第五話『M20:潰えた山小屋―剥落した三日間―』
「……おい、そこのクソだせぇ――『聖王』様」
その声に、タイヨウは弾かれたように我に返った。聖王として作り上げた完璧な仮面の下で、子供のように呼吸が乱れ浅くなる。
「……っ、……な、何故……」
喉から絞り出した声は、聖人としてあるまじき動揺の色を帯びていた。完璧に調律されていた神都の静寂が、タイヨウの喉の震え一つでひび割れる。跪く信者たちが、初めて見せた「動揺」する神の姿に、困惑と不安の入り混じった視線を交差させた。
だがスバルだけは、そんなタイヨウを溝を見るような冷たい目で見下す。
タイヨウは、聖王としての優雅さをかなぐり捨て、震える手で懐をまさぐり、取り出されたのは白亜の装束には不釣り合いな、手入れの行き届いているのに煤けた銀の徽章だった。
「こ..これに見覚えは無いかい!?」
タイヨウの手にある「見覚えのある徽章」を見て、スバルは怒りと困惑を爆発させる。
「……おい。なんで、テメェがその徽章を持ってんだ……?」
スバルの声が、地を這うような低音に変わる。掌から溢れる『泥星雲』が、大理石の冷たい石畳を熱を帯びながら腐食させ波打った。
「それは、俺が生まれた時からずっと一緒だったもんだ。……あの日、じいちゃんと一緒に山小屋の下に沈んで、もう二度と見られねえと思ってたはずの……」
スバルの瞳に宿る明確な殺意。
「何を……言っているんだ、スバル。君が私に、託してくれたんじゃないか」
「……あ? 君? ……誰だ、テメェ」
タイヨウの心臓が氷を流し込まれたように冷え、徽章に焦げるような熱痛。
その一言は、タイヨウが七年間、心の奥底で燃やし続けてきた「星の残り火」を、土足で踏み躙るに等しかった。
「僕だよ! 天欺太陽だ! あの三日間、一緒に焚き火を囲んで、お粥を食べて……君は僕を救ってくれただろう!」
「……寝ぼけてんのか。俺はあの山小屋で、じいちゃんと二人でずっと暮らしてた。……テメェみたいな、『眩しい反物質』がいた覚えなんて一度もねえよ」
――スバルの記憶の「星図」から、アマキ太陽という存在だけが、綺麗に剥落していた。
「……嘘だ。君がくべてくれた暖炉の「熱」も、家族の「熱」も、泥味の粥の「熱」も、確かに僕の心を突き動かす「熱」だったはずなのに。あの温もりが、君が僕の冷え切った世界の中唯一「熱」を持ち光を放つ恒星だったはずなのに。…君が…スバルが…シャルルじいちゃんが……僕を、太陽にしてくれたじゃないか」
「だから誰なんだよ、テメェは。何度も言わすな俺はお前を知らねぇ、そんだけだ」
タイヨウの決死の訴えもむなしくスバルの冷たく吐き捨てた言葉に沈み、蒸発し霧散していく。
理解し合えない二人の言葉が、広場を物理的に引き裂いていった。
「……そうか。君の中でも、私は『偽物』ですらなかったんだね」
タイヨウの碧眼から、最後の「星の残り火」の「熱」が消え、絶対零度の「白」が鈍く宿る。
シャル爺が言った。嘘を突き通せば本物になると。だが、共有する者がいない嘘はただの「虚無」だ。
「だったら、もういい。無理矢理にでも思い出させてあげるよ。……君が忘れたその三日間を、私がこの手で、新しく書き換えてあげる」
タイヨウの星屑が、広場を三つの断層へと引き裂いた。
「私は、いや僕は星導者になってね。僕の星屑、『M2:虚白雲』」
タイヨウの手から白く、無機質な光が漏れ出し結界内を満たしていく。
「今から君を漂白力の名前だ」
今回も拝読いただきありがとうございます。
本日は、第五話のタイトルに冠したM20(三裂星雲)が最も高く昇る時刻に合わせ、投稿いたしました。
太陽が天頂に座し、星々を「漂白」して隠してしまう真昼。
かつての恒星を失い、虚無の白に染まっていく彼らの決別を、この光の中で見届けていただければ幸いです。
累計ユニークアクセス数131人(1/22時点)の皆様。
この「星の叙事詩」を見つけ、ここまで共に歩んでくださり、心から感謝いたします。十日間でこれほど多くの方と星空を共有できたことは、執筆の大きな力となっております。
今回はルビが多く、視覚的に騒がしかったかもしれませんが、それら一つ一つが彼らにとっての「譲れない真実(あるいは呪い)」であると感じていただければ幸いです。
次話、第六話。
漂白の光『虚白雲』が神都を白に染め上げるか、あるいは吸い上げた痛みの残滓『泥星雲』がそれを汚し尽くすか。
二人の星導者による、存在証明を懸けた「本物の激突」が始まります。
それでは、また次の星が昇る頃にお会いしましょう。




