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新ジャンル開拓!?『異世界転相――現異区域。それは現代と異世界を生きる街――』  作者: 佐武ろく
第一編『終焉社』第一章『探偵事務所モノクル』

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『消えた恋人』2

まず二人が向かったのは、依頼人の恋人――三枝拓真の勤務先、町工場だった。油と鉄の匂いが染みついた建物の中で、同僚の男が困ったように答えた。


「少し前から、様子がおかしかったんだよな」


 電話が掛かってくるたび、三枝は外へ出て、相手を確かめると顔色を変えていたという。一度だけ、こう言っているのを聞いた。

 ――今月中に払う。

 さらに、黒いコートを着た背の高い男が、三枝を訪ねてきたこともあったらしい。短髪で、左頬に古い傷のある男。


「『次はない』とか、言ってた気がする」


 その日から、三枝は目に見えて怯えるようになったという。


「借金は、ほぼ確定だな」

「うん。それも、普通の金融屋じゃなさそう」


 二人は次に、三枝の自宅へ向かった。

 部屋には家具も衣類も残されたままだった。冷蔵庫を開けると、食べかけの惣菜がそのまま入っている。


「本当に逃げたなら、もう少し持っていくだろ」

「だよね」


 フェルリスが部屋を調べていると、机の奥から一枚の封筒が出てきた。

 中の紙には、金額と期日。そして――一行だけ、走り書きのような文字が添えられていた。


 **払えないなら、女に払ってもらう。**


 澪の指が、紙の上で止まった。喉の奥が、急に狭くなる。


「彼女も……狙われてる」


 その瞬間だった。玄関の外で、足音が止まった。

 二人が、同時に振り向く。

 ――一人。いや。二人分の気配。

 ドアノブが、ゆっくりと回る。鍵は掛かっている。

 次の瞬間――ガンッ! 扉が、蹴り飛ばされた。

 現れた男は、黒いコート、短い髪、左頬の古い傷。工場で聞いた特徴と、寸分違わず一致していた。


「三枝拓真を探してるんだろ?」

「……お前ら、何者だ?」

「余計なことに首を突っ込むな」

「僕ら、探偵事務所の者でして。依頼を受けて、探してるだけです」

「その男には、用がある」

「借金か」

「そうだ。本人が返せないなら、別の方法を考えるだけだ」


 その言葉にフェルリスの目が、鋭さを増す。


「女を狙うってことか?」

「俺たちはまだ、何もしてない」

「これから、する気だろ」

「だとしたらどうする?」

「依頼人だ。守るしかないだろ」


 男が、拳を構えた。


「部外者が口を出すと、痛い目みるぞ」


 次の瞬間、拳が振り抜かれた。

 フェルリスは紙一重で躱し、伸びた腕を掴む。そのまま身体を捻り、床へ叩きつけた。鈍い音が、狭い部屋に響く。

 もう一人が、澪へ飛びかかった。その瞬間、身体が強張るのを感じた。

 やっぱり、怖い。心臓が、耳の奥で鳴っている。

 けれど――その足は、逃げなかった。


「……っ!」


 拳を受け止める。骨が軋むような痛みが、腕を駆け上がった。それでも押し返す。体勢を崩した相手の腹へ、拳を叩き込んだ。


「ぐぁっ!」


 男が、壁へ吹き飛ぶ。


「澪!」

「大丈夫です!」


 立ち上がろうとした男へ、フェルリスの拳が飛んだ。


「遅ぇよ」


 顎を捉えた一撃で、男は床へ沈んだ。

 部屋に、静寂が戻る。


「……終わった?」

「みてぇだな」


 そのとき、倒れた男のポケットで、端末が着信を告げた。登録されていない番号。


「出てみるか」


 フェルリスが、通話を取る。


『彼女に手を出すなよ! あいつには何もするな!』


 真っ先に叫ぶような声が、耳に飛び込んできた。


「……うるせぇな。落ち着け」

『彼女は関係ないだろ!』

「アタシは借金取りじゃねぇ。探偵事務所モノクルの人間だ。三枝拓真か?」

『探偵……? ……ああ、そうだ』

「彼女は、お前が突然いなくなったから心配してる。お前を探してくれって、アタシたちに頼んだんだよ」

『……彼女が?』

「ああ。安心しろ、怪我もない」


 電話の向こうで、張り詰めていた何かが、静かに緩んだ気配がした。


「一度会おう」

『でも、俺のところには借金取りが……』

「そいつらなら、今は伸びてる」

『……あんたがやったのか?』

「そうだ」


 フェルリスは、倒れている男たちを見下ろした。


「今すぐ逃げる必要はねぇ。少なくとも、アタシたちがいる間はな」


 三枝は、しばらく沈黙したあと、会うことを承諾した。


     *


 待ち合わせ場所に現れた三枝は、痩せて、ひどく疲れた顔をした男だった。頬がこけ、目の下の隈は依頼人の女性よりも濃い。


「お前、どうして逃げた?」

「……彼女を、巻き込みたくなかった」

「借金か?」

「はい」


 借金は、最初三百万だった。だが利子が膨らみ、今では五百万に届いている。


「時間さえあれば……絶対に返します」

「だから逃げた?」

「彼女にだけは、迷惑を掛けたくなかった」


 澪は、三枝を見つめた。


「彼女のこと、本当に大事なんですね」

「……はい。だからこそ、離れたほうがいいと思ったんです」


 フェルリスが、大きく息を吐く。


「本当に馬鹿だな、お前」

「……はい」

「一つ聞く。お前、彼女と別れたいのか?」

「そんなわけ、ありません」

「じゃあ、戻れ」

「でも――」

「借金は返せばいい。返す気があるなら、話はできる。一人で抱え込んで、勝手に消えるより、よっぽどマシだ」


 そのとき、フェルリスのポケットで借金取りの端末が鳴った。


『うちの連中を、やったそうだな』


 低い、粘着質な男の声だった。


「手ぇ出してきたのは、そっちだろ」

『三枝は、そこにいるか?』

「いる。先に言っとく。こいつには、返済する意思がある」

『なら、今すぐに返せ』

「まぁ待て。五百万を返す。それで終わりにしろ」

『そんな脅しが、通用すると思ってるのか?』

「面倒事にしたいのか? こっちは色々と方法があるぞ。もちろん、合法のもな」


 沈黙。やがて、男は交渉に応じると言った。


「場所は?」


 指定されたのは、街の外れにある廃工場だった。


「罠なんじゃ?」

「だろうな」


 フェルリスが、拳を握る。


「だから、行くんだよ」

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