第3話 『ハイクロスタウンの外』1
昼下がりのハイクロスタウン。
大通りを、澪は一人歩いていた。片手にハンバーガーを持ち、頬張りながら、行き交う人々を眺める。
石畳を這う陽射しはやわらかく、風には焼けたパンと油の匂いが混じっていた。露店の前で、獣人が果物を選んでいる。少し離れた場所では、杖を持った老人が呪文を唱え、店先の看板をふわりと宙に浮かせていた。その隣を、スマートフォンを耳に当てた人間がすれ違っていく。
魔法と、現代の技術。その二つが、何の違和感もなく同じ通りに溶け込んでいる。
澪にとっては、もう珍しい光景でもなかった。
「……ん」
ポケットの中で、端末が震える。取り出して画面を見た。
ミレシアからだった。
「もしもし?」
『澪さん? 今、どこにいますか?』
「えっと……駅に向かってるところ。どうしたの?」
『でしたら、駅前で待ち合わせましょうか』
「分かった」
『堂真さんも一緒です』
「堂真さんも?」
『はい。それでは、また後で』
通話が切れる。
澪は残っていたハンバーガーを一口で片付け、紙袋を近くのゴミ箱へ放り込んだ。
「……さて」
駅へ向かう。
しばらく歩くと、遠くからギターの音が聞こえてきた。駅前の広場。人の行き交う一角で、山口二郎がアコースティックギターを抱え、歌っている。
相変わらず、観客の数など気にしていないようだった。足を止めて聴く者もいれば、視線もくれずに通り過ぎていく者もいる。山口二郎はそれを気にする様子もなく、淡々と弦を鳴らし歌い続けていた。
『漂う霧みたいな不安を黒い鉛筆かペンでノートに自由に書く』
澪もその場に立ち止まる。
やがて、一曲が終わった。
山口二郎が顔を上げる。視線が澪を捉えた。
「……今日も頑張ってますね」
「いつもどおり、誰もいないけどね」
「きっと、立ち止まって耳を傾ければ、この良さが分かりますよ」
「ありがとう」
もう一曲くらい、聴いていこう。
そう思っていると、
「澪」
少し離れた場所から、声が届いた。
振り返ると、そこに二人が立っている。
「もう一曲聞きたかったですけど、すみません」
「仕事、頑張ってね」
山口二郎に軽く手を上げてから、澪は二人のもとへ歩いていった。
「堂真さん。ミレシアさん」
「待たせたな」
軽く手を上げたのは、大柄な男――堂真健二だった。短い黒髪に、精悍な顔立ち。太い腕と広い肩幅は、シャツの上からでも長年鍛え続けてきたことが分かる。それでいて、その目つきには、不思議と人を安心させる穏やかさがあった。
「お待たせしました」
長い髪を揺らし、穏やかな顔立ちのミレシア・ノアノールが柔らかく微笑む。わずかに尖った耳と、ゆるやかな曲線を描く体つき。ロングスカートの裾から覗く足取りにまで、どこかのんびりとした空気が滲んでいた。
「いえ、さっき来たところです」
三人の後ろでは、山口二郎が変わらずギターを弾いている。
澪は一度だけ振り返った。
目が合う。二郎は微かに口元を緩めながら、歌い続けていた。
澪も小さく笑って、前を向く。
「それで、今日は何の依頼なの?」
「少し、頼みたいことがあるんです」
ミレシアはそう言って、手に持っていた小さなメモを見せた。
「キノコ採取に行きたいんです」
「……キノコ?」
「はい。ハイフェイズにしか生えていない種類でして」
澪は少し考える。
「それ、ギルドに頼む依頼じゃ?」
ハイフェイズでは、魔物の討伐や素材の採取、護衛、探索など、様々な仕事をギルドが請け負っている。わざわざ探偵事務所に頼むような仕事には、思えなかった。
「普通なら、そうなんですが……」
ミレシアが少し困ったように笑う。
「昔から知っているお婆さんに、頼まれまして」
「ああ、なるほど」
「その方、昔から薬草を扱っていまして。そのキノコが、どうしても必要らしいんです」
「それなら、断れないか」
「まあ、そういうことだ」
堂真が言った。
澪は一度大きく頷いた。
「分かりました。じゃあ行きましょう」
三人は駅前を離れ、街の外へ向かった。大通りを抜けると、建物の数が少しずつ減っていく。代わりに、街の外周を囲うような巨大な壁が見えてきた。
その中央には、大きな門がある。石造りの重厚な門柱には、王家の紋章が刻まれ、左右には門番の詰所が並んでいた。
そこでは街の外へ向かう人々が、絶えず行き交っている。商人らしき獣人が、荷車を引いていた。冒険者風の一団が、武器を携えて門を抜けていく。
反対側からは、採取したらしい薬草や魔物の素材を積んだ荷車が戻ってくる。
街の中とは、少しだけ空気が違う。石と土の匂いに、獣の汗と革の匂いが混じっている。
「街の外か」
澪は、門の向こうを見やった。
その先には、街の中からは想像できないほど広く、森や山が続いている。
「そうですね」
ミレシアが頷いた。
「クロスタウンの周辺には、まだ手つかずの場所も沢山ありますから」
「……こうして見ると、やっぱり広いな」
澪は、遠くまで続く森を眺める。
「ロー側より、ずっと広いんだっけ」
「ええ。ハイフェイズ空間の方が、ずっと広いらしいですよ」
「不思議だな。一体どうなってるんだか」
澪は首を傾げた。
世界が重なった。それは知っている。けれど、どうしてこういう形になったのか――その仕組みは、まだ分からないことばかりだった。
「外には、まだ知らない場所も多いですからね」
ミレシアが、森の向こうを見ながら言う。
「魔物がいる場所もありますし、私たちがまだ見つけていないものも、きっとあります」
「……まだまだ、不思議なことだらけってことか」
「そういうことですね」
ミレシアは穏やかに笑った。
「冒険は、男のロマンだろ?」
「堂真さんは、好きそう」
「それじゃあ、今日は冒険ですね」
「よーし、楽しむか!」
三人は門を抜けた。視界が、一気に開ける。




