六田ジーク ― プロローグ
俺たちの世界で、空はただの雲と星の幕ではない。
大地は戦争も貧困もないユートピアでもない。
それは神々が最も野心的な駒を繰り広げる盤面だ。
その盤面こそが、共鳴トーナメントである。
共鳴とは、エネルギーの適合度を測る指標だ。
人間が神具を通して神の名のもとに戦うことを可能にする、神聖なるエネルギー。
自らの体を器として貸し与える代わりに、その人間は想像を絶する富と、永遠の遺産と、物理法則を覆す力を手にする可能性を得る。
しかし、この容赦ないシステムのすべてがそうであるように、成功には代償が伴う。
◇
これは俺の物語だ。
俺の名は六田エゼキエル。だが、皆はただジークと呼ぶ。
俺は日本の京都で生まれ、スコットランドで育った。
つい先日、十八歳になったばかりで、やっと共鳴者としてのキャリアを始めることができる。
だが、俺の旅の始まりを理解してもらうには、過去の断片を思い出さねばならない。
俺の父、六田弘司は、太平洋共鳴島における生ける伝説だった。
彼は北風の憤怒と呼ばれていた。ボレアスの共鳴者だったからだ。
彼の人生は、母アグネスと出会ったことで大きく舵を切った。
母は父とは正反対の女性で、スコットランド出身、火山のような気性、茶色い髪、そして顔中に星座のように散らばったそばかすを持っていた。
当時の父は外向的な男で、戦場ではその野心に限界を知らなかった。
彼らはそれぞれの世界に抗いながら恋に落ち、二人の子供――姉のドナと俺――をもうけた。
父は引退を考えていた。
闘技場の喧騒を、山々を吹き抜ける風のささやきに変えたかったのだ。
とはいえ、負けず嫌いな母は、せめて俺が彼の栄光を覚えていられる年齢になるまではもう少し頑張れと父に言い聞かせていた。
俺たちは東京に住んでいた。そして運命は、俺たちの幸福に代償を求めることにした。
あの事件が起こったとき、俺はまだ三歳だった。
母と姉は観光で太平洋共鳴島へ旅立っていた。
父は俺とともに京都にいた。
父がその知らせを受けたとき、彼の内側の何かが永久に凍りついた。
喜びは彼の目から消え去り、生ける屍のようなまなざしに取って代わられた。
彼は一夜にして共鳴を捨てた。
その知らせは旋風のように世界を駆け巡った。ボレアスの王者が姿を消したのだ。
父は悲しみの避難所を求めて、母の故郷であるスコットランドのハイランドへと移り住んだ。
母と姉は京都に眠っている。だが父は、灰色の空が決して俺たちの視界から離れようとしないあのハイランドに自らを追放する道を選んだ。
俺たちは神々に見捨てられたような田舎町に引っ越した。テクノロジーも、スポットライトも、共鳴という言葉からも遠く離れて。
しかし、業界のハゲタカたち――大物実業家やエージェンシーのオーナーたち――は、必ず俺たちの家を見つけ出した。
父は彼らに一言も言葉を交わさずにドアを閉めつけた。
彼自身の神であるボレアスにも、そのドアを閉めたのだ。ボレアスは父を実の子のように愛していたというのに。
やがて、世界は俺たちのことを忘れた。
父は普通の農夫になり、神々と戦士たちの世界から俺を隠し続けた……そして、農場の物置から舞い上がった埃が、真実を明かすことになるまでは。
◇
すべては2011年に起こった。
俺は七歳だった。
忘れられた片隅で、段ボール箱を見つけた。中にはビデオテープのコレクションがあり、ラベルには『共鳴覇戦2002』と書いてあった。
父さんはあそこに入るなと言っていたが、子供の好奇心はどんな警告よりも強い。父さんが畑を耕しに出かけるのを待って、最初のテープをプレイヤーに滑り込ませた。
それは心臓が止まるような光景だった。
全身にオーラを纏い、鋼がぶつかるたびに魂を捧げる戦士たち。彼らは虚空から武器を呼び寄せ、それを神具と呼んでいた。その言葉は俺の記憶に焼き付いた。
そのうちの一本、二十年以上前に録画されたテープには、伝説の決勝戦が映っていた。ランスロットの剣 対 北風の憤怒。
一人目の挑戦者はアーサー・ブライス。磨き上げられた中世の甲冑を身にまとい、見事な金髪の口髭を蓄えていた。
次の瞬間、画面は白い砂嵐と氷のような冷気で満たされ、その中心に筋骨隆々で逆立った髪の若い男が現れた。彼は、宇宙最古の氷河から切り出されたかのような青い大剣を構えていた。
――『前人未到の五連覇を懸けて、決勝の舞台に登場! 北風の憤怒、六田弘司ーッ!!』
実況の声が轟いた。
俺は言葉を失った。今では糞尿を掃除し、干し草を運んでいるあの男が、伝説の戦士だったのだ。彼の若き日の瞳に宿っていた野心を見て、背筋が凍った。
戦いは戦略と純粋な力の応酬だった。だが、父がとどめの一撃を放とうとした、その瞬間――
◇
「……ああ。」
重い吐息が背後で響いた。
彼が立っていた。怒りと深い諦念が混じった目で、俺を見下ろしていた。どうやらかなり前からそこに立ち、息子が過去の栄光の残骸を発見する様子を黙って見守っていたらしい。
彼は、あの時代の暴力と神々との近接について苦々しく語りながら、俺を叱った。
しかし、なぜあんなに世界を憎んでいるのにビデオを取っておくのかと尋ねると、返ってきた答えは俺の予想を裏切るものだった。
「どのビデオにも、彼女がおってな。いつも俺を支えてくれてたんや。それが、彼女の残した全てや。」
彼はそう呟きながら、テレビの画面をそっと撫でた。
それらのテープには、母が生きていた頃の記録が収められていた。彼女が一番愛していたことで、父を支えている姿が。
その日から、俺の好奇心は妄執へと変わった。あの世界を知りたいだけじゃない。あの世界の一部になりたかった。
俺は毎日のように父にすがりついて、あの力を現す方法を教えてくれと懇願した。しかし、父は常に拒み続けた。
書籍や映像の残骸を追いかけながら過ぎ去った月日の中、とうとう俺のしつこさに根を上げた父は、子供には到底不可能と思えるような試練を突きつけてきた。
「一日で農場の仕事を全部終わらせたなら、お前の願いを聞いたるで。」
そう宣言したのだ。
父さんの計算では、三日はかかるはずだった。
だが、父さんは知らなかったのだ。俺の意志には限界なんてものがないということを。
家畜に餌をやり、一頭一頭の牛の乳を搾り、鶏舎の鳥全てに餌を与え、雨の中を耕し、納屋とトラクターを掃除し、さらに年季の入ったピックアップトラックをフォートウィリアムまで走らせて干し草を運んだ。
最後のはさすがに気づかれないわけがなかった。七歳のガキが、運転席で父さんの仕草を真似して運転しているのだから。
後で知ったのだが、父さんは一日中、地元の商人たちに俺のやったことの謝罪に回っていたらしい。
しかし、それだけの仕事をこなして、俺は日暮れ前にやり遂げた。
そして、父さんの昼寝を起こしたのだ。
目を丸くして俺の仕事を確かめた父さんは、諦めの混じった疲れ切った表情で、玄関先へと歩いていった。
突然、空気が変わった。
何かが起きようとしていた。
ハイランド特有の予測不能な夏の天気が、一変して厳しい冬の寒さへと様変わりする。
空気は重くなり、静電気を帯びて、雲から氷の冷気が完璧な螺旋を描きながら降り注ぎ始めた。
「……ようし。約束は守ったるで。」
父さんがそう言った。
彼はポケットから、かすかに光る長方形の物体を取り出した。共鳴カードだ。
目を閉じ、父さんは理解できない言葉を呟いた。天界との繋がりを調整しようと、集中しているようだった。
十秒の重い沈黙の後、冷気がひとつの幻影へと凝り固まった。
それは巨大な男だった。髪と顎鬚は白く、吹雪と溶け合うかのようだった。
最初は神の怒りに満ちていたその視線が、父さんに留まった。
「お主、リンボの外で我を喚ぶとは無礼ではないか! 氷の底に沈めて――」
その幻影が、ぴたりと止まった。
「おおっ!? 弘司くん!?」
神は怒りから一転して、大声で喜びを爆発させた。
「弘司くん! 老けたな! どうしたんだ、我が子よ? なぜこの間、一度も連絡をよこさなかった!?」
「ボレアス様。」
父さんは敬礼した。
「人間の時は短いんです。あなた様にとっては、四年なんてただの数日に過ぎないでしょう。」
「そういう話じゃない。お前と話せなくて寂しかったのだ。」
神は真摯に答えた。
「死んだのかと思っていたぞ……」
ボレアスは、共鳴者の状態に関わらず、神々には感知できる神聖なエネルギーの痕跡が残ると説明した。
その後、二人は近況を話し合う私的な会話を交わした。俺はそれを辛うじて聞き取っていた。
やがて神は俺の方へ向き直った。
「こんにちは、ジークくん。我が名はボレアスだ。お前の父は我が最も強い弟子であり、天界における我の現在の地位を築いた男だ。そして、お前は共鳴者になりたいと言っているそうだな?」
「はい! 俺、最強になりたいんです! でも……父ちゃんが嫌がってるんです。」
俺は子供らしい正直さで答えた。
ボレアスは父さんの方を見た。父さんの顔は、落ち込みと罪悪感が入り混じったものだった。
「弘司くん、その顔をやめろ。それが息子に示す手本か? 彼の目を見ろ……信念に満ちているではないか。」
父さんはため息をついた。俺の熱意と、戦いの砂浜の輝きを愛していた母の記憶に、敗北を認めるように。
「ジーク……本当にそれがお前の望みなんか?」
「共鳴者になるんやッ!!」
俺は大声で叫んだ。その声は丘にこだました。
「それには抗えんわ……お前は彼女にそっくりや。」
父さんは神に向き直った。
「ボレアス様、その願いを叶えてもらえますか?」
「もちろんじゃ。お前の帰還を待ち望みながら、大切に温めておいた。」
ボレアスの本質から、巨大な物体が具現化し始めた。
それはフィンブルヴィンター。神聖な氷の大剣。父さんの武器だ。
映像で見たときは荘厳に見えた。
だが実物は――恐ろしかった。
その刀身から放たれる寒気は、使い手以外の者の肌を焼くかのようだった。
ボレアスは超人的な力でそれを投げ放ち、刃を庭の地面深くに突き立てた。瞬時にして地面は霜の層で覆われていく。
「最強になりたいなら、これが最初の一歩だ。この剣を引き抜いた日、お前は共鳴に値する者だと証明したことになる。鍛錬せよ、ジークくん。私はお前に期待を託している。」
彼は父の方へ向き直った。
「お前もだ、弘司くん。そんな暗い顔はやめろ。ずいぶん老け込んだじゃないか。息子に尽くせ。お前に残されたものは、それだけだろう?」
神の言う通りだった。当時三十一歳だった父は、五十代半ばにも見えた。
最後の言葉を残し、ボレアスは大気の中へと消え去った。しかし、寒気は彼と共には去らなかった。
フィンブルヴィンターはそこに残された。スコットランドの陽光を嘲笑うかのような、氷の巨石として。
◇
その日から、俺の子供時代は終わりを告げた。
日常は、父による容赦ない指導の下での過酷な鍛錬へと変わった。時が経つにつれ、父は以前にも増して熱意を見せるようになった。
俺は何年もの間、絶え間ない風邪、切り傷、そして神の武器のオーラによる偶発的な火傷に悩まされ続けた。一方で父は、雪の上を春の庭園でも歩くかのように闊歩していた。
その日々は十年にも及んだ。
力を、意志を、決意を鍛え上げた。農作業と稽古の日々が、俺の筋肉と精神を鍛え上げた。
十七歳になる頃には、平均以上の体力を身につけていた。両手を包帯で巻き、俺は大剣の前に立った。
凍てつく柄を握りしめ、山の静寂を引き裂くような咆哮と共に、フィンブルヴィンターを大地から引き抜いた。
十年もの間、越えられない壁だったそれが、ついに崩れたのだ。
俺はそこに立ち、神の武器の重みをしっかりと支えていた。
四十一歳になった父が、町から買い出しの荷物を抱えて戻ってきたのは、ちょうどその時だった。
「おい、親父。……どうやら、やったみたいやで。」
俺は満面の笑みを浮かべて言った。
俺が大剣を掲げているのを見て、父は買い物袋を落とした。
叱られることはなかった。ただそこには、笑顔と、心からの抱擁があった。
それが、本当の出発点だった。
俺はフィンブルヴィンターを地面に置き、自分の手を見つめた。
ついに、共鳴者への第一歩を踏み出したのだ。
◇
父さんが俺を抱きしめた。その温かさは骨の髄まで染み渡るようだった……いや、そう思いたかっただけかもしれない。あの瞬間の俺は、妙に弱っていたから。
腕を回しながら、父さんは安堵の言葉を呟いた。後から考えると、あの安堵にはかなり不自然なものがあった。
「ありがとう、ジーク……ようやくや。長い間待っとったんや。」
その口調は、ほとんど宗教的なまでに深かった。
突然、父さんは俺から離れ、ポケットから共鳴カードを取り出した。
短い詠唱を唱えると、俺の驚く目の前で、あの荘厳な氷の大剣が粒子の雨となって溶け、完全に消え去った。
約十年もの間、永久凍土のようだった気候が、一瞬で変わった。凍てつく空気は、スコットランドの爽やかな夏の風に取って代わられた。
俺は両手を伸ばしたまま、ただ虚空と、わずかに残る冷気の名残だけを掴んでいた。
「……は? 何やこれ――」
俺は言葉を失い、胸にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われた。
「フィンブルヴィンター、俺のもんやないんか?」
「当たり前やろ。」
父さんは背筋を伸ばし、それまでの年老いた農夫のイメージをかなぐり捨てた。いや、彼はまだ若かった。ただ、ずっと猫背でいただけだ。
「あれは俺のもんや。まあ、厳密にはボレアス様のもんやけどな。この日を、心待ちにしとったんやで。」
「へへ……そういうことか。」
俺は必死に尊厳を繕いながら言った。腕はまだ震えていた。
「つまり、やっと俺が共鳴者としての道を歩む準備ができたから、そう言ってるんやな? お前の遺産を継いで、俺が自分の伝説を築けってことやろ?」
「ちゃうちゃう。」
父さんは、実に自然な調子で言い放った。その何気なさが、刃物で殴られるより痛かった。
「ジーク、この何年かの農場の寒さ、気づかへんかったんか?」
「そら、気づいたで。でも、地球温暖化のせいやと思とったわ……。」
正直に告白した俺の言葉は、筋肉と同じペースで知能が発達しなかったことを露呈していた。
「あの寒さは、フィンブルヴィンターのせいやねん。あれが地中に刺さったままやから、俺はボレアス様との共鳴を常に維持せなあかんかったんや。さもないと、武器が天界に戻ってまうからな。」
父さんは満足げにため息をついた。
「それがどれだけ精神的に疲れるか、分かるか?」
「それで、あの絶え間ない風邪の原因も納得やわ……。」
俺は情報を処理しながら呟いた。
「あれは、ボレアス様が俺に課した罰やねん。何の連絡もなく姿を消したことへのな。――やっとあったかくなったわ!」
父さんは両肩を揉みながら叫んだ。まるで鉛の重りを背負っていたのを下ろしたかのように。
俺の顎は外れそうだった。
あれだけの訓練。あれだけの肉体的・精神的努力。それが、これのためだったのか?
膝が折れ、俺は芝生に崩れ落ちた。芝生は、ようやく本来の緑色を取り戻し始めていた。
「……ほんまに、俺のもんやないんか?」
完全なる敗北のオーラを纏いながら、俺は尋ねた。
「共鳴島に着いたら、必要なことは全部分かる。」
父さんは、俺の実存的危機を完全に無視して言い放った。
「お前にアドバンテージを与える気はないんや。最強になりたいなら、ゼロから始めろ。俺がそうしたように。近道も、遺産もなしや。」
「……お前、いつから共鳴の伝統なんて気にするようになったんや?」
俺は芝生の上に仰向けになったまま尋ねた。
「さあな。ボレアス様に再会してから、やもしれん。何かが変わったんや、ジーク。お母ちゃんと一緒におった頃の、あの幸せな日々を思い出したんや。あの人は、この世界を愛しとった。お前が共鳴者になりたいって言うたなら、真っ先に練習道具を買いに行って、俺が反対しても無理やりお前を鍛えさせたやろうな。……少しずつやけど、昔の自分に戻ってきた気がするんや。」
俺は父さんが家へと歩いていくのを眺めた。
その足取りは軽やかで、ほとんど若々しかった。
確かに、俺が物心ついた頃から父さんを蝕んでいたあの影は消え去り、代わりに、かつて見たことのないような活力が宿っていた。
「まあ……明日が何の日か、分かってるよな?」
俺は地面に寝転んだまま叫んだ。
八月三日。俺の十八歳の誕生日だ。
共鳴者としてのキャリアを始めることができる日。
「もちろんや。町に行くか?」
「行こう。スーツケースを買わなあかん。それに、牛の糞の臭いがしない服もな。」
「もう行く気か? 年老いた親父ともう少し過ごさんのか?」
父さんは、俺の決意に心底驚いたように尋ねた。
俺は楽観的な笑顔を見せた。
この情熱が冷めてしまったら、きっと間違った選択をしてしまう気がしたのだ。
父さんはそれを理解し、初めて迷いなく俺の決断を後押ししてくれた。
あの過酷な訓練が終わったと知って、俺はその夜、赤ん坊のように深く眠った。
◇
そして翌日、俺たちは町で十八歳の誕生日を過ごした。
奇妙な一日だった。心からの喜びに包まれながらも、迫り来る別れの寂しさが重くのしかかっていた。
一緒に来ないかと誘ったが、父さんは優しく首を振った。
彼の居場所はやはりスコットランドだった。灰色の空の下で、母さんと姉さんを見守り続けること――それが彼の選んだ道だった。
誕生日の翌日、俺たちは古いピックアップトラックでグラスゴー空港へ向かった。
行き先は――東京。
太平洋共鳴島へ入るための経由地だ。
「なんで大西洋島に行かへんのや? あっちの方が近いやろ。」
俺は車の中でチケットを確認しながら尋ねた。
「太平洋の方が初心者にはええんや。」
父さんは悪戯っぽい輝きを目に宿して答えた。
「動きが多い。小さなエージェンシーがタレントを探しとる。それに……俺もあそこで始めたんや。お前が俺の息子やと言うたら、多少は有利になるかもしれんで、ははは!」
彼は気まずそうに笑った。その笑い方に、俺は父さんがあの島に何か未完のものを残してきたのではないかと疑い始めた。
空港に着くと、父さんは分厚い封筒を手渡した。
それが、成人を迎えた俺への贈り物だった。
現金が詰まった封筒。そして、太平洋共鳴島への旅費。
封筒には三十万円が入っていた。共鳴の世界における標準通貨だ。
俺にとっては大金だったが、これから待ち受ける地獄の一端に過ぎないことを、その時の俺は知る由もなかった。
「一ヶ月、飢え死にせんための金や。くれぐれも気をつけろよ、ジーク。」
俺は骨が軋むほどの力で父さんを抱きしめた。
「心配すんなや、親父。すぐに俺の名前がニュースで流れるさ。」
俺は振り返らずに空港の中へと足を踏み入れた。
待ち時間の間、頭の中は沸騰していた。
父さんのこと、彼の孤独のこと。置き去りにしたわずかな友人たちのこと。そして、海の向こうで待ち受けている不確かな未来のこと。
やがて飛行機は離陸した。
俺が育った大地を後にし、故郷へと向かっていた。すべてが壊れた場所へ。
旅は永遠に続くかのようだった。日本に着くまで、二十三時間のフライト。
◇
東京に着陸したとき、文化の衝撃はトラックに撥ねられたかのようだった。
そこには、幼い頃からの友人、ソマーズ琴が待っていた。
彼女は今や共鳴専門のジャーナリストで、俺より一歳年上、スイス人の父と日本人の母を持つ。
子供の頃から、混血の血筋という共通点で親近感を覚えていた。
空港を出ると、俺は予想もしなかった光景に直面した。
東京はネオンの怪物だった。騒がしく、狂騒的だった。
牛と静かな丘の中で育った人間にとって、それはSF映画のように見えた。
一日の観光で、俺は貯金の大部分を使い果たした。メイドカフェにも行ったが、意外にもかなり癒される体験だった。
◇
そして、私たちは最終区間のために空港へ戻った。
午後九時、小倉行きの飛行機に乗り込んだ。
そのルートは、日本からあの神聖な領域に入る唯一の認可された航路だ。神の条約と人間の官僚主義によって守られた場所。
「なあ、琴……なんで小倉から入らなあかんのや?」
飛行機が海の上を飛びながら、俺は尋ねた。
「あの島には九つの独立州があるの。」
彼女はベテランガイドのような忍耐で説明した。
「島に入るには、関連国から入らなきゃいけないの。私たちは日本との繋がりだから小倉が割り当てられてる。もし万済州に行きたいなら、中国から飛ばなきゃね。」
「つまり……小倉は基本的に、島の中の日本の延長みたいなもんか?」
「そういうことです! それに、私もそこに住んでるんですよ。セヴェログラード以外は、ほとんど全部の州を訪れたことがあります。あそこに入るには特別な許可が必要でね……一度も取れたことがないんです。悔しいですよね!」
「ロシアっぽいな……俺は見てみたいわ。家の庭より寒いわけないやろ。」
俺は呟いた。
琴と俺は、飛行機が高度を上げる間も話し続けた。
窓の外には、日本の大都市の灯りが、闇夜に埋もれた真珠のように海へと消えていくのが見えた。
琴によれば、小倉は決して休息を与えてくれない街だという。
この旅は、単なる座標の移動ではなかった。
それは、農場の無邪気さから、大人の残酷さへと飛び込む跳躍だった。
今日、2022年8月5日。俺の本当の物語が、まさに始まろうとしていた。
過去のページをめくり、現在を書き記すために。まだ見ぬ世界を、自分の目で発見し、探求するために。
運命が何をもたらすかは分からない。しかし、俺は知っている。自分の場所は共鳴の頂点にあり、その深い夢を叶えるのだと。
はじめまして、ねずお あきとしです!
『RE/SONANCE』をお読みいただき、ありがとうございます。
次章からジークの冒険が始まります。
応援よろしくお願いします!




