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新ジャンル開拓!?『異世界転相――現異区域。それは現代と異世界を生きる街――』  作者: 佐武ろく
第一編『終焉社』第一章『探偵事務所モノクル』

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『終焉社より愛を込めて』2

東側。商業区画へ近づくにつれ、騒ぎは大きくなっていた。


「こっち!」

「早く逃げて!」


 通りを、人々が駆けていく。その足元を――小さな影が走り抜けた。


「……ん?」


 フェルリスが、目を細める。

 次の瞬間。建物の陰から、三匹の魔物が飛び出してきた。犬ほどの大きさ。四つ足で、鋭い牙を持つ。


「魔物だ!」


 誰かが叫ぶ。

 しかし、一匹ではない。別の路地からも、同じ魔物が何匹も飛び出してくる。


「うわ、いるいる」


 アークレットが光り、フェルの両手には双剣が握られていた。

 さらにその向こう。羽音が聞こえた。空から、小さな翼を持った魔物が群れになって降りてくる。


「コウモリみたいなのまで……」


 凛が、刀を構える。

 その足元では、今度はネズミのような魔物が何匹も道路を横切った。


「種類もバラバラか」


 フェルリスが、笑う。


「多すぎんだろ、これ」


 魔物たちは、強いわけではない。だが、数が多い。そして――街中に散らばっている。人を襲うもの。店へ入り込むもの。車の上を走り回るもの。逃げる人々を追いかけるもの。

 一体一体なら、大した脅威ではない。それでも、これだけの数が一度に現れれば、街は簡単に混乱した。


「凛!」

「分かってる!」


 凛が走る。一匹の魔物が、少女へ飛びかかった。


「危ない!」


 凛の刀が閃く。魔物を弾き飛ばす。


「大丈夫?」

「う、うん……」

「そのまま走って!」


 少女が逃げていく。その横から、別の魔物が飛び出した。


「――っと!」


 凛が振り返る。斬る。さらに一匹。斬る。


「次!」


 フェルリスも、別方向で剣を振るっていた。


「おらっ!」


 一匹を蹴り飛ばす。


「そらっ!」


 もう一匹を斬り払う。上から飛んできた翼持ちの魔物を、逆手に持った剣で叩き落とす。


「……キリがねぇ!」

「でも、強くはないね!」

「それが余計にめんどくせぇ!」


 フェルリスが叫ぶ。

 凛は、周囲を見渡した。


「フェル、あっち!」

「了解!」


 二人が同時に走る。魔物の群れが、商店の中へ入り込もうとしていた。


「入れさせるな!」


 凛が、先頭の魔物を斬る。フェルリスが横から飛び込む。


「まとめてどけぇ!」


 双剣が、左右から走る。魔物たちが、散り散りに逃げていく。


「逃げたぞ!」

「追わないで!」


 凛が叫ぶ。


「まず人よ」

「そーだな」


 二人は、すぐに避難誘導へ戻った。

 その間にも。別の通りから、魔物の群れが現れる。


「……まだ来る」


 凛が呟く。


「そりゃそうだろ」


 フェルリスが、剣を構え直す。


「終わるまで、ぶった斬りゃいい」


 西側。こちらも、状況は似ていた。


「魔物がいる!」

「こっちにも!」


 住宅街を、小型の魔物たちが走り回っている。犬ほどの四足獣。猫ほどの大きさで屋根を跳ね回る魔物。さらに、蛇のように細長い魔物までいる。

 どれも、単体なら脅威と呼ぶほどではない。だが――


「数が多いな……!」


 堂真が、一匹を正面から殴り飛ばした。


「おらっ!」


 魔物が地面を転がる。その直後、横手から別の魔物が飛び込んできた。


「後ろ!」


 澪の声。

 堂真が振り返りざまに腕を振る。牙を剥いた魔物を弾き飛ばした。


「助かった!」

「うん」


 澪も、そのまま走る。逃げ遅れた住民の前へ出ると、足元を駆け抜けようとした魔物を蹴り飛ばした。


「こっちです!」


 住民を、安全な場所へ誘導する。

 しかし、その背後から羽音が近づいてきた。


「……!」


 澪が振り返る。小型の翼を持った魔物が、三匹まとめて襲いかかってきた。


「三匹も!」


 澪が腕を振る。一匹を叩き落とす。残り二匹が、左右から回り込む。


「くっ……!」


 それをなんとか避けた。だが、そのうち一匹が住民へ向かう。


「させるか!」


 堂真が飛び込んだ。拳が魔物の横っ面を捉える。翼持ちの魔物が、道路へ叩き落とされた。


「大丈夫か?」

「は、はい……!」

「なら、早く逃げろ!」


 住民が走っていく。堂真は、息を吐いた。


「ったく。小さいくせに、すばしっこいな」


 その足元を、蛇のような魔物が這っていく。


「おっと」


 踏みつけようとした瞬間、魔物が跳ねた。


「うわっ!」


 堂真が身体を反らす。その横から、澪が腕を振り抜いた。


「えいっ!」


 魔物が吹き飛ぶ。


「ナイス、澪!」

「……僕も、これくらいなら」


 少しだけ自信を持ったように笑う。

 だが。屋根の上から、さらに何匹もの魔物が飛び降りてきた。


「……また?」


 澪が身構える。

 堂真も、拳を構えた。


「こいつらくらいなら、いくら来ても――」


 一匹。二匹。三匹。殴り飛ばす。蹴り飛ばす。掴んで放り投げる。

 それでも、魔物は減らない。むしろ、路地の奥から次々と姿を現していた。


「……いや」


 堂真が周囲を見る。屋根。路地。車の下。庭先。家の塀の向こう。至るところに、小さな影がいる。


「多すぎだろ……」


 澪が、その光景を見ながら、ぽつりと呟いた。


「堂真さん」

「ん?」

「これ……僕ら、魔法使えないのに」


 澪が、魔物の群れを見る。


「フェルさんか凛と組んだ方が、良かったんじゃ?」

「あー……」


 堂真が、一瞬だけ考える。


「確かに、魔物と戦う時は魔法ありきだったもんな」


 魔物へ拳を叩き込みながら続ける。


「所長も、そこまで頭が回らなかったんだろう」

「……やっぱり、そうですよね」

「だが――」


 堂真が、一歩前へ出る。向かってくる魔物を、拳で真正面から弾き飛ばした。


「今は、やるしかない」


 澪が、堂真を見る。そして、小さく頷いた。


「うん」


 次の瞬間。左右から、魔物が飛びかかってきた。


「右に行く!」

「任せて!」


 堂真が、右の一匹を殴り飛ばす。澪が左の一匹を受け止め、そのまま地面へ叩きつける。

 さらに後ろから三匹。


「まだ来るぞ!」

「分かってます!」


 堂真が、一匹を蹴り上げる。空中へ浮いたところへ、澪が跳んだ。


「おりゃ!」


 拳が直撃する。魔物が、屋根の上まで吹き飛んでいった。


「やるじゃねぇか!」

「堂真さんこそ!」


 しかし、二人が息をつく暇もない。別の路地から、また群れが現れる。犬のような魔物。翼を持つ魔物。地面を這う魔物。種類の違う小型魔物が入り混じり、住宅街を埋めていく。


「……なるほど」


 堂真が拳を構える。


「数で押してくるってわけか」


 澪も、隣へ並んだ。


「なら――」

「全部止めるぞ」

「りょーかい!」


 二人は、同時に駆け出した。

 東も西も。現れた魔物そのものは、決して強くない。けれど、その数はあまりにも多かった。


       *


 その頃。終焉社の一室では――。


「かんぱーい!」

「乾杯!」


 街が燃えているわけでもない。世界が滅びたわけでもない。ただ、そこかしこで人々が逃げ惑い、悲鳴を上げている。――それだけだった。

 だというのに。部屋の中では、宴が開かれていた。

 壁一面のモニターには、クロスタウン各地の映像。逃げる人々。道路を走り回る魔物。避難誘導をする警察官。魔物を殴り飛ばす堂真。剣を振るう凛とフェルリス。

 そのすべてを、二人は酒の肴にしていた。


「いやぁ、最高ですねぇ!」


 黄昏卿が、腹を抱えて笑う。


「見てください、ルード! あの人、さっきから同じところを三周していますよ!」

「ほんとだ!」


 魔王ルードも大笑いする。


「道が分かってねぇのか!」

「たぶんパニックでしょうねぇ!」

「あはははは!」


 二人の笑い声が、部屋に響く。

 モニターの中では、泣きながら誰かを探している女性がいた。黄昏卿は、それを見ながらポテトを一つ摘まむ。


「おや」

「ん?」

「今度は、あちらが面白いですよ」

「おお!」


 二人の視線が、一斉に別の画面へ向く。

 逃げていた男が転ぶ。起き上がろうとする。そこへ、小型の魔物が迫る。


「危ねぇ!」


 魔王ルードが叫ぶ。

 だが、その直後。警察官が飛び込み、魔物を蹴り飛ばした。


「おおー!」


 魔王ルードが拍手する。


「惜しい!」

「惜しい、じゃありませんよ」


 黄昏卿も笑っている。


「助かってしまいました」

「次は、助からねぇかもな!」

「それは、楽しみですねぇ」


 黄昏卿は、酒を口に含んだ。まるでスポーツ観戦でもしているような顔だった。


「しかし、警察も頑張りますね」

「頑張ってるな!」

「人を助けるのが仕事ですからねぇ」

「じゃあ、次はもっと魔物増やしてやるか?」

「いいですねぇ」


 二人とも、何のためらいもなく笑う。

 そして魔王ルードが肉を掴む。


「おい、黄昏卿。こっち食え!」

「何です?」

「さっき焼いたやつだ!」

「おお、美味しそうですね」

「だろ?」


 黄昏卿も、肉を取る。その背後では、モニターの中で人々が必死に逃げている。


「うん。美味しい」

「だろ!」

「実にいい宴ですねぇ」

「街も賑やかだしな!」

「ええ」


 黄昏卿は笑いながら、モニターを眺める。

 そして――ふと。


「……ただ」

「ん?」


 声が変わった。


「まだですね」


 魔王ルードも画面を見る。


「何が?」

「ズールーです」


 それまでの笑顔が、ほんの少しだけ消える。


「やっぱり、この程度では出てこないですか」


 魔王ルードが、肉を齧りながら首を傾げる。


「そんなにすげぇのか?」

「分かりません」


 黄昏卿は、素直に答えた。


「私たちも、詳しいことは知りませんから」


 その目だけが、笑っていなかった。


「ですが、特務課のさらに奥にいる部隊です」


 モニターを見つめる。


「この程度の騒ぎでは動かない――そういう存在のようですね」

「へぇ」

「少し期待していたんですが」


 黄昏卿は、残念そうに肩を落とす。


「……見てみたいですねぇ」


 魔王ルードが、ニヤリと笑う。


「じゃあ、もっと派手にするか?」

「そうしたいところですが」


 黄昏卿は、一瞬考えて――


「今日はやめておきましょう」

「なんでだ?」

「せっかくですから、もう少し観察しましょう」


 そして、いつもの笑顔に戻る。


「人間というのは、追い詰めれば追い詰めるほど面白いですから」

「お前は悪魔だな」

「魔王に言われたくありませんよ」

「そりゃそうだ」


 二人は同時に笑った。


「じゃあ、もう一杯!」

「ええ、もう一杯!」


 カンッ!杯がぶつかる。


「頑張れー!」


 魔王ルードが、モニターへ叫ぶ。


「逃げろ逃げろ!」

「そこです! 右ですよ!」


 黄昏卿まで、声を上げる。


「そっちは行っちゃ駄目です!」

「おい! そいつ後ろ!」

「あはははは!」

「ははははは!」


 助かれば笑い。逃げれば笑い。転べば笑い。誰かが襲われれば、それすら酒の肴にする。

 街の混乱など、彼らにとってはただの余興だった。そして――その余興が、いつまで続くのか。それだけを楽しみに、二人は杯を重ねていた。


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