第三話 苦いおそろい①
高校の体育館の隅。リングのない、ただの床の上。
一列に並ばされた一年生たちが、体育座りから立たされ、順番に腹を打たれていた。
上級生の事務的な声。
「じゃ、構えてー。腹、固めてー。しっかり耐えろよ。
はい、ありがとうございましたまでがセットな」
はい、と声だけはそろう。
陸は列の真ん中あたり。すぐ隣に並んでいるのは、同じ一年の男子──同じくらいの体格。けれど、さっきから顔色はずっと悪い。
先に隣の同級生から。上級生が一歩踏み込み、ドスッ、と音を立ててグローブをはめた拳を埋める。
「うっ……くっ」
隣の喉から、思わず漏れた声。瞬間、膝も折れかける。それでも、上級生を見て、同級生は震えながら声を出した。
「あり……がとうございましたっ」
「はい、根性あんじゃん。次」
次は、陸の番。
(怖い。普通に、怖い)
そう思うのに、怖いって顔だけはしてはいけない、と頭のどこかで冷静に考えている自分がいる。
足幅を、肩幅に。腹筋に力を入れて、息を止める。
ドスッ。
視界が一瞬、揺れる。胃のあたりがギュッとつかまれたようになる。
でも、陸は表情だけは整えて口を開く。
「ありがとうございました」
上級生は、じっと陸の顔を見て、ふん、とだけ鼻を鳴らした。
「……お前、表情変わんねぇな。ま、こんなもんか。次」
陸は、隣の同級生の肩の上下を横目で見ながら
(やっぱり自分より向いてる人は山ほどいるな…)
などと、ずれたことを考えていた。
◇◇◇
次のメニューまでの空き時間。さっき隣にいた同級生が、小声で話しかける。
「……陸ってさ」
「なに?」
「強いよな。 さっき、ぜんっぜん顔変わんなかったじゃん」
「……え、俺が?」
予想していなかった言葉に、素で間抜けな声が出る。苦笑して否定する。
「いや、普通に痛かったよ。というか、かなり痛かった」
驚く同級生。
「え、マジで? 俺、たぶん変な声めっちゃ出てたし…… ありがとうございましたも、半泣きだったしさ」
陸はにっこりと笑う。
「でも、立ってたし。あの状況で、倒れなかったのは、すごいと思うけど」
同級生は、きょとんと陸を見て、それから、ふっと笑った。
「なんかさ。陸って、そういうとこ、ズルいよな」
「ず、ズルい?」
「うん。俺から見たら、ビビってないように見えるし、上級生から見たら根性あるやつに見えるし。
でも中身は『痛い、怖い』なんだろ?」
「……だいたい合ってる」
自分で肯定して、ちょっと恥ずかしくなる。同級生は、どこか安心したように笑った。
「なんだよ、それ。
同じくらいビビってるなら、ちょっと気が楽になったわ」
ほんのそれだけのやりとりなのに、陸の胸のどこかが、ふっと軽くなる。
(怖いって、同じくらい思ってる人がいる、ってだけで、こんなに違うんだ)
そんなことをぼんやり考えていた、そのとき。上級生が声をかける。
「おーい、そこ、しゃべってるふたり。
次のメニュー、スパーな。お前ら同士で2ラウンド。
さっさと準備して、リング上がれ」
陸と同級生は目を見合わせる。
「……やっぱ、地獄だな、この部」




