『終焉社より愛を込めて』3
一方で街では。魔物は、減っている。――はずだった。
「まだいるのかよ!」
堂真が拳を振り抜く。吹き飛んだ魔物が、道路を転がった。だが、その向こうから、また別の影が走ってくる。
「何匹いるんだ、これ……!」
澪が、息を切らしながら後退する。屋根から一匹。路地から二匹。さらに、建物の陰から別の魔物が這い出してくる。
最初に比べれば、確実に数は減っている。それでも――終わらない。
「くそっ!」
堂真が、もう一度拳を叩き込む。魔物が倒れる。
その直後。
「上!」
澪が叫んだ。
堂真が身を捻る。頭上から飛び込んできた魔物を、腕で受け止める。
「ぐっ……!」
そのまま、地面へ叩きつける。
「……ったく」
堂真が息を吐いた。
「どんだけいるんだよ」
東側でも、同じだった。
「もういいって!」
凛が刀を振り抜く。一匹を斬り倒す。その横から、別の魔物が飛び込んでくる。
「まだ来る!」
「見えてる!」
フェルリスが、双剣を交差させる。飛び込んできた魔物を弾き飛ばす。
「こいつら、数だけは一丁前だな!」
だが。その時だった。フェルリスの足元を、別の魔物が駆け抜けていった。
「……あ?」
襲ってこない。そのまま、走り去っていく。
「おい。逃げたぞ」
「……?」
凛が振り返る。路地の奥へ消えていく、小さな背中。
別の場所でも。魔物が一匹。戦っていた警察官たちの横をすり抜けていく。
「おい、待て!」
隊員が追おうとする。
しかし魔物は、突然立ち止まった。
「……何だ?」
小さな身体が震えている。唸り声。それは、敵を前にしたものではなかった。何かに怯えているような――。
いや。何かに引かれている。
次の瞬間。魔物の身体が、横へ引っ張られた。
「――っ!」
爪が地面を削る。必死に踏ん張る。それでも、身体は止まらない。
ずるっ。ずるずると。見えない何かに、引きずられていく。
「なんだ?」
警察官が、声を漏らす。
魔物は必死に踏ん張る。だが、その身体を引く力は、それ以上だった。
同じ頃。別の場所でも。一匹。また一匹。さらに一匹。まだ生きていた魔物たちが、突然同じ方向へ走り始めた。
「何だ?」
「魔物が移動してるぞ!」
「待て、そっちは――」
警察官たちの制止も聞かず、魔物たちは走る。道路を横切る。建物の隙間を抜ける。屋根を飛び移る。
そして――互いに、引き寄せられていく。
「……まさか」
澪が、目を見開いた。
視界の奥。別の路地から、一匹の魔物が飛び出してきた。さらに反対側から、別の魔物。二匹が、何かに引かれるように、空中へ跳ね上がる。
「おいおい……」
堂真が構える。
二匹の身体が――ぶつかった。
次の瞬間。肉が潰れた。骨が軋んだ。そして、二つの身体が沈み込む。
「……っ!」
澪は息を呑んだ。
片方の脚が、もう片方の胴体へめり込む。毛皮と皮膚が絡み合い、別々だった肉体が一つへ押し込まれていく。
そこへ、さらに一匹。建物の陰から飛び出した魔物が、何かに引きずられるように、二体へ吸い寄せられた。
「三匹目……!」
融合した肉体が、大きく膨れ上がる。四本だった脚が増えた。しかし、それらは左右対称ですらない。胴体の横から、明らかに別の生物の脚が突き出している。
犬のような頭部。そのすぐ横には、猫ほどの魔物の顔。どちらも同じ身体に押し込められ、別々の方向を向いている。
皮膚は継ぎ接ぎのように重なり、毛の生えた部分と鱗のような部分が、まだらに混ざっていた。
巨大になった。だが、それは進化などではない。ただ、いくつもの生命を、一つの肉体へ無理矢理押し込めただけだった。
巨大な魔物が、立ち上がる。
その瞬間――ギシッっと肉体が軋んだ。
「……気持ち悪ぃな」
フェルリスが吐き捨てる。
「同感。鳥肌立ちそう」
凛が、刀を構え直す。
そして遠くから、別の咆哮が響いた。
『――グオオオオッ!』
一つではない。二つ。三つ。街の別々の場所から、巨大な咆哮が重なった。
リゼリアの声が、通信から飛び込んでくる。
『大型個体を確認!』
全員が耳を傾ける。
『東部、確認しました!』
報告は続く。
『西部でも、大型個体を確認!』
さらに。
『三体目です! 別地点でも発生!』
リゼリアの声に、僅かな緊張が混じる。
『三体すべて、複数の小型魔物が融合したものと見られます!』
堂真が、顔を上げた。
「三体……」
『警察が、それぞれ対応に入ります』
リゼリアが続ける。
『ですが、三体同時となると――』
「俺たちも行く」
堂真が即答した。
『お願いします』
通信が切れる。
堂真と澪は、一度凛たちと合流した。
「どっちだ?」
「一番近いのは――」
凛が周囲を確認する。
「こっち」
「よし」
四人が走り出した。
その背後では、巨大な魔物が、ゆっくりと立ち上がっていた。
――ギシ。――ギシ。
身体が動くたびに、肉体が軋む。まるで、その身体そのものが、自分の存在を拒んでいるようだった。
*
街の別の場所。大型魔物の前に、警察の部隊が展開していた。
「散開!」
隊長の声が響く。
大型魔物が、腕を振り下ろす。
「来るぞ!」
全員が、一斉に退避する。地面が砕けた。それでも、誰も怯まない。
「正面班、牽制!」
「了解!」
複数の隊員が、同時に攻撃する。魔物が身をよじる。
「今だ!」
別の隊員が、側面へ回り込む。銃撃と特殊装備による攻撃を使い分け、動きを封じていく。
大型魔物は確かに巨大だった。だが、動きは鈍い。身体の各所が噛み合っていない。腕を振れば、その反動で別の脚がよろめく。攻撃のたびに、自分自身の肉体が軋む。
「効いてる!」
「そのまま攻撃を続けろ!」
警察は、着実に追い詰めていた。
――クロスタウン警察は、何もできないわけではない。街全体を守りながら、同時に複数の大型個体へ対応している。
そして。そのうち一体を――モノクルが受け持つ。
*
「来るぞ!」
堂真の声が響く。
巨大な魔物が、四人へ向かって走り出した。
「速っ――!」
澪が身を引く。巨大な腕が振り抜かれる。
「伏せて!」
凛の声で四人が散開する。
直後、道路が大きく陥没した。
「うわ……!」
澪が目を見開く。
「当たったら終わりだぞ、これ!」
「だから当たんな!」
フェルリスが叫ぶ。そのまま正面へ飛び出した。
「おらぁ!」
双剣交差させる。巨大な腕へ斬り込み、肉が裂ける。
だが――浅い。
「ちっ!」
フェルリスが飛び退く。魔物が腕を振り回す。
「フェル!」
堂真が飛び込んだ。両腕で、真正面から受け止める。
「ぐっ……!」
足が地面へ沈む。
「堂真!」
「まだだ!」
堂真が踏ん張る。
「今だ、凛!」
「分かってる!」
凛が走る。巨大な身体を駆け上がるようにして、接近する。狙うのは――首。
「そこ!」
刀が閃き、深く斬り込む。
魔物が咆哮した。
「効いてる!」
「もう一回!」
凛が距離を取る。
だが、巨大な腕が、横薙ぎに迫った。
「凛!」
澪が飛び込む。腕を掴み、そのまま引き倒す。
「危なかった……!」
「助かった!」
その瞬間。魔物の別の頭部が、澪へ向いた。
「――!」
牙が迫る。澪が咄嗟に、腕を掲げて防ぐ。だが、巨体の勢いに押されて、吹き飛ばされた。
「澪!」
「大丈夫!」
地面を転がりながら、立ち上がる。腕には傷が走っている。
「これくらいなら!」
澪が駆け、魔物の背後へ回り込む。その身体には、いくつもの魔物の特徴が混ざっていた。
四本の脚。そのうち一本だけ、明らかに別の生き物のもの。翼のような器官。蛇のような尾。そして、複数の頭。
どれも、同じ意思で動いているわけではない。
だからこそ。
「……噛み合ってない」
澪が気づく。
「みんな!」
声を上げる。
「こいつ、身体がうまく動いてない!」
「分かった!」
堂真が答える。
「つまり――」
「ぶっ壊せばいいってことだな!」
フェルリスが笑う。
「つまりっていうほどか?」
堂真が拳を握る。
「フェル、右!」
「任せろ!」
フェルリスが右側へ回る。堂真は正面。凛は左。澪は背後。
「行くぞ!」
堂真が突っ込む。巨大な拳を受け流す。フェルリスが脚を斬る。
「おらぁ!」
巨体が傾く。
「今!」
凛が跳ぶ。刀が、首元へ入る。魔物が暴れる。澪が、背後から腕を掴んだ。
「こっちだ!」
――引く。巨大な身体が、さらに崩れる。
「堂真!」
「おう!」
堂真が、地面を蹴った。拳を振り抜く。
「――うおおおおっ!」
拳が、巨体の中心へ叩き込まれた。魔物の身体が、大きく揺れる。
そして凛が、最後の一撃を振り下ろした。
巨大な身体が、ゆっくりと倒れていく。地面が震えた。
しばらく、誰も動かなかった。
「……終わった?」
澪が呟く。
「終わったな」
堂真が息を吐く。
「……疲れた」
フェルリスが双剣を下ろす。
「最初からこれ出せよって話だ」
凛が苦笑する。
「最初からこんなの出てきたら、もっと大変だったよ」
「まあな」
堂真が、倒れた魔物を見る。その姿は、最後まで一匹の生物には見えなかった。いくつもの魔物を無理矢理繋ぎ合わせた、歪な巨体。
「……魔物の習性じゃなさそうだな」
堂真が呟く。
凛も頷く。
「うん」
フェルリスが、魔物を見下ろした。
「趣味悪ぃ」
澪は、何も言わなかった。ただ、その身体に残った、いくつもの魔物の特徴を見つめていた。
その頃。別の二地点でも、戦いは続いていた。
だが――やがて、一つ。また一つ。通信に報告が入る。
『大型個体、撃破完了』
リゼリアは事務所のモニターで反応を確認していた。
「……三体とも、撃破」
ミレシアが、胸を撫で下ろす。
「よかった……」
「はい」
リゼリアは、画面を見つめる。
警察とモノクル。それぞれが、役割を果たした。
街は、まだ混乱している。建物は壊れ、道路には傷跡が残っている。
それでも――人々は、生きている。魔物は、止まった。
「……事件は、無事収束に向かっていますね」
リゼリアが呟いた。
*
そして。終焉社。
「おお!」
魔王ルードが、モニターへ身を乗り出した。
「倒したぞ!」
「本当ですねぇ!」
黄昏卿が、楽しそうに拍手する。
「いやぁ、素晴らしい」
「三体ともか?」
「ええ」
モニターを切り替える。別の地点。そこでも、警察が大型魔物を制圧している。
「警察もやりますねぇ」
「あの程度で苦戦するようじゃ、面白味もないからな」
「その通りですね」
黄昏卿は、満足そうに笑った。
だがその目は、戦いそのものではなく――画面の隅に表示された、別の情報を見ていた。
「……さて」
小さく呟く。
「これで、第一段階は終わりです」
「次だな」
魔王ルードが笑う。
黄昏卿は答えず、杯を傾けた。
そして。
「まずはもう少しだけ、待ちましょう」
楽しそうに笑った。
*
街では、人々がようやく日常を取り戻し始めている。警察が現場を封鎖し、負傷者を運び、壊れた街を確認していく。
モノクルの四人も、疲れ切った身体で、その光景を眺めていた。
誰も知らない。今日起きた騒ぎが――終焉社にとって、ただの「挨拶」に過ぎなかったことを。
そしてこの日を境に。クロスタウンは、終焉社という名の存在を、無視できなくなった。




