第四話『M63:人形掃除、白と泥の境界線』
そこは美しき神都、そこに一人の男がいた。
彼の名前は睦月スバル
彼もまた聖王と同じ異能力者、通称星導者の一人であった。
彼の星屑は『M42:泥星雲』
能力は他人の負の感情や痛みを勝手に吸い取ってしまう、そんなゴミのような力。
吸い取るたび、スバルの指先の爪の間からは他人のドロリとした未練や腐った本音が、黒い濁流となり体を、心を蝕んでいく。
「クッソ、またかよ…」
それは単なる能力の残滓ではない。
吸い取った相手の吐瀉物や、膿の詰まった悪意を、無理やり自分の血管に流し込まれるような、終わりなき拷問だった。
七年前に発現した以降スバルを蝕み続ける彼にとって、負と自分の弱さの象徴である。
「おえ゛、うぇぇ」
食べ物を食べても三割以上は吐いてしまう事がほとんどだ。
幸か不幸か、病と器に収まりきらない致命傷までは吸い取れない。
それが、かろうじて彼をこの世に繋ぎ止める皮肉な救いとなっていた。
胃の腑を掻き回されるような不快感に、スバルはいつも奥歯を血が滲むほど強く噛み締めた。
人の近くを通るだけで座り込んだり吐いてしまう事が多いため、虐げられ、奪われ、泥水を啜らされてきた。
そして生まれる彼に向けられた悪感情すらも『雲泥星』によって吸い込まれていく。
その日は、この神都の風物詩とも言える人々の歓喜と感嘆の声が響き渡っていた。
「ッチ、今日もあいつが来てんのかよ」
胸糞悪そうに呟く彼の視線の先にあったのは、この神都の逆らうことのできない絶対的権力者にして神に等しい存在。聖王の姿があった、白銀の髪に、鮮やかだが少しくすんだ水色の瞳、紺色の瞳孔、正に聖王と謳われるのに相応しい姿。
だがスバルにとっては、その白さは「伽藍の光」のような、空っぽで、不気味な欠落にしか見えなかった。
なぜだか分からないが、その白を見るだけで、奥歯がガチガチと鳴るほどの不快感がこみ上げてくる。
「あいつを見てるだけで虫唾が走って止まねえ」
彼の視線の先には、一人の老人が今にも倒れそうになりながらも、家族に支えられて彼の元まで運ばれてきていた。
彼が手を翳したその瞬間、老人の呼吸は穏やかになり、顔色は劇的に良くなった。
奇跡を目の当たりにした老人の孫娘であろう娘は、感謝に震え、何度も涙を拭いながら言葉を紡ぐ少女。
……だが、次の瞬間、彼女の指先から、温かな湿り気までもが消え失せた。
『お祖父様が、健やかでいらして、私は幸せです』
どこまでも無機質な声。感情を漂白され、ただの『台詞』を吐き出す人形へと成り下がる瞬間に、スバルは吐き気を覚えた。
その吐き気と呼応するように、スバルの指先から、ドロリとした不透明な闇が溢れ出す。
星屑――『泥星雲』。
少女が捨て去らされた「悲しみ」も、老人が手放した「死への恐怖」も、行き場を失った澱みとなってスバルの中へと流れ込み、彼の胃の腑を、そして魂を、泥水が逆流していく吐き気。
「う゛、、……ざけんなよ」
歯の根を噛み締め、スバルは一歩を踏み出した。
「グチャリ」と、美しすぎる大理石を汚す下卑た音が広場に響く。
雪解けの泥水を含んだ重いブーツが、無垢な白を醜く踏みにじり、そこからスバルの澱んだ「体温」が泥となって冷たい石畳へと伝播していく。
香油の作り物めいた甘い香りを、澱んだ鏡面のような泥濘の臭いが暴力的に上書きした。
「おい、そこのクソだせぇ――『聖王』様」
呼びかけた声は7年前のあの川縁で響いたものと同じではなく、彼の…いや彼だけのものではないだろう。
沈殿していった怒りと共に込められた熱い泥を宿していた。
(……ス、バル?)
――そこには七年前に死んだはずの……天欺にとって行動理念であり親友であり唯一の恒星である男の姿があった。
(なぜ…ここに?死んだんはずでは?あの日、山小屋と共に沈み、徽章とどこまでも純粋な夢を残して)
第四話『M63:人形掃除、白と泥の境界線』をご拝読いただき、ありがとうございます。
本日二度目の更新となります。
前回の三話(4:30)に続き、少し変わった時間に投稿しておりますが、お気づきの方もいらっしゃるかもしれません。
4:30に昇った「再会の小窓(M24)」。
そして今、22:20に地平線から這い上がってきた「ひまわり(M63)」。
それを漂白された理想郷を向くしかなくなった人形たち、に準えこのタイトルと時間に致しました。
漂白された神都の「白」を、スバルの「泥」がどれだけ汚し、あるいは塗り替えていけるのか。
次回、また星々が輝く時間にお会いしましょう。




