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新ジャンル開拓!?『異世界転相――現異区域。それは現代と異世界を生きる街――』  作者: 佐武ろく
第一編『終焉社』第一章『探偵事務所モノクル』

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『消えた恋人』3

夕方。三人は、廃工場へ向かった。

 長く使われていない建物の中は、闇が積もったように暗い。錆びた鉄の匂いと、湿った埃の匂いが混ざり合い、喉の奥にざらついた感触を残す。天井の高い場所で、割れた窓ガラスが夕陽を細く反射していた。

 足音が、やけに大きく反響する。誰かに聞かれている。そんな感覚が、拭えなかった。

 そのとき――ガコン。工場の奥で、金属の擦れる音が響いた。続けて、いくつもの機械が起動する音。低い唸りが、床を這うように伝わってくる。

 暗闇の奥から、巨大な影が姿を現した。鋼鉄の装甲。太く厚い四肢。背から伸びる、機械式の関節部品。胸部には、半透明の装甲越しに、人が座る操縦席らしきものが見えている。


「なんだよ……それ」


 澪の声が、震えた。男たちが、笑う。


「悪いな。俺たちじゃ勝てないんでね。だから、試作品を持ってきた」


 巨大な機体が、一歩踏み出した。その一歩だけで、床が震え、埃が舞い上がる。


「ローフェイズなら、魔法も使えないだろ?」


 その声には、確信があった。

 だが、フェルリスは笑わなかった。まるで、その台詞を待っていたかのように。

 フェルリスが、三枝へ振り返る。


「お前は、離れた場所で隠れてろ」

「でも……」

「アタシたちが片付けるまで、絶対に出てくるな。狙われたら、足手まといだ」


 三枝が、物陰へ身を隠す。

 澪は、フェルリスの隣に並んだ。喉が渇いている。手のひらが、じっとりと湿っていた。


「……フェルさん」

「怖ぇか?」

「……うん」

「そうか」


 フェルリスは、笑った。


「なら、ちょうどいい。怖くても動けるなら、それで十分だ」


 その言葉は、慰めではなかった。ただの事実として、そこに置かれていた。

 フェルリスは、左腕のアークレットへ視線を落とす。淡い光が滲み、左右の手に、等身大の双剣が姿を現した。


「これで、少しは話しやすくなったな」


 男たちの笑みが、僅かに強張るのを、澪は見た。

 機体が、拳を振り上げた。

 二人は左右へ飛び退く。

 拳が着地した場所で、コンクリートの床が陥没し、破片が跳ねた。

 だがフェルリスは、すでに機体の懐へ潜り込んでいる。ククリナイフを、装甲の継ぎ目へ叩き込んだ。

 ――甲高い音とともに、火花が散る。


「硬ぇな!」


 機体の左腕が、横薙ぎに振られる。フェルリスが躱すと、拳は背後の鉄骨を歪ませて止まった。

 澪は、拳を握った。

 だが、まともに殴っても、この装甲は傷つかない。機体の左手には、いつの間にか剣まで握られていた。

 その一撃を受け止めたフェルリスの足が、床へ沈み込む。


「フェルさん!」

「こっちを見るな! 動け!」


 澪は、機体の背後へ回り込もうとした。

 だが次の瞬間、機体が向きを変える。反応する間もなく、拳が澪を捉えた。


「ぐあっ!」


 背中から、床へ叩きつけられる。息が、一瞬止まった。視界の端で、剣が振り下ろされる。

 澪は、転がって避けた。あと少し遅ければ、身体を貫かれていた。恐怖が全身をかける。魔法は使えない。あるのは、自分の身体だけだ。

 逃げなければ。頭の中では、そう分かっている。なのに、身体が動かない。

 そのとき、フェルリスが横から飛び込んだ。


「よそ見してんじゃねぇ!」


 双剣が、機体の肩へ叩き込まれる。


「今だ、澪!」


 澪は、立ち上がった。足が、震えている。

 それでも――動いた。

 狙うのは、装甲そのものではない。フェルリスが刃を突き立てた、肩の関節。


「これなら……!」


 拳が、関節へ叩き込まれる。フェルリスが、刃を捻った。


「そこだ!」


 装甲の隙間に、刃が食い込む。機体の左腕が、痙攣するように震えた。握られていた剣が、金属音を立てて床へ落ちる。

 だが、右拳は、まだ生きていた。

 フェルリスは、機体を見回した。肩。腕。脚。そして――胸部。

 半透明の装甲の奥、操縦席が見えている。


「……あそこだ」

「操縦席?」

「周りの装甲より薄い。ゲームでのボス戦の定番だ」


 フェルリスは、双剣をアークレットへ戻した。


「澪。拳一つぐらい、潰れてもいいよな?」

「……え?」

「種族の特権ってやつを、使うか」

「特権?」

「ウェアウルフと吸血鬼のパワーだよ」

「……僕は半分だけなんですけど」

「半分ありゃ十分だろ。それに――お前は、速ぇだろ」


 二人は、機体を見据える。


「避けて、近づく。それだけだ」

「分かりました」


 声は、まだ震えていた。けれど、足は震えていなかった。

 機体が、拳を引く。空気が、それだけで震えた。


「来るぞ」


 二人は、同時に走った。

 拳が床を叩き、コンクリートが爆ぜる。

 澪は側面を駆け抜け、次々と迫る拳を紙一重で躱していく。頬を拳が掠め、風圧だけで皮膚が裂けた。熱い、と思う間もなく、それでも止まらない。


「澪!」


 フェルリスの声。


「こっちだ!」


 機体の視線が、フェルリスへ向く。

 拳が、振り下ろされた。

 フェルリスは、真正面から踏み込む。

 拳が、迫る。

 ――当たる。そう思った瞬間、フェルリスの身体が沈んだ。

 拳が、頭上を通り過ぎ、そのまま懐へ潜り込んだ。


「遅ぇ!」


 全身の力を乗せた拳が、機体の胸部へ叩き込まれる。

 半透明の装甲に亀裂が走ると、操縦席の男は目を見開いた。


「馬鹿な……!」


 フェルリスの拳から、血が滲んでいた。

 それでも、彼女は笑った。


「よし。澪!」

「分かった!」


 澪が、続く。

 狙うのは、フェルリスが残した亀裂。


「――いけぇっ!」


 拳が、叩き込まれた。激しい音と共に半透明の装甲が、砕け散る。

 操縦席の男が、呆然と澪を見上げた。

 その顔へ、フェルリスの拳が飛ぶ。


「寝てろ」


 男はあっさりと意識を失った。同時に機体から力が抜け、巨大な身体が、ゆっくりと膝をついていく。

 動きが止まると静寂が、戻った。

 澪は、自分の拳を見下ろす。


「……痛い」

「そりゃそうだ」


 フェルリスの拳も、血で赤く染まっていた。


「でも、勝ったな」

「……そうですね」

「次は、もう少し痛くない方法を考えたいかな」

「贅沢言うな」


 フェルリスは、倒れた操縦者の襟を掴み上げ、端末を取り出す。


「良い話し合いができたぞ」

『……』

「お前の部下が、返済金額は三百万に値下げしてくれたぜ。それで、この話は終わりだ。彼女にも手を出すな」

『……いいだろう』

「代わりに明日中に払ってやる。お前らとはさっさと縁を切りたいからな。それと、破ったら、今度は機械じゃ済まさねぇぞ」


 通話が、切れる。


「……明日って、大丈夫なんですか?」

「任せろ。借りる」

「誰から?」

「友達だ」


 そういうとフェルリスは電話を掛けた。

 数コール後、明るく華やかな声が返ってきた。


『もしもし、フェルちゃん!? うそ、本物!?』

「おう。久しぶり」

『久しぶりじゃないって! それで、どうしたの?』

「金貸してくれ」

『いいわよ』

「……即答かよ」

『フェルちゃんの頼みだもの。数十億とかだとちょっと簡単にはいかないけど』

「そんないらねぇよ。三百万だ」

『それぐらいならすぐに用意する』

「お前、相変わらず金持ちだな」

『だって、私、お嬢様ですもの。ふふふ』


 すると彼女は、何かを思いついたように声を弾ませる。


『じゃあ、その代わりに結婚してもらおっかなー』

「なんでだよ」

『一生、私が養ってあげるのに』

「別に、金に困ってねーよ」

『そういうことじゃないんだけどな。まっ、今度、一緒に遊んでくれたらいいよ』

「それで三百万? 随分と高く見積もられてんなアタシは」

『安い方だって』

「友達と遊ぶのに金なんていらねぇよ。金は返す。暇な時に、連絡もするさ」

『分かった。楽しみにしてる。あと、親友ね』


 澪は、何とも言えない顔で通話を終えたフェルリスを見た。


「今のが……?」

「ああ。昔馴染みだ」

「なんか、すごい人だったなぁ」

「昔から、ああいう奴だ」


 三枝が、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」

「礼はいい。金は、お前がこれから返せ」

「……はい」

「働いて、生活して、それで余った分を少しずつ返せ」

「必ず、返します」


 そしてフェルリスは、人差し指を立てた。


「もう、一人で勝手に消えるな」

「……はい」

「彼女に、ちゃんと話せ」

「はい」

「一週間も心配させた分、たっぷり怒られてこい」


 三枝は、苦笑した。


「……そうします」


     *


 翌日。三枝は、約束通り借金取りへ三百万を返した。残りの立て替え分は、毎月少しずつフェルリスを通して返していくことになった。

 そして――三枝は、恋人と再会した。


「……拓真」

「ごめん。何も言わずに、いなくなって」

「だからって、勝手に消えるの?」


 女性の声は、震えていた。


「私が、どれだけ心配したと思ってるの? 警察にも相談した。あなたが死んだんじゃないかって……ずっと、怖かった」

「……ごめん」

「だったら、私に相談してよ」


 女性は、涙を拭い、三枝の手を取った。


「恋人なんだから。一人で勝手に決めないで。借金のことも、これからのことも、一緒に考えるから」

「……でも、迷惑が」

「迷惑なら、最初から探偵事務所には行ってない」


 三枝は、目を見開いた。


「だから、もう逃げないで」

「……分かった。約束する」


 二人は、離れていた一週間を埋めるように、抱き締め合った。

 少し離れた場所で、それを見ていた澪が微笑む。


「……よかったですね」

「ああ」


 フェルリスも、二人を眺めていた。


「めんどくせぇ話だったけどな」

「でも、解決しました」

「終わりよけりゃ、それでいいか」


 フェルリスは、血の滲んだ拳を見下ろした。


「まあ、三百万の借金が増えたけどな」

「それ、解決したって言うんでしょうか」

「三枝が返すんだから、解決だろ」

「本当に、返してくれますかね」

「返すさ」


 フェルリスは、迷いなく答えた。


「返す気がある奴の、目だった」

「分かるんですか?」

「勘だ」


 そして、二人は歩き始める。


「それに、あいつはもう一人じゃねぇ」


 視線の先では、三枝と恋人が並んで歩いていた。

 今度は、どちらも離れない。


     *


「フェルさん」

「なんだ?」

「その友人の方、また会いたいって言ってましたよね」

「ああ」

「結婚してもいいっていうのは……」

「本気だろうな」

「どうするんですか?」

「どうもしねぇよ」

「でも、かなり好きなんですよね?」

「好きだろうな」

「フェルさんは?」


 フェルリスは、少しだけ黙った。


「……昔からの友人だ。いや、親友か」

「答えになってません」

「うるせぇな」


 そう言って澪の頭を軽く小突いた。


「余計なこと考えてねぇで、次の依頼の心配でもしてろ」

「次の依頼って、もう来るんですか?」

「モノクルだぞ」


 フェルリスは、事務所のある方向を見た。


「暇な時の方が、多いですけどね」

「すぐに、遊んでやれそうだな」


 二人は、現異区域の雑踏へ、ゆっくりと溶けていった。

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