのように。


「俺の名は六田エゼキエル! 伝説の六田弘司の息子や!」


 俺は宣言した。壁が震えることを期待しながら。


 しかし、沈黙が訪れた。


 後ろを通りかかったコーヒーを持った男が、頭のおかしい奴を見るような目で俺を一瞥した。


 ナオは二度瞬きをし、笑顔を凍らせたまま言った。


「はいはい……六田くんですね。六田弘司さんのお子さん? お名前、二つだけでよろしいですか?」


 彼女は気にも留めずに書き留めた。


「では、年齢は?」


 まさか誰も父さんのことを知らないのか? ――俺は独り言ちた。アドバンテージのつもりが、壁に押し戻された気分だった。


「十八歳や。」


「出身は?」


「京都で生まれたんやけど、スコットランドで育った。」


「スコットランド! おしゃれですね! 本物のお城ってあるんですか? それとも段ボール製? ……あ、答えなくていいです! 生年月日は?」


「2004年8月3日や。」


 ナオは質問のラッシュを続けた。


 身長、体重、血液型。さらにはトンコツラーメンと醤油ラーメンのどちらが好きかまで尋ねられた。


 全てが終わると、彼女は必要以上に力強く書類にハンコを押した。


「はい、完成です! 六田くん! プロフィールはこれで完了です! カードがもうデータを吸収してますよ。もし体重や血液型を偽っていたら、軽い痙攣が起きて自動修正されますからね!」


「カードが勝手にやってくれるなら、なんで俺にあれだけの書類を書かせたんや!?」


 俺は叫びながら、書類の山を指差した。


「あらあら、六田くんは堅苦しいんですね! そういう事務手続きってやつですよ。うちの上司が言うには、紙の書類が信用を生むってね。さて、次のステップです――リンボに行ってください。」


 その名前は聞いたことがある。


 リンボ。


 この世界には三つの位面が存在する。天界と人間界、そしてリンボだ。


 リンボは、神のエネルギーが接触時に人間を殺さないようにするための仲介領域。そこでは意識だけが飛んで、適合する神を見つけることになる。


 だが……俺にはもう決めた神がいた。


「二通りあるんですよ」


 とナオが説明した。


「神選(しんせん)。神様があなたを選ぶ方法と、共鳴適合(きょうめいできごう)。あなたの魂が自動的に適合する神の領域へ飛ばされる方法です。後者の場合は気をつけてくださいね。接続が不安定で、怪我をするかもしれませんし、神様のお邪魔をするかもしれませんから。」


 俺は心の中で笑った。子供の頃のことを思い出したからだ。


(覚悟しとけよ、ボレアスのじいさん。今日こそ、俺はお前の一番弟子になるんや)


 ◇


 天界では、ボレアスが玉座に座り、ぶどうを食べながら完全にくつろいでいた。


 彼の使い魔の一人が慌てて近づいた。


「ボレアス様、ジークさんがリンボへ向かっています。」


「ジーク? 誰だそれ? 食べてる最中に話しかけるな……」


 神は不機嫌そうに唸った。


 ◇


 俺は特別室に入り、カードを掲げた。カードが光り始めると同時に、目を閉じた。


「じいさん! 準備はできとるで!」


 完全な静寂。


 突然、空気が裂けるような音がして、身の毛もよだつ寒気を感じた。


 来たぞ!


 期待に胸を膨らませて目を開けたが、そこは暗黒の闇だった。


 立ってはいなかった。俺は虚空へと落ちていたのだ。


「ここはどこやぁぁぁぁッ!?」


 俺の叫びは虚無に消え、遠くでかすかな光が瞬いていた。


 ◇


 天界で、ボレアスはぶどうを喉に詰まらせて派手に咳き込んだ。


「ジークくん!? なぜ弘司くんの息子だと先に教えんかった!? 遅れるぞ!」


 神は慌ててリンボの領域を開き、威風堂々たる登場を装うために慌てて態度を改めた。


 ゴホン、と威厳たっぷりに咳払いをした。


 ――しかし、誰も現れない。


「ボレアス様……」


 使い魔は手元の記録を見て顔を青ざめさせた。


「システムによると、ジークさんは既に……別の神と繋がったようです。」


「誰だッ!?」


 ボレアスは記録をひったくった。誇りに満ちていたその顔が、一瞬で愕然とした表情へと一変する。


「一体……あの女は何者だ!?」


 まったく見知らぬ、別のリンボの領域――


 空気は暖かく、濃厚な湯気と甘い香りが立ち込めていた。


 ろうそくの灯りが、大きな大理石の浴槽の周りでそっと揺らめいている。湯船には熱い湯が満ちていた。


 オレンジ色の髪を持つ女神が――その髪は静電気を帯びて逆立ち、スリムな体躯に尖った耳、白いタオルを一枚だけまとって――戦いを思わせる旋律を、しかしリラックスした調子で口ずさんでいた。


「さて、お風呂の時間ね。」


 彼女は子供のように満足げにため息をついた。


「おいで、小さなスウィヨド。」


 浴槽の縁に浮かぶ黄色いゴムのアヒルを掴み、ぎゅっと絞ってプラスチックの鳴き声をさせてから、そっと湯に戻した。


「今日も退屈な一日だったわね、スウィヨド。誰も私に祈ってくれなかったけど……少なくとも、お香の香りは素晴らしい。何も、この完璧な夜を邪魔するものはないわ。」


 彼女がタオルを落とし、生きているかのように揺れるオレンジの髪を解き放ち、湯に身を沈めようとした、その瞬間――


「ぎゃああああああッ!!!」


 俺は流星のように天から落下し、浴槽に直撃した。


 水は四方八方に飛び散り、ろうそくの灯りを一瞬で消し去り、部屋のタペストリーをびしょ濡れにした。スウィヨドまで宙を舞い、金の像にぶつかって跳ね返った。


「あちッ! 熱いわ!」


 俺は必死に沸騰する湯の中で藻掻きながら叫んだ。酸素を求めて必死にもがいた。


 ゆっくりと顔を上げ、濡れた髪の束を額からかき分けると、彼女と目が合った。


 彼女は驚きで固まっていた。その瞳は恐ろしいほどの輝きを放っていた。


「こ、こんにちは……」


 湯気で視界が霞む中、俺は手を上げてなんとか言葉を絞り出した。


「何者……だ……お前はッ!?」


 女神が声を轟かせた。彼女の髪が青白い電光を放ち始め、空気は鋭くなり、息をするだけで痛みを伴った。


 スウィヨドは惨状の中、うつ伏せに浮かんでいた。


 俺が誰も知らない伝説の息子だと説明する間もなく、数千ボルトの電流が俺の全身を駆け抜けた。


 意識を失う前に、焼け焦げた俺の体が浴槽の外の床に叩きつけられた。


 ◇


 数時間後、俺は目を覚ました。


 そこは陰気な場所だった。クモの巣が張り巡らされ、すべての物が分厚い埃の層に覆われていた。


 俺が目を覚ましたのを見て、女神が話しかけてきた。


「どうやら目が覚めたようじゃな、小僧。」


 影から、からかうような声が聞こえた。


 その言葉を聞いて、比喩的ではあるが、また彼女の声で感電したような気分になった。


「ここはどこや? 頭がくらくらするんやけど……」


「我がリンボの領域じゃ。ふふ……はっくしょん!」


 女神は優越感を込めたポーズを取ろうとしたが、埃で派手にくしゃみをしてしまった。


「威張りたいなら、せめてこの場所を掃除せえや。汚すぎるわ。」


 俺は憤慨して言い放った。


「貴様、我が庭に勝手に踏み込んでおいて、その口の利き方か!?」


 女神が抗議した。


「つまり、お前は共鳴適合で来たということじゃな……どうやら接続が不安定だったようじゃ。」


「不安定? どういうことや?」


「つまり、我が力は制限されておって、お前を再び感電させることはできん、ということじゃ。」


「なんで最初にやったんや!? ただ挨拶しただけやろ!」


「馬鹿者! 挨拶などしておらん! 天から落ちてきて驚かせ、間抜けな面でこちらを見おって!」


 彼女は理不尽に非難した。


「だが、儀礼はここまでじゃ。用件は何じゃ?」


 俺はこの荒廃した場所を歩き回ってから答えた。


「ボレアスのじいさんに会いに来たんやけど、ここに着いたんや。お前がボレアスか? 何年か前に会った時は男やったけどな……まあ、考えてみれば、女にしては結構男前やな。ありがとう、ボレアス先生! お世話になります!」


 俺は丁寧にお辞儀をした。


 ゴッ!


 鈍い音が頭に響き、目の前に星が飛んだ。


「ボレアスのじいさん、だと?」


 彼女は傷ついたような、恐ろしい笑みを浮かべた。


「残念だったな、若い馬鹿者よ。奴はお前のところには来なかったようだ。」


「……?」


「それより、お前はどこの出身じゃ? その髪と風貌は西洋風だが、その乱暴な口調は間違いなく日本式じゃな。」


 ……確かに。このウェーブがかった髪に、顔中のそばかす。日本では珍しいやろな。


「俺か? ……スコットランドや。」


「スコティアか?」


 彼女は考え込んだ後、急に態度を軟化させた。


「最初からそう言えばよかったものを!」


 女神は髪を整え、周りの埃を吹き飛ばすと、大理石の玉座に座って優越感たっぷりのポーズを取った。


「さて、そろそろ我の名を知っておるはずじゃ!」


 彼女は満足げに言った。


「我が名を言ってみよ。」


「あの……お前のこと、知らんねん。」


「何じゃと! お前はあちらの出身じゃろう。ヒントをやろう――『タラ』で始まる……」


「タラ……タルタロス? ここ、地獄か?」


 ゴッ!


 またしても俺の可哀想な頭骨に一撃が加えられた。


「タラニスじゃ、馬鹿者!」


 彼女は額に青筋を浮かべて怒鳴った。


 俺の真底困惑した顔を見て、彼女の頬を一滴の涙が伝った。


「やはりか……人間に忘れ去られておったのじゃ。何故、ケルトの民もガリアも我を見捨てたのか……」


 ケルト? ガリア? この女神、完全に時代に取り残されてるやん!


「その民族はもう五百年前とか……いや、もっと前に滅びたで。」


 俺はあまり自信がないまま答えた。


「なんで知らんの? スマホ持ってへんの?」


「スマ……ホ?」


 タラニスは不安そうに指を絡めながら、目をそらした。


「うむ……どこかで聞いたことがあるような気がするのう。ふふ……魔法の石板のようなものじゃろう?」


 俺は周りを信じられない気持ちで見渡した。


 目を凝らすと、部屋の一角に、分厚いクモの巣の下に隠された何千年も前からあるかのような古びたタイプライターが置かれていた。


「石板? タラニス、今は二十一世紀やで。」


 俺はこめかみを揉みながら言った。


「スマホはな……人々が生活の全てを詰め込むもんや。写真、音楽、地図……そして何より、みんな検索に使うんや!」


「ならば我は、この工学の驚異を持っておる!」


 彼女はタイプライターを指差し、無理やりな誇りを胸を張って見せた。


「見よ、このキー! このインクリボン! まあ……リボンは何世紀も前に乾いてしもうたが、打鍵するときの音は実に満足いくものじゃ! カチャカチャカチャ! お前の『スマホ』もそんな音がするのか?」


「『クリック』はするけど、錆びた金属を押す感触はないな。それに、世界で何が起きてるかも分かるんや。」


 俺はタイプライターに近づき、埃を吹き飛ばそうとしたが、派手にくしゃみが出た。


「タラニス、もう誰もこんなもん使わへんで……人に覚えてもらいたいなら、自分の共鳴者にたくさんトーナメントで勝たせたらええやん!」


 沈黙が部屋を満たした。


 タラニスは肩を落とし、一瞬、威厳ある神の仮面が完全に崩れ落ちた。


 俺はその姿を見つめながら、考え込んだ。


 あれほど強力な女神が、俺ごとき人間の前で小さくなっているのを見ると、胸の奥が少し痛んだ。


「なあ……お前、共鳴者を持ってへんやろ?」


 俺は優しく尋ねた。


「持っておらん!」


 彼女はすぐに態度を改めたが、その頬は赤くなっていた。


「だがな、それは誰も我が厳しさに耐えられんからじゃ! 皆、軟弱者ばかりじゃ! お前もただの統計の一つに過ぎん、この小僧! 思い上がるな!」


「まあ……そうかもしれへんな。でも、せっかくここにおって、どうやらお前は誰も相手にしておらん女神みたいやし、お互い頑張らんか?」


「不届きな人間よ。お前は外で一日も持たんぞ。」


 彼女はタイプライターを横目に見ながら呟いた。


「人間など、神々が将棋を遊ぶためのただの駒に過ぎん。お前はただの歩兵《ふひょう》よ、犠牲にされるためにある。」


 タラニスは俺を脅そうとした。


「歩兵、か……。」


 俺はこめかみにピキッと血管が浮き出るのを感じた。


「賭けをしよう、小物の女神。俺が最初のトーナメントで勝ったら、俺はただの共鳴者で終わらへん。お前は俺を対等に扱うんや。」


 これにタラニスの傲慢な口元と眉がニヤリと歪んだ。


「賭けを上げようぞ。お前が初戦で負けたら、共鳴を諦めるだけでは済まん。神と同等に話した罪で、我の靴を舐めてもらうぞ、無礼な小僧。」


 タラニスは賭けを確定させた。


 俺たちは互いに勝つ自信を込めて見つめ合い、がっしりと握手を交わした。


 握手した手から、かすかな電撃の火花がパチパチと散った。


 タラニスは部屋の隅の方へ歩いていき、何世紀分もの埃をかぶった箱を引き出した。


 箱から、ぼろ布に包まれた古い剣を取り出した。


 ――メレニス。


 それは錆びついた鉄の剣で、輝きはなく、刃先は折れていた。


「この壊れたガラクタが神具なん?」


「お前が言うほど優秀ならば、これを輝かせてみせよ。」


 彼女が言い終わると、空間にポータルが開き始めた。


 ナオが言っていたのを思い出した。ポータルが現れ始めたら、自発的に領域を離れなければならない。さもないと、共鳴の蓄積でダメージを受けると。


 去る間際、俺は言い放った。


「後悔するで、小物の女神!」


 俺は髪をかき上げた――その時、異変に気づいた。


「……ん?」


 頭を触ってみた。


「いつジェルつけたんや? 髪が……硬くなっとる。」


 女神はそれに気づき、知らんぷりをして手を後ろに隠し、無頓着に口笛を吹いた。


 部屋の汚れた鏡で自分を見た。


 ウェーブのかかった髪は硬く尖り、真ん中から一筋の束がピンと飛び出していた。


「お前やったんや! 電気でこうしたんやろ!」


 思わず叫んだ時には、ポータルが俺を共鳴本部へと吐き出していた。


 約束の時間は終了していた。その半分は気絶して過ごしたのだ。


 ◇


 本部に戻ると、俺はナオのカウンターへ向かった。


「ナオさん! 戻ったで!」


「どなたですか? ご用件は?」


 彼女は顔も上げずに尋ねた。


「六田エゼキエルや! 六田弘司の息子や!」


「ああ、弘司さんの息子さんでしたか。お父様を尊敬されているんですね。何かご用ですか?」


 俺は精神的に打ちのめされた。どうやら本当に誰も父を知らないらしい。


 ナオが更新されたカードを確認した。


「タラニス……ですか。まあ、新しい体験ですね。さて、次のステップはトーナメントにエントリーすることです。参加は無料ですよ。明日開催される第173闘技場をお勧めします。」


「ああ……うん、分かった。これ、全部無料なん?」


 俺は疑わしそうに尋ねた。


「いいえ! もう少しで請求し忘れるところでした! 共鳴者登録費は25万円です。お願いします!」


 魂が口から抜けていくのが分かった。


 震える手で支払いを済ませると、父からもらった三十万円のうち、残りはたったの五万円になった。


 俺は真っ直ぐにカフェへ向かい、父さんに電話をかけようとした。


「親父ッ! なんでもっと金くれへんかったんや! 参加費が25万円もかかったんやで!」


 電話の向こうで、父さんがコーヒーを派手に吹き出す音が聞こえた。


「25万!? 俺の頃は一万五千円やったのに……しまったな、インフレを考慮しとらんかったわ。」


 父さんはすぐに落ち着きを取り戻して答えた。


「まあ、お前は厳しい道を望んだんやろ? なんとかせえ。――頑張れや。」


 プツッ。


 切れた……。切られたんか!?


 俺はカップの底を見つめながら、大人の世界の真の重みを感じていた。


「1,500円になります。」


 黒髪のウェイトレスが伝票をテーブルに置いた。


「……家に帰りたいわ。」


 俺は呟いた。資本主義と官僚機構に完全に打ちのめされて。


 ◇


 カフェを出ると、小倉の真昼の太陽がアスファルトを焼き尽くさんばかりの強さで照りつけていた。空気が揺らめいて見えるほどだ。


 体は軽く感じられたが、それは身体能力のせいではない。財布の重みが著しく減ったからだ。


 諦めの気持ちでタクシーを止めた。このコンクリートジャングルをどうやって移動すればいいのか、見当もつかなかった。摩天楼が空をかきむしり、街角のどこからか神聖な魔力が漂っているような場所だ。運転手に、琴の住所を書いたメモを差し出した。


 白い手袋をはめた年配の運転手は、無言で都会の喧騒を縫うように車を走らせた。その無愛想さはまるで外科医のように冷徹で、おそらくは日本的なプロフェッショナリズムの表れなのだろうが、今の俺には冷水を浴びせかけられた気分だった。


 到着すると、メーターは3,500円を指していた。


 その金額を支払いながら、一円一円が刃物のように心臓に突き刺さった。


 問題はその3,500円だけではない。数分前に行った破滅的な資金管理だ。ナオは、底なしのエネルギーと、今となっては大量操作の武器としか思えないあの笑顔で、俺を「小倉ニュースレター年間購読」に申し込ませたのだ。


 その値段は――45,000円。


「『全てのトーナメント情報をお届けしますよ、ジークくん』……だってさ。くそっ!」


 俺は呟きながら、走り去るタクシーを見送った。


 ものすごい勢いで引き返したくなった。スコットランドの農場に戻って、牛やひよこたちに「出て行ってごめん」と謝りたかった。しかし、プライドと自尊心が後戻りを許さなかった。


 今は嘆いている場合じゃない。


 琴のアパートに戻ると、相変わらず書類とモニターの混沌が俺を迎えた。


 俺の完全なる敗北の表情を見て、彼女は共鳴者の物流について簡単なレクチャーを始めた。


「予選ラウンドの前には、必ずリンボの待機室に入って、あなたの神様と同調しなければならないの。安全プロトコルよ。接続がなければ、神具も出せない。」


「またあいつか……」


 俺はため息をついた。青い火花と、タラニスの湯船の熱湯を思い出しながら。


「ところで、ジークさん。明日、あなたの初めてのトーナメントに一緒に行こうか?」


 琴が提案した。プロフェッショナルな輝きを宿した眼鏡を直しながら。


「あなたについてのコラムを書いて、露出を増やせるわ。新人は白鷺か虎のような事務所に入るのが得策よ。」


 これらはこの街で最も大きな二つの事務所だ。安定性、スポンサー、そして何より――所属する場所を提供してくれる。この社会では、島を放浪する隠遁者になるか、共鳴エージェンシーの一員になるかの二択なのだ。


「分かった。まずはいい印象を与えられる服を探しに行くわ。」


 その瞬間、運命は俺がどれほど準備不足かを思い知らせようとしていた。


 スーツケースを開けると、二人とも中身を見て沈黙した。


 厚手のウールのコート、手編みのマフラー、スコットランドのハイランドの吹雪を生き延びるために設計された防寒パンツ。この服を、湿気でむせるような小倉の夏に着たら、死に直結するだろう。


「服がない……」


 俺の嘆きがアパートに響き渡り、深い絶望に満ちていた。


「何とかしてみよう。」


 琴は気を楽にしようとしながら言った。


 彼女はTシャツを差し出してくれたが……きつすぎた。普通の子供時代を送っていれば、ぴったりだっただろうに。


 琴は不思議そうに俺を見つめたが、一つのアイデアを思いついた。


 彼女はスマホを取り出し、値段を調べ始めた。


「ええと……スポーツパンツ、履き心地のいいスニーカー、薄手の靴下、ノースリーブシャツ、ウインドブレーカー……合わせてちょうど45,000円ね。」


「……うん、そうやな。」


 くそっ、ナオめ。


「なあ、琴……金、貸してくれへんか?」


 琴はしばらく黙って俺を見つめていた。そして、忍耐強くこう考えた。


(もしこいつがこの防寒服を真夏の小倉で着たら、剣を振るう前に間違いなく死ぬだろう、と。)


 サイズが合うか不安だったので、届くのを待つよりも実際に店に行って服を買うことにした。


 その後、この日は俺にとって終わったも同然だった。

次章、ついにジークの待望のデビューです!

彼の初陣、ぜひ見届けてください!

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