↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
左利き兵器少女の食道楽 ☆挿絵あり  作者: あかふく亭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

左党です、と胸を張って

挿絵(By みてみん)

北の街道を二日歩くと、道の両側に林檎の木が増えてきた。


赤い実がたわわに実り、枝がしなっている。風が吹くたびに、甘酸っぱい香りが道いっぱいに広がった。


「このにおいは林檎酒の香りです」


クロの鼻がひくひくと動いた。


「それもとびきりおいしい林檎の」


道の先に小さな村が見えてきた。入口には大きな布の幕が張られ、そこに太い字が踊っている。


『リンゴ谷 収穫祭』


そして案山子が一体、村の入口に立っていた。


麦わらの腕を右の方へまっすぐ伸ばしている。


「案山子さん。右へ進めということですね」


クロは案山子に深々と頭を下げて、村の中へ踏みこんだ。


*


村の広場はすでに大賑わいだった。


テーブルが何列も並び、焼いた肉と焼いた林檎と焼いたパンのにおいが入り交じる。子どもたちが走り回り、大人たちは杯を片手に笑い、広場の真ん中では若者たちが輪になって踊っていた。


「いらっしゃい、旅の人! 収穫祭は誰でも大歓迎だよ!」


声をかけてきたのは赤い頬の丸顔のおばさんだった。名前はマリアといって、この村の料理自慢だという。


「おいしいものはありますか」


「あるとも! 豚の丸焼きに、川魚の燻製に、焼きりんごに、新麦の焼きたてパン。それから、今年の林檎の新酒も、たっぷりあるよ」


「全部、いただきます」


「即答だね!」


マリアが大笑いして、クロの背中をばしんと叩いた。


「その鞄、重そうだねえ。持ってあげるよ」


「いえ、軽いので大丈夫です」


「そうかい?」


クロは鞄の肩紐を握り直した。


「ふり」は、いつも通り板についている。


*


最初に出されたのは川魚の燻製だった。


桜の枝の煙でゆっくりといぶされた川鱒だった。皮が飴色に光り、身がしっとりとほぐれる。


クロは一口かじった。


『味覚データ照合中。燻製の香り、強め。川魚の脂、良好。塩分、やや控えめ』


「……」


「どうだい、うちの自慢の燻製は」


「おいしいです。とてもおいしいのですが」


クロは鞄の口に手を入れて、小袋を取り出そうとして、止めた。


「……」


秘密にすると決めた手前、人前で塩を出すのは危ない。


クロはちらりとあたりを見回した。


誰も見ていない隙に、小袋の口をつまむ。ほんの一粒だけ指先で燻製の皮にそっとのせた。


もう一口。


「……!」


『燻製の香り、強め。塩分、適量。旨味、増幅。川魚の脂、丸みを帯びる』


「ああ、これです。煙と塩は親友ですね」


クロが小声でつぶやくとマリアが首をかしげた。


「今、何か言ったかい」


「いえ。燻製の香りに感動しただけです」


クロは真顔で答えた。


*


「さあさあ、いよいよ始まるよ!」


広場の真ん中で鐘が鳴った。


白い髭を長く伸ばした老人が、台の上に立っている。この林檎園の主人で、名前はハンスといった。


「今年も恒例の利き酒大会を始める! ルールは簡単。三つの杯の林檎酒を飲んで、それぞれの熟成の年を当てるのだ! 優勝者にはわしの秘蔵の古酒を一本進呈しよう!」


わあっと歓声が上がった。


「利き酒大会」


クロの目が輝いた。


「出ます」


「えっ、あんたが?」


「はい。出ます」


「でもこの大会、村の男衆が十年かけて挑む大会で……」


「出ます」


クロはためらいなく手を挙げた。


「おや、旅の娘さんかね」


ハンスがじろりとクロを見下ろした。


「なんだ? お前さん、下戸の来るとこじゃねえぞ?」


「いえ。私は上と左の方です」


クロは胸を張って答えた。


一瞬、広場が静まりかえった。


それからどっと笑いが起きた。


「上と左だとさ!」


「堂々と言ったな!」


「いいぞ、娘さん! その意気だ!」


ハンスも口の端をにやりと持ち上げた。


「よかろう。ならば、その上と左の腕前を見せてもらおうか」


*


台の上に三つの杯が並んだ。


どれも淡い黄金色の林檎酒だった。見た目に違いはない。


参加者は男衆が十人とクロ。


最初の杯を口に含む。


『アルコール度数、6.2%。林檎品種、赤紅玉。熟成期間、およそ一年』


「……」


二つ目。


『アルコール度数、6.8%。林檎品種、赤紅玉と青玉の混醸。熟成期間、およそ三年』


三つ目。


『アルコール度数、7.5%。林檎品種、青玉主体。熟成期間、およそ七年。わずかに酸化』


クロは杯をすっと置いた。


「一つ目は一年。二つ目は三年。三つ目は七年です」


広場がざわついた。


「なっ……」


「ひとつも迷わなかったぞ」


「ハンスさん、答えは?」


ハンスは長い髭をひねって、ゆっくりと言った。


「……正解じゃ」


「おおお!」


「ただ、わしの勝負はこれからじゃ」


ハンスは台の下から四つ目の杯を取り出した。


「最後の一杯。これはわしが作った、最高の林檎酒だ。熟成の年はわしにしか分からん。娘さん。これを当ててみなさい」


クロは杯を受け取った。


匂いを嗅ぐ。


ふわりと立ちのぼる香りに、蜂蜜と乾いた草と、ほのかな樽のにおいが混じっていた。


口に含む。


舌の上をゆっくりと甘みが転がる。後からすっと酸味が追いかけてくる。そこへ深い樽の香りが重なって、最後にほんの少しだけ栗のような香ばしさが残った。


『アルコール度数、8.1%。熟成期間、およそ十五年。……いえ』


クロは目を閉じた。


「……十六年と四か月です」


「……!」


ハンスの目が見開かれた。


「な、なぜそこまで」


「最後の樽の香りに、栗の木の風味が混じっています。十六年前に樽を栗の木から作り直された年があるはずです。そこから数えました」


「……」


ハンスは無言のまま台の上に座りこんだ。


それからぽろぽろと涙をこぼしはじめた。


「十六年と四か月。まさに…その通りじゃ。娘が嫁入りした年に、樽を新しく作り替えた。娘が出ていった春に、仕込んだ酒じゃ」


「そうだったのですか」


「ありがとう、娘さん。誰も気づかなんだ。この酒の本当の年を」


「おいしい酒には物語があるのですね」


クロは杯をそっとハンスの手に戻した。


「ごちそうさまでした。いい酒です」


広場が割れんばかりの拍手に包まれた。


*


優勝の賞品はハンスの秘蔵の古酒だった。


「ほれ、持っていけ。お前さんになら、渡せる」


「いえ、そんな貴重な」


「受け取りなさい。お前さんはわしの酒の味を分かってくれた」


「……」


クロは両手でそっと瓶を受け取った。


ずしりと重い。中の酒が琥珀色にゆらめく。


「ありがとうございます。大切にいただきます」


「うむ。今夜はわしと飲み明かそう」


「喜んで」


その夜、広場の真ん中に大きな焚火が焚かれた。


豚の丸焼きが運ばれてくる。皮はパリパリで、中はシットリ。ナイフを入れると肉汁が滝のようにあふれた。


焼きりんごには蜂蜜とシナモンがトロリとかかっている。新麦のパンは焼きたてで湯気を上げていた。


そして杯には新酒の林檎酒がなみなみと注がれた。


「かんぱーい!」


声が重なる。


クロは杯を傾けた。


ゴクゴク、ゴクゴク。


「プハァ」


「いい飲みっぷりだ、娘さん!」


「おいしいです!」


『アルコール度数、6.5%。香り、豊か。判定、おいしい』

挿絵(By みてみん)

「ああ、この新酒の若い香りも、また格別です。熟成した酒の深みも素晴らしいですが、収穫したての林檎のはじけるような甘みは、今この時にしか味わえません。年々時間が味を変えていくのですね」


早口になっていた。


ハンスが目を細めて、うなずく。


「その通りじゃ」


「そして豚の丸焼き! 皮のパリパリと、肉のシットリが、同時に口の中で……」


酒を重ねるにつれて、頬が赤くなってきた。


三杯目あたりでクロはふらりと立ち上がった。


「皆さん。踊りましょう」


「おっ、いいねえ!」


若者たちが歓声を上げる。クロは輪の中に飛びこんで、手を取り合ってくるくると回りはじめた。


「あははは。あはははは」


笑いが止まらない。


隣の若者の腕にぎゅっとしがみつく。その向こうの若者の肩にことんと頭を預ける。さらにその隣のおじさんの首にふざけて抱きつく。


「ちょ、ちょっと、娘さん」


「あたたかいです。皆さん、あたたかいです」


「やめんか! 嫁に見つかったら殺される!」


「みんなであたたかいのです」


若者たちが次々と顔を真っ赤にして固まるなか、マリアが大笑いしながらクロの襟元を整えた。


「ほらほら、うちの男どもを誘惑するんじゃないよ」


「誘惑ではありません。あたたかいところを探していただけです」


「それが誘惑なんだよ」


「そうなのですか」


「そうなんだよ」


ハンスが腹を抱えて笑っていた。


星が瞬き、焚火がはぜた。


歌と笑い声は夜が明けるまで続いた。


*


翌朝。


目を覚ますと、クロは広場の長椅子の上で毛布にくるまっていた。


『酩酊モード、終了』


『体内異常なし。二日酔いの症状なし』


「……」


起き上がると、周りに男衆が十人ほど折り重なるように寝ていた。


その中央でハンスが、安らかな顔でいびきをかいている。


「皆さん、お元気ですね」


クロは小さく笑って、毛布をそっと直した。


マリアが焼きたてのパンと、温かいスープを持ってきてくれた。


「ほら、朝飯だよ。昨日は大活躍だったねえ」


「ありがとうございます。いただきます」


「それと、これ」


マリアが小さな麻袋を差し出した。


「村の林檎のドライフルーツ。道中でかじりな」


「……! いただいてもよろしいのでしょうか」


「いいから持っていきな。あんた、放っておくと飢えそうな顔してるからね」


「食事は本来、必要ないのですが」


「何を言ってるんだい」


マリアが目を丸くして、呆れた顔になった。


「人は食べなきゃ動けないんだよ。ほら、持っていきな」


「はい」


クロは麻袋を、鞄の口へ入れる「ふり」をして、収納魔法の中へしまいこんだ。


マリアの顔を見て、ふと思い出す。


マルタにも同じことを言われた。


ここでも同じことを言われた。


どうやらこの時代の人々は、みんなが同じことを考えているらしい。


食事は必要なものなのだ。


そう思うと胸の奥が、ほんのりと温かくなった。


「ありがとうございます、マリアさん。また来ます」


「待ってるよ、左党の娘さん」


「その呼び名は少し、恥ずかしいです」


「いいじゃないか。いい名前だよ」


クロははにかむように笑った。


村の出口にあの案山子が立っていた。


麦わらの腕は今度はまっすぐ北を指している。


「北ですね。承知しました」


クロは案山子に会釈をして、街道へ踏み出した。


林檎の香りが風に乗って、いつまでも背中を追いかけてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。