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左利き兵器少女の食道楽 ☆挿絵あり  作者: あかふく亭


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3/10

薄めるのはいい。偽るのは言語道断

挿絵(By みてみん)

ミルトの町の門をくぐったのは昼を少し過ぎた頃だった。


石畳の大通りに木組みの家が並んでいる。荷馬車が行き交い、行商人が声を張り上げ、焼き菓子の甘いにおいが風に流れてくる。


クロは目を輝かせて、きょろきょろと首を回した。


「人口、推定二千。市場あり。屋台、多数。酒場、複数」


最後の項目にだけほんの少し力がこもった。


「娘さん、まずは衛兵詰所だ。黒蛇団のことを報告せんとな」


ベンノに連れられて詰所へ行くと、若い衛兵が目を丸くした。


「黒蛇団が…全員、森で眠っている?」


「はい。穴に入ってもらいました。目が覚める頃には反省しているはずです」


「穴に……?」


「手品みたいなものです」


「手品……」


若い衛兵は助けを求めるようにベンノを見た。ベンノは遠い目をして、首を横に振った。


「聞くな。わしにも分からん」


若い衛兵はレオと名乗った。すぐに仲間を連れて、森へ馬を走らせてくれるという。


「懸賞金の手続きは確認のあとになります。数日はかかるかと」


「分かりました。お待ちします」


詰所を出たところで、ベンノが荷車を止めた。


「娘さん。その格好のままでは、町を歩けんぞ」


ベンノがクロの足元をじっと見た。


「靴も履いておらんではないか。藍色の上着だけでは、旅の支度にもならん」


「そうでしょうか」


「そうだとも。仕立て屋を紹介してやろう。金は盗賊の迷惑料があるだろう」


「あります」


クロは鞄の口をポンと叩いた。


ベンノに連れられて、大通りの脇の小さな店に入った。看板には針と糸の絵が描かれている。


「いらっしゃい、ベンノさん。おや、こちらの娘さんは」


出てきたのは銀の眼鏡をかけた中年の女性だった。名前はロゼといって、この町で一番の仕立て屋だという。


「旅の支度を…一式、頼む。この娘さんに似合うものを」


「かしこまりました」


ロゼはクロを頭のてっぺんからつま先まで、ちらりと眺めた。


「黒髪に…青い瞳。肌も白くて、背筋もきれい。これは仕立てがいがありますわね」


「あの、お任せしても」


「もちろんです。まずはこちらへ」


試着室であれやこれやと着せ替えられた。


動きやすい白い麻のシャツ。膝上丈の茶色のキュロットスカート。フード付きの灰色の外套。膝下までのブーツ。下着や靴下も数組。


「どうでしょう」


カーテンが開いた。


クロは鏡の前に立った。


黒髪が灰色の外套によく映える。青い瞳がほんのり明るく見える。足元はしっかりしたブーツ。


「……」


「あら、お似合いだわ」


ロゼが満足げに両手を合わせた。


「素敵なお嬢さんですこと。街の殿方が放っておきませんわよ」


「放っておいてもらって結構です」


「あらあら」


ベンノが後ろで笑いをこらえている。


「お代は」


「一式で銀貨十二枚になります」


「はい」


クロは鞄の口から銀貨を取り出して、数えて渡した。


「それと、これを」


クロは鞄の口からきちんとたたんだ白い服を取り出した。


古い造りの白を基調にした服。一万年前に博士がくれたものだ。


「これを…預かっていただけますか。大事なものなのです」


「かしこまりました。丁寧にお預かりしますわ」


「いえ、やはり、自分で持っています」


クロは白い服を胸に抱いて、少しだけ考えた。


それから、また鞄の口へ入れる「ふり」をして、収納魔法の中へ、そっとしまった。


*


店を出ると、通りの人々の視線がさっきまでと違っていた。


「……」


クロはブーツの先を見下ろした。


靴の底が石畳を踏んで、こつ、こつと音を立てる。


「歩きやすいです」


「そうだろう」


ベンノがにやりと笑った。


「旅の基本は靴からだ」


「ありがとうございます、ベンノさん」


「礼には及ばん。さて」


ベンノは荷車の手綱を握り直した。


「わしは仕入れの用があるのでな。ここで別れるが、夜は金の雄鶏亭がいい。この町で一番まともな酒場だ」


「金の雄鶏亭。覚えました」


「それと、娘さん。くれぐれも使いすぎんようにな」


「善処します」


ベンノはなぜか深いため息をついた。


*


金の雄鶏亭の看板には金色の雄鶏が描かれていた。


大きな扉を押して中に入ると、木と煙とエールの香りが、ふわりとクロを包んだ。日が暮れはじめた時刻で、席は半分ほど埋まっている。


「いらっしゃい! ひとり? カウンターが空いてるよ」


声をかけてきたのは、茶色い髪を三つ編みにした給仕の娘だった。名前はピアというらしい。


「お勧めを…お願いします」


「まずはエールでしょ。それと、うちの腸詰めと結び目パン。どう?」


「全部、お願いします」


「即答だね。気に入った」


数分後。カウンターには泡の立った木のジョッキと、こんがり焼けた腸詰めが三本、塩のきいた結び目パンが並んだ。


クロは姿勢を正して、ジョッキを両手で持ち上げた。


そして一気に傾けた。


ゴクゴク、ゴクゴク。


「プハァ」


「えっ、一気!?」


ピアが目を丸くした。厨房の奥から大柄な男も顔を出す。この店の主人ガルドだ。


「いい飲みっぷりだな、嬢ちゃん」


「ありがとうございます。おかわりを…お願いします」


二杯目もまた一気だった。


「プハァ。……おかわりを」


「ちょ、ちょっと、速すぎない?」


「おいしいので…止まりません」


三杯目は腸詰めを頬張りながらゆっくり飲んだ。皮がパリッと割れて、熱い肉汁があふれる。


「んん。これはすごいです。しょっぱくて脂がジュワッとして、そこにエールが入ると」


クロは目を閉じて、天を仰いだ。


「合います。最高に合います。このために生まれてきた、と言ってもよいでしょう」


「大げさだなあ」


「事実です。ピアさん、この腸詰めは何の肉ですか? 豚だけではありませんね。ほんの少し香草の風味があります。粗挽きの肉の食感を残したまま、脂の甘みを引き出して、これは職人技です」


「す、すごい。うちの親父が作ってるんだけど、そこまで分かる人、初めて」


「ああ、あの腸詰めか」


ガルドが照れくさそうに頭をかいた。


「嬢ちゃん、よく分かるな」


「分かります。食べ物のことなら」


クロの頬はほんのり赤く染まっていた。


*


「ところで、お客さん」


ピアが小皿を出しながら、声をひそめた。


「林檎酒も飲んでみない? うちの自慢だよ。この町の特産なの」


「林檎酒。いただきます」


木の杯に注がれた淡い黄金色の酒だった。甘酸っぱい香りが立ちのぼる。


クロは今度は一気ではなく、ゆっくりと口に含んだ。


『アルコール度数、標準値の六割。水分が過剰』


「……」


クロは杯を置いた。


「この林檎酒は水で割ってありますね」


「あ、わかる?」


ピアが顔をしかめた。


「卸のブラム酒店のせいだよ。樽に水を足して、それを『原酒』って書いた札つきで売ってるの。うちは仕入れ先を変えたくても、あの店が町の酒を全部握ってるから、断れなくて」


「水で割ること自体は、悪くありません。薄めて飲むのが好きな方も、たくさんいますから」


「そうなんだけどね。割ってあるなら割ってあるって書いて、値段もそれなりにしてくれたら、誰も文句は言わないのに」


「原酒の値段で薄めた酒を売っている」


「そう。ひどいでしょ」


クロの目がすっと細くなった。


ガルドが腕を組んで、低い声で続けた。


「しかもブラムは衛兵隊長のゲルツとつるんでいる。文句を言った店は仕入れを止められるうえに、難癖をつけて検査に踏みこまれる。誰も手を出せん」


「条例はないのですか」


「ある。偽りの表示で売った者は罰金で、告発した者には、科された罰金の三割が褒賞として出る。だが証拠がなけりゃ告発のしようもない」


「証拠は見つければよいのですね」


クロは静かに立ち上がった。


「ガルドさん。ブラム酒店はどちらでしょうか」


「大通りの突き当たり、赤い屋根の店だが。あんた、まさか」


「はい。こらしめます」


ピアとガルドがぽかんと口を開けた。


「嘘をついて人をだました人を、こらしめるのです。殺しはしません。ただ、お灸をすえるだけです」


「お、お灸……」


「その前に」


クロは腸詰めの最後の一本を手に取った。


「これを食べ終えてからにします」


*


赤い屋根のブラム酒店は大通りの突き当たりにあった。


大きな構えの店で、店先には樽がずらりと並んでいる。どの樽にも立派な札が下がっていた。


『原酒 ミルト産 特級』


クロは店に入った。


奥の帳場に、でっぷりと太った中年の男が座っていた。指には金の指輪がいくつも光っている。この店の主人ブラムだった。


「いらっしゃい。何をお探しで」


「原酒を一杯、いただけますか」


「お客さん、お目が高い。うちの原酒は特級ですぞ。ひと杯、銅貨三枚になりますが」


「構いません」


出された杯にクロは口をつけた。


『アルコール度数、標準値の六割。水分が過剰。井戸水と推定』


「ブラムさん。これは原酒ではありません」


「は?」


「水で割ってあります。標準の六割の濃さしかありません」


ブラムの笑顔がぴくりと固まった。


「お客さん、いきなり何を言い出すんです。うちの酒にけちをつけるおつもりで?」


「けちではありません。事実を述べています」


「証拠は?」


「私の舌です」


「舌ですって」


ブラムは声を上げて笑った。


「お嬢さん。舌なんてものは人によって違うんですよ。それが証拠になると思ってらっしゃるなら、あなたは世間知らずだ」


「そうですか。では、店の奥を見せていただけますか」


「お断りします」


「では、勝手に見ます」


クロが帳場の奥へ歩きだすと、ブラムが手を叩いた。


「おい! お客さんがお帰りだ!」


店の奥から棍棒を持った大男が五人ぞろぞろと出てきた。


「へへ、おとなしく出ていけよ。嬢ちゃん」


「顔に傷がつく前にな」


クロはため息をついた。


「傍若無人な方々ですね」


そして手のひらを前に向けて、ふっと息を吹くように広げた。


『無色無臭の昏倒ガスを、対象の口腔と鼻腔内にのみ発生。持続、約三十分。後遺症なし』


「あ……?」


バタン。バタン。バタン。


五人の大男が糸の切れた人形のように倒れていった。


「な、な、な」


ブラムが腰を抜かした。


「何をした!」


「手品みたいなものです」


「手品で人が倒れるか!」


「倒れました」


クロは冷静にブラムの横をすり抜けて、店の奥の扉を開けた。


*


店の裏には小さな貯蔵庫があった。


そこにあったのは奇妙な装置だった。


太い管が井戸から地下の水樽へつながっている。樽には上等な蒸留酒の空き樽が何十個も並べてあった。管の先が栓を抜いた酒樽の口へ差しこまれ、トクトクと水が流れこんでいる。


壁には帳面が掛けてあった。


『原酒 仕入れ樽数 十 販売樽数 二十五』


その隣にもう一冊。


『水増しにより増加分 十五 隊長ゲルツへ 二』


「……これが証拠です」


クロは帳面を手に取った。


「十の樽を二十五にして売っていた。売った酒の六割は水ですね。しかも隊長への上納金まで、きちんと書いてある」


「か、返せ!」


ブラムが叫んで飛びかかってきた。


クロは軽く手を振った。


バタン。


ブラムは帳場の前でぐるんと一回転して、そのまま気絶した。


「……あ。つい」


クロは額に手を当てた。


「少しだけ、お話を聞いてから眠らせるつもりでしたのに」


*


「何の騒ぎだ!」


店の入口から怒鳴り声が響いた。


鎧を着た大男が衛兵を四人連れて踏みこんできた。隊長のゲルツだった。顎に傷があり、腹が突き出ている。


「ブラム! どうした!」


「おや、衛兵隊長さん。ちょうどよいところへ」


クロは帳面を持ったままにこりと笑った。


「あなたの名前もこの帳面に載っておりますよ」


「なっ」


ゲルツの顔色が変わった。


「貴様、その帳面を渡せ!」


「お断りします」


「この小娘を捕らえろ! 強盗だ! 店主を襲った!」


四人の衛兵が剣を抜いた。


クロはもう一度ふっと息を吹くように手のひらを広げた。


バタン、バタン、バタン、バタン。


四人の衛兵がまとめて倒れた。


ゲルツだけが剣を握ったまま立ちつくしている。


「ひ、ひい」


「隊長さん。あなたも眠りますか? それともお話を聞いてくださいますか」


「は、話を」


「では、話をしましょう」


クロは帳面を高く掲げた。


「薄めた酒を売るのは、悪くありません。薄めたものを原酒と偽って、原酒の値段で売るのが悪いのです。しかもそれを守るはずの人が、お金を受け取って見逃している。悪逆非道、言語道断です」


ゲルツの膝ががくがくと震えた。


「こ、これは何かの間違いで」


「間違いかどうかは町の皆さんに決めていただきましょう」


*


夕暮れの大通りに人だかりができていた。


店先の広場に気絶した男たちがずらりと並べられている。ブラム。五人の用心棒。四人の衛兵。そして腰を抜かしたままのゲルツ隊長。


その胸元にはそれぞれ板の札が下がっていた。


『薄めた酒を、原酒と偽りました』


『見逃して、お金を受け取りました』


札を書いたのはクロで、字は驚くほど丁寧だった。


「何だ、この騒ぎは」


「ブラム酒店の主人が、水増ししていたそうだ」


「やっぱりか! 道理で最近、酒が薄いと思った!」


「ゲルツ隊長まで!」


見物の町人たちが、口々に叫ぶ。そこへ若い衛兵のレオが息を切らして駆けつけてきた。


「こ、これは一体」


「レオさん。こちらが証拠の帳面です。それと、水増しの装置が裏にあります」


「は、はい!」


レオは帳面を受け取って、ぱらぱらとめくった。顔が青くなったり赤くなったりする。


「確かに。これは立派な不正です。この町の治安官に、すぐ届けます」


「お願いします」


「それと」


レオは姿勢を正して、深く頭を下げた。


「ありがとうございました。この町の者はずっと困っていたんです」


「お礼なら、おいしい原酒でお願いします」


クロは真顔で答えた。


*


その夜の金の雄鶏亭は大騒ぎだった。


広場の一件はあっという間に町中へ広まり、店は夕方から満員になった。小さな酒造所の主人たちが、地下蔵から眠らせていた本物の原酒を、次々と樽ごと運びこんでくる。


「これが本物のミルトの林檎酒です!」


「うちのも飲んでください!」


「俺のエールも!」


クロの前の机には杯がずらりと並んだ。


一杯ずつ口に含む。


『アルコール度数、標準値。香り、豊か。新規登録。判定、おいしい』


「……!」


クロの目からぽろりと涙がこぼれた。


「おいしい、です」


「え、泣いてる!?」


「口に含んだ瞬間に、林檎が丸ごと立ち上がるのです。皮の渋みまで甘さの奥で踊っていて、飲みこんだあとも、香りだけがずっと喉に残ります。これはブラムさんの酒とは、まったく別物です。本物の原酒はこんなにもおいしかったのですね」


早口になっていた。


「ありがとうございます、ありがとうございます。皆さんの造った酒は、本当に素晴らしいです」


「いやいや、礼を言うのはこっちだよ!」


「あんたのおかげで、俺たちの酒がやっと売れる!」


酒造所の主人たちが、涙ぐんで杯を掲げる。


そこへガルドがどっしりと近づいてきた。


「嬢ちゃん。褒賞金だ。治安官から預かってきた。罰金の三割だ」


ずしりと重い革袋が置かれた。


中には銀貨がぎっしり詰まっていた。


「ありがとうございます」


クロは革袋を持ち上げて、鞄の口へ入れる「ふり」をして、収納魔法の中へしまいこんだ。


それからぱっと立ち上がった。


「皆さん! 今宵は私のおごりです!」


しんと酒場が静まった。


一拍遅れて割れんばかりの歓声が上がった。


「うおおお!」


「聞いたか、今のを!」


「神様みたいなお嬢ちゃんだ!」


ジョッキがぶつかり合う。傭兵たちが肩を組む。旅の芸人が楽器を鳴らす。


奥の席でベンノが頭を抱えた。


「……言わんこっちゃない」


「ベンノさんもどうぞ!」


「いや、わしは」


「どうぞ!」


クロはにこにこと笑いながら、ベンノのジョッキになみなみと林檎酒を注いだ。


そして自分の杯を高く掲げた。


「それでは、乾杯です! 本物の原酒に!」


「乾杯!」


店中の声が重なった。


クロは笑った。声を上げて、心の底から笑った。


酒の香り。肉の焼けるにおい。人々の笑い声。


自由とはこういうものなのかもしれない。


そんなことを思いながら、クロは三杯目の林檎酒を一気に飲み干した。

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