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臆病な僕と、リングの約束 ーBパート ジムサイドー  作者: 叶畑シュウ
第二章

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第二十二話 イザナとバンテージ

 部室の隅で、陸がいつも通り一人でバンテージを巻こうとしたときだった。ロールを手に取り、端を親指にひっかけようとした瞬間、背後から伸びてきた手に、ひょいとそれを奪われた。


「おい、月代」

「……黒瀬先輩?」


 さっきまで少し離れた椅子にだらしなく腰かけていたはずの黒瀬イザナが、いつの間にか背後に来ていた。


「お前さ、巻き方甘いんだよ」

「そんなことは──」

「いいから。ほら、座れ、月代」


 ぐいっと肩を押されて、ベンチに座らされる。

 差し出した手首に、イザナの指が触れる。思っていたよりも、指先はあたたかい。陸が自分で巻こうとしていたバンテージが、する……とほどかれていく。


「普段、基礎練が終わったら何のメニューやってんの? ラン、ミット、スパー、どれが一番キツい?」


 何でもない雑談みたいな声。でも、陸の手首をつかみ、布を這わせていく手には一切迷いがない。


「……ランは、先輩方についていくので、まだ……スパーが、一番……」

「だろうな」


 耳元でくすっと笑う声がして、また一周分きつく締められる。


「スパーは、俺が見てやる。他んとこで、変なクセつけんなよ」


 さらっと言いながら、手首のあたりにちょっと強めに圧をかける。


「っ……少し、きついです」

「逃げないようにしてんの。リングからも、俺からも」


 イザナは上から陸の目を覗き込む。顔は笑っている。言っている内容は、冗談とも本気ともつかない。


「ほら、次は指ひらいて。——そう。いい子」


 指先までぴんと伸ばされた状態で、一本一本、ぴったり沿わせて巻かれていく。


「土曜は?」

「え?」

「休みの日。何してんの? 走ってんのか、バイトか。教えろよ」


 唐突に踏み込まれて、陸は一瞬だけ目を泳がせる。


(シュガー、ナオくんといるとは……言えない)


「……ちょっと、家の用事と、一人で走ったりしてます」

「ふーん」


 それ以上は突っ込んでこない。ただ、その「ふーん」が、やけに長く耳に残る。


「ま、いいや。こっちは平日で潰すから」

「潰す、って……」

「練習の話だろ。何想像したの、月代」


 そこまで巻き終えると、最後の端を器用に折り込んで、ぎゅっと手首をつかむ。


「ほら、見ろよ。これで逃げらんねぇ」


 そう言って、わざとらしく手首をぶんぶん振ってみせる。陸は、自分の拳が自分のものじゃないみたいな感覚に、ふと息をのんだ。


「……ありがとうございます」

「そうそう。『お願いします』と『ありがとうございます』はお前の得意技だもんな」


 そう言いながら、イザナは自分の手首にもバンテージを巻き始める。陸のときとは違う、ずいぶん雑な手つきで。


「お前のは、これからも俺がちゃんとしてやる」


 イザナはふいっと陸に顔を寄せ、囁いた。


「——だから、俺以外に巻かせんなよ」


 軽く言ったはずの一言は、バンテージより強く陸に絡みついた。

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