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クワセモノ ― 漂白される理想郷と、胎動する泥濘 ―  作者: 四黒葉夏
第四章:『M48:新緑の散開、泥を縒り合わせる翠の糸』
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第十九話『M87:―衝突する純情―』

「じゃあ、いくわよ!」

高らかに響く声を合図に、ユキ姉は全身で喜びを表す様に距離を詰める。

彼女の指先から滑り出した『M102:紡錘星縷(ウィーヴターミネント)』は空間を支配せんと魔の手を伸ばす。


「四層:『流泥受容(サーモス)』、二層『泥岩装武ストラトス』ッ!!」

相対するのは積層する泥の防壁。

本来、盾となるはずの泥は簡単に無力化された。


「それだけじゃだめよ~?」

放たれるは、一切遠慮のない美しい蹴り。


「うっ、」

その蹴りは、あらゆる打撃を四辺へと受け流すはずの『流泥受容』を滑らかに通過し腹部に直撃

二層の鎧が衝撃を和らげるも、鈍い痛みが身体を駆け抜けた。


「それじゃあさっきと一緒よ、芸がない」

いつもの爛漫でひだまりのような微笑みは、静かで力強い月明かりへと姿を変えた。

凛と佇むその姿にあるのは、迷いなき教官としての矜持、そして愛の鞭すら厭わない深い愛情。


「ぐうの音も出ねえ」


「私に一撃でも入れられないと短期覚醒エフェメラル・アステリズムなんて夢のまた夢よ」

たった一撃を入れる事すらチャージの溜まっていないスバルにとって、彼女の堅牢な繭を破るなど天高く昇る星を掴む事に等しかった。


(確かにチャージなしにユキ姉の糸を突破して攻撃を当てるなんてとてもじゃないが無理だ)


「情けないねぇ」

静寂をハンモックから這い出たリセが打ち晴らし、気怠げな足音と共に二人の間に身を投じる。


「あらリセちゃん、酔いはもう大丈夫なの?」

ユキはふっと声音を和らげ、いたずらっぽく唇に指を当てて彼女を見つめた。


「まだ少しぼんやりするけどもう大丈夫さね」


「じゃあまだそこで休んでると良いわ♪まだスバルちゃんと戦闘訓練中だから」


「そうしたいのは山々なんだけどねぇ、このままやってても強くなるのに齢をいくつ重ねるか分からないからねえ」


「またまた、リセちゃん肉体の年齢なら取らないじゃない」


「まあそうなんだけどねぇ、このままスバルがやられっぱなしなのを見てるだけってのも気が進まないから一つ手本でも見せてあげようと思ってね」


「あら♪見取り稽古ってことね?いいじゃない久しぶりにリセちゃんとやり合えるなんて♪楽しみだわ」

ユキが指を鳴らし、その音を境界線に視線が交差する

純粋な闘志が、見えない火花となって二人の間を焼き焦がしていく


「じゃあ、行くよ?」


「ええ、どんと――」

ユキが言葉を紡ぎ終わる前にリセの足元で衝撃波が吹き荒れ、世界を加速させる。

瞬時に懐へと飛び込んだ彼女は、衝撃と摩擦を編み込んだ強力な一撃を打ち込む。


「あはっ、せっかちなんだから!」

銀の鈴を転がすような笑い声

(軽口を叩いたけど間一髪で拳と体の間に糸を擦り込ませて何とか防御できたわね)


防壁と同時に張られた表面的な高密度の網。

それは盾であり、獲物を絡め取る静かなる罠だった。

琴の弦を奏でるかのような柔らかい所作、涼しげで透明感のある音色は全ての糸がリセの右腕を縛り上げるための合図となった。

忌々しげに、けれど歓喜の滲む笑みを口元に濁すリセ。だがその肌を一筋の緊張が掠めていった。


「普通防御と展開同時にやるかい?」


「やるわよ、リセちゃん相手だものっ」

言葉の余韻を置き去りに、リセの身体をハンマー投げの様に投げるユキの剛腕。

無惨に宙へと投げ飛ばされたリセは成す術もなくこの戦いに終止符が打たれるかのように思われた。


だが、戦場の申し子がそれで堕ちるはずもない。

迫りくる木々を背に彼女は空間そのものを踏みつけるように衝撃を解き放ち、推進力を強引に相殺してみせた。


「衝撃波の扱いが随分うまくなったわね♪」


「そりゃ、最後に戦ってから何年たってると思ってるんだい私だってそれなりに成長してるよ」

お互い一歩も引かない様はまさに竜虎相搏の様相を呈している


激化する戦いを呆然と眺めるスバルは、何時しか息をする事さえ忘れてしまいそうだった。

喉を焼くような緊張感に固唾をのみ込み、この戦いの目的を思い出す。


(すげぇ、ユキ姉も俺と戦ってた時全然本気じゃなかったのか、わかっちゃいたつもりだったが複雑だな…)


「まあ、服の裾は少し破けちゃったけどね」


「あら本当!街に帰ったら何か見繕わせて」


「遠慮しておくよ」


「あら残念、リセちゃんに可愛い服着せたかったのに」

即答され心なしか少しだけユキが不貞腐れたように見えた。


「じゃあ、ウォーミングアップはこれくらいにしてちゃっちゃと済ましちゃおうか」

伸びをしながら投げかける


「あら、私としてはもっと貴方の成長が見たかったところだけどそうね、お互い本気を出しましょうか」


「遠慮はいらないよ?ユキ姉境央(ホライゾン)老陽隠静エディントン・イングレス』」

その名を口ずさんだ刹那、彼女の外形は静かに熄滅した。

そこに居るという気配も、大気を震わせる呼吸の音さえも消え失せた純粋な消失。


(そういえば、最初にあった頃消失を自分に適用すると何か起きるみたいなこと言ってたな)

スバルは記憶を漁り、彼女の言葉を探し出す。


――『境央『老陽隠静』、私自身を消失させる事で浮世からの干渉を完全に断つ。

この世から除外されたような感じさね。ありとあらゆる物理法則から「観測」されなくなるから物をすり抜けるのは勿論音よりも速く走ったりもできるようになる。

ただし、息が持つ限りだよ』

当時は軽く流していたが、今なら分かる。

その技がどういうことなのか


「ふーん、練度を上げてきたわねじゃあこっちも境央『靭網拘縛ディスラプション・ストリング』」

彼女を中心に、目を凝らさなければ視認すらできないほど極限まで細く、透明にほぐされた靭やかな糸が圏域を立体的な蜘蛛の巣へと変貌させていく。


(ここまで細かい動きを一瞬でやるなんてすげえな、あれ?待てよ?)

空気の僅かな震え、蟻一匹の侵入すら逃さない探知結界は、身辺を蹂躙するリセの爪牙を近づく前に絡め取るユキの絶対領域である。


だが、ここで異常(イレギュラー)が起きる。

「ユキ姉!!俺巻き込まれてるから!」

そう、リセより先にスバルがトラップに掛かってしまったのだ。


「ごめんねスバルちゃん!降ろしたいけどちょっと我慢しててね!」


(え、嘘。俺このまま吊るされた状態で観戦しなきゃなの?)

そんな事など気にせずリセは虎視眈々と機を狙う。


(参ったね、これじゃ近づこうにも近づけない)

存在ごと消失させた無の境地で、リセは密かに舌を巻く。

不用意に踏み込めば、空間に張り巡らされた不可視の糸に絡め取られ行動不能になるのは免れない。

一方ユキは余裕綽々と網に掛かるのを待つ。


(ふふふ、リセちゃん困ってるかしら?それにしてもリセちゃんの境央凄いわね、おそらく自分自身を消失させてるんでしょうけど……持って二分って所ね)


膠着する戦況、それはスバルにとってただ沈黙だけが支配する不可解な空間に映った

(なんだ?なんで二人とも動かねえんだ?状況が何も読めねえ。後、頼むから早く降ろしてくれ頭に血が昇ってしんどくなってきた)


「リセちゃーん降参してもいいのよ~??」

自身を消失させこの世の法則に背く代償は重い。

限界が来れば、せき止められた血流の濁流が彼女の心臓を叩く。

その致命的な隙をユキは知っている。


(煽ってきてるねえ、仕方ないやるしかないか。スバルもそろそろ可哀想だしねぇ)


短期覚醒エフェメラル・アステリズム

姿を現すと同時に彼女が唱えたのは儚い星の瞬き。

体力と魔力を短時間の内に燃え上がらせ、肉体、星屑(アスタル)の限界を格段に引き上げる諸刃の剣。

しかし、常に拍動という名の枷を背負いながら戦う彼女にとってその限りではない

少女の瞳に、鮮麗な桜の色彩が咲き誇り、瞳孔すらも昏き紅緋色へと染まりゆく。


限界を超え、狂い咲く姿は正に桜の精霊。

その鮮やかな髪先が探知の糸に触れた瞬間、意思を持つ蛇のように黒い糸が束となり、彼女の柔肌を絡め取ろうと襲い掛かる。

されど肌に触れるよりも早く、迫る糸の全て(・・)が虚空へと消失した。


「痛っ、降ろすならもう少し優しく降ろしてくれよ…」

リセにより糸が消された事によって頭から綺麗に落ちたスバルの言葉も虚しく普通に無視され戦いは続行される

スバルは終わったら文句を言ってやろうと密かに決意を固めた。


「あらあら、随分やる気満々じゃない」

絶対的有利な状況を存在の不確定性(シュレーディンガー)によって強引に覆されユキの頬に汗が伝う。

目の前の少女が放つ凄みは、それほどまでに凶悪だった。

(一気に形勢逆転されちゃったわね……私も短期覚醒を……いや、今の彼女相手にそれは自殺行為と言える。なら!)


「境央『紡蛛滑蓑テクスチャ・クォークスター』」

奈落の底から湧き出るかのように、無数の黒糸がユキの身体を覆っていく。

それは彼女の肉体を守護する、禍々しくも美しい鎧の結実。

近接戦を迎え撃つべく厚く設えられた手甲。

靭さと硬さを精緻に織り込んだ剛柔一体の装束は、彼女の持つしなやかな肉体美を妖艶に際立たせていた


(あの技、俺の第二層(ストラトス)と似てるな、でも明らかに何かが違う。

リセが見取り稽古を申し込んだ理由はこれか?)


「そう来ると思ったよユキ姉」


「あら、期待に添えたようで何よりだわ♪」

互いに互いの姿をじっくりと観察し、満足げに口元を緩めた


「境央『束縁絶(スピンドル)穹・廻(・デンシティ)』」

先程とは違い先に攻撃を繰り出したのはユキだった。

放たれた漆黒の円盤はユキの洗練された指使いにより金切り声を上げながら火花を散らしていた。

それはスバルに放った時と違いより鋭く、より速く、より高密度に、高速で自転しながら収束していくその姿は小さなブラックホールをも思わせる。

その密度と収束率は自身すら飲み込んでいき、臨界点へと至る。


「ごめんね、リセちゃんこの技は手加減できない」


「大丈夫さね、死んでも恨みっこなしだ」

そういうと不敵に笑い、二人は眼光炯々(がんこうけいけい)として互いを見据え、同時に踏み込んだ


相転移(トランジション)束縁絶(スピンドル)穹・穿(・ジェット)』」

待ちわびたと言わんばかりに光速で放たれたのは、円盤すら維持できぬほどに純化された質量そのもの。

互いを絡め、飲み込むように擦り合わせられた糸達は質量だけでなく性質すら変えた。

空間そのものが陽炎の様に歪み、背景の景色が円状に引き伸ばされ、音を置き去りにする速度でリセへと肉薄した。


肉眼では到底捕らえられぬ攻撃は脳裏に死を強く思わせ、全てを打ち貫いたかのように思えた。

周囲を満たす光と少し遅れてやって来た鼓膜を狂わせる衝撃波の爆音。


激突の余波は鋭利な円盤状の刃となって爆散し、大地に己の公転軌道を刻んだ。

――ハズだった。絶対的な質量の奔流の中でただ一人、彼女だけは変わらず桜をその身に宿し、リセの後ろには扇状に青々とした草花が生茂っていた。


「まさか、あの攻撃を相殺しながら草花を護ったって言うの!?」



「相性が良かっただけだよ、右腕がボロボロになっちゃったけどね」


「でも、どうやって……」


境央∈特異(シンギュラリティ)黒孔葬対タイダルエバポレーション

ユキ姉があれだけ凄い技をぶつけてくれたんだ、すり抜けるには勿体なくてねぇ」

そういってニカっと笑う、


「リセちゃん…」

一人の武人として、友人として示された最大限の敬意。

必然。常に爛漫で明るいユキの頬に一筋の水滴が流れた。


「もうっ、オカマは涙脆いんだからそれは反則よ!」

それを指で拭いながら笑顔を保つユキにリセは何も言わない。

それがこの二人の―――。


「あの…二人で盛り上がってる所申し訳ないけど、俺は?」

ご拝読いただきありがとうございます!!

今回はM87が最も高く昇る時間に投稿させていただきました


近頃はちょっと忙しく更新が大幅に遅れたところ申し訳ないのですが、次回の更新も一か月くらい空くかもしれません!!

理由としましては、プロローグからこの話に至るまでの全二十話をより面白く、世界観が自然に入ってくる様に魔改造しようと思っているからです


さて、前回出した問題の正解発表と参ります

前回投稿した時間は12時50分、分に直すと770分ですね

実はM67の周辺の星をまとめたメシエカタログとは違うサンダース(Sanders)カタログというものがあり、そのカタログの770番

Sanders770という星は太陽に温度、質量、含まれる金属の比率、年齢、時点速度がほぼ一緒なため、太陽に一番似た星の一つと言われています

これより先は考察勢の方にお任せしますね~いるか分かりませんけど…

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