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クワセモノ ― 漂白される理想郷と、胎動する泥濘 ―  作者: くろーばー
第二章:『M23:白亜の神都、白に沈む泥』
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第三話『M24:ー白亜の都、再会の小窓ー』

彼の地は神都、名を『M63』

その都には、風の音すらしなかった。

雪は音もなく降り積もり、街は静止画のようで美しい。

だが、その美しさは剥製はくせいのそれに似ていた。生命の脈拍を無理やり止め、何の澱みもない無彩色の画材で塗抹されたような拒絶の白だ。


かつて人々を苦しめた「格差」も「飢え」も「争い」も、そこには存在しない

ただ一人の男が振るう星屑(アスタル)(ルール)によって、世界は巨大な、そしてあまりにも穏やかな「虚白のひつぎ」へと成っていた。


宮殿の高い玉座から、その景色を見下ろす男がいる。

天欺タイヨウ。

聖王と崇められ、救世主と称えられる男

彼は、その白々しいほどに美しい「平和」を眺め、仮面の下でひとりごとを呟いた


「…静かだな誰も泣いていない、傷ついていない……これこそが君の望んだ世界だろう?…答えてよ」

右手の人差し指に嵌っている六つの星と十字架が宿る聖紋が刻印された怪しく輝く白銀の指輪を、何かを真似るように左手で優しく撫でながら発したその声には神としての威厳よりも、どこか苦しそうなほどに深い孤独が混じっていた。



ーー白亜の神都の中心地にて、民衆の歓喜と畏怖の入り混じった、耳が痛くなるほどの静寂が漂っていた。天欺はその碧眼の眼を静かに開け、民衆が空けた道を歩き始めた。

まるで漂白されたような雲一つない色彩を失った空、大理石の静かな冷たさ、甘い香油の香り、正に神の都にふさわしい幻想的な広場。

あまりに白すぎて、時折、自分が生きているのか死んでいるのかすら分からなくなる。民衆の歓喜の声も、彼には降り積もる雪の音と同じ、無機質なノイズにしか聞こえなかった。


鼻を突く甘い香油の香りが、胃の奥をチリつかせる。それはかつて食べた、あの泥のように不味い粥の匂いを思い出させないための、精一杯の防壁だった。

この清潔な都のどこを探しても、あの温かな「(ねつ)」は存在しない。


「ああ、聖王様だ」「天欺様が来てくださった」


天欺が歩くたび、民衆は皆競うようにしかし摩擦音一つ立てず、美しい大理石の石畳に額を擦りつけ、彼の足元に跪いた。その動きはあまりに統制され、あまりに滑らか、まるで糸の切れた人形が重力に従って崩れ落ちる瞬間のようだった。


その瞳には救済への渇望だけが宿り、隣で誰が踏みつけられようとも気づかない。聖人の歩む道は、盲目な信仰という名の『無』で埋め尽くされていた。

そのため彼が歩く道には、争いも汚れも涙すらない、あるのはただ狂気的なまでの信者の跪く姿だけ。

彼がそっと手をかざすだけで、病に伏していた老人は星屑(アスタル)慈悲によって「痛み」を忘れ、安らかな眠りについた。

老人の顔には、「病」からの苦しみの色は漂白されていた。


そうだ。これでいい。誰も傷つかない。誰も泣かない。………たとえこれが、私のついた最大の『嘘』だとしても


「それ」が救済だと、自分に言い聞かせるたびに、指輪の中の六つの星が冷たく指を締め付ける。指輪を左手で覆いながら天欺はそう思い耽っていた。


その後、老人の家族は涙を流して感謝を述べる。だかその瞬間から家族の瞳には「老人を思うが故の苦しみ」の色と同時にその人間味(かがやき)までも失われていた。

周囲の者たちは「奇跡だ!」「流石聖王様だ」と感嘆の声を上げていたが、老人の家族だけは声を発さなかった。

ーー一人、泥だらけの男が静寂を切り裂くように歩み寄ってくるまでは。

今回は第2章のタイトルでもある星団、M23が地平線から顔を出す時間帯(4:30)に投稿させていただきました。

毎度毎度、星の運行に合わせた変な時間ですいません……! ですが、漂白された都の静寂を、泥だらけのあいつが「昇りゆく星」のようにぶち壊しに来る瞬間を表現したくて。

ぜひ、冬の夜明け前の冷たさと共に楽しんでいただければ幸いです。

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