第4話 『終焉社より愛を込めて』1
大型の魔物が、再び突っ込んでくる。今度は堂真も、真正面から走った。
互いの身体がぶつかる。爪を躱す。拳を叩き込む。大型が腕を振り抜く。堂真は身を屈めて避け、その懐へ潜り込んだ。
『《バーン・ナックル》』
炎を纏った拳が、魔物の腹へ突き刺さる。衝撃で、巨体が後ろへ吹き飛んだ。
だが、倒れない。
「無駄にデカいわけじゃないらしいな」
返事でもするように、大型の魔物が咆哮する。
次の瞬間、巨体が跳んだ。頭上から、爪が振り下ろされる。
「……!」
堂真は避けきれず、肩を切り裂かれた。
「ぐっ……!」
血が飛ぶ。生々しい熱が、肩から腕へ伝わっていく。
だが、堂真は退かなかった。
傷口から、炎が噴き上がる。先ほどよりも、その勢いは強い。
「そうだ……」
堂真が拳を握る。
「もっと来い!」
大型が、再び襲いかかる。
堂真は一歩踏み込んだ。
『《フレイム・ドライブ》』
炎を纏った身体が、一気に加速する。大型の懐へ潜り込み、拳を叩き込む。そのまま脇を抜けた。
振り返った瞬間には、もう次の攻撃へ移っている。
大型が振り向く。堂真は拳を構えた。
だが、魔物の爪の方が速い。巨大な爪が、横薙ぎに迫る。
「っ!」
堂真は両腕を交差させた。
『《ブレイズ・アーマー》』
全身を炎が包む。爪が炎の鎧を叩き、堂真の身体が大きく弾き飛ばされた。地面を転がる。壁へ背中を打ちつける。
「……痛ぇな」
堂真は、ゆっくりと立ち上がった。身体中に、傷が増えている。だが、その分だけ、炎は強くなっていた。
堂真の周囲で、炎が大きく揺らめく。
「もう一発……いけるな」
大型の魔物が、低く身を沈める。そして、地面を蹴った。真正面から突っ込んでくる。
堂真も走る。拳を振り抜く。魔物は頭を逸らしてかわした。
直後、横から飛んできた巨大な腕。堂真は腕で受ける。
「ぐっ!」
衝撃で、身体が横へ流される。だが、倒れない。足を踏ん張る。
魔物が追撃する。爪。拳。爪。拳。
互いの攻撃が、何度も交差する。堂真の頬が裂ける。魔物の肩へ拳が入る。堂真が脇腹から鮮血が飛ぶ。
それでも、堂真は拳を振り抜いた。魔物の顔面が跳ねる。
「まだ……!」
堂真が踏み込む。魔物も吠える。互いに距離を詰め、再び激突した。
堂真が一度、拳を引く。炎が腕へ集まっていく。
『《ブレイズ・ラッシュ》』
炎を纏った拳が、一気に連続して叩き込まれる。
一発。二発。三発。魔物の身体が、後ろへ押し込まれる。最後の一撃が、腹へ入った。巨体が大きくよろめく。
「……効いてきたな」
堂真が息を吐く。
だが、大型の魔物は倒れない。むしろ、怒り狂ったように咆哮した。
その巨体が、大きく腕を振り上げる。
「――!」
堂真は振り下ろされた爪を、今度は真正面から受け止めた。
「ぐ……おおおおっ!」
炎が爆発した。堂真の足元が砕け、押される。それでも退かない。
「こんなもんで……!」
炎が、さらに膨れ上がる。
「負けてたまるか!」
堂真が爪を押し返した。魔物の身体が僅かに浮く。その隙に、堂真が懐へ潜り込んだ。そして拳を振り抜く。
魔物は後ろへ吹き飛び、岩壁へ激突した。洞窟全体が揺れる。
堂真は荒い息を吐きながら、ゆっくりと拳を下ろした。
「……これで終わりだ」
しかし魔物が岩壁から身体を起こす。まだ立っていた。
その光景に堂真は目を細めた。
「しぶといな……!」
魔物が、最後の力を振り絞るように突進した。一歩遅れて堂真も走る。互いの距離が、一気に縮まっていった。
魔物の爪が迫る。堂真は避けない。むしろ真正面から踏み込む。
『《ヘル・ブレイカー》』
炎を纏った拳が、真正面から胸部を撃ち抜いた。
その瞬間、爆炎が弾けた。巨体が大きく吹き飛び、地面へ叩きつけられる。
転がったままそれ以上は動かなかった。
その頃、澪も最後の小型の魔物を倒していた。拳が命中し、小型の身体が地面を転がる。
「……終わった」
ほとんど同時だった。
堂真が、大きく息を吐く。澪も肩で息をした。
二人の周囲には、倒れた魔物が無数に転がっている。
「……多すぎだって」
「お前の方も、大変だったな」
堂真が笑う。
「堂真さんも」
「まあ、俺はこいつ一匹だったからな」
堂真は、倒れた大型の魔物を親指でさす。
「……一匹がデカすぎるけどな」
「本当そうだね」
二人が笑った。
「キノコ、無事かな?」
「たぶん大丈夫だろ」
そのとき。
「お二人とも、お疲れさまです」
洞窟の入口から、ミレシアの穏やかな声が響いた。
「ミレシアさん」
振り返ると、ミレシアが籠を抱えて立っていた。
「薬草は無事に採れました」
そう言って倒れた魔物を見渡す。
「……随分と賑やかだったみたいですね」
「見ての通りだ」
堂真は、戦闘跡の洞窟内を見回した。
「お二人とも、こちらへ」
ミレシアはそう言うと、一人ずつ、丁寧に治癒魔法をかけていく。
澪の腕を優しく持ち上げ、傷口に手をかざす。柔らかな光が、皮膚の裂け目を撫でるように包み込んだ。痛みが、潮が引くように遠のいていく。
「助かるよ」
「ミレシアさんがいてくれて、良かったぁ」
「私は、薬草採りで何もしていませんでしたから。これぐらいは。……さて、目的のキノコですね」
ミレシアは、洞窟の奥へ歩いていく。群生している青白いキノコを見つけると、嬉しそうに目を細めた。
「これ?」
「はい。これなら、お婆さんも喜ぶと思います」
ミレシアは丁寧にキノコを採取していく。堂真と澪は、その様子をただ眺めていた。
「……結局、俺たちはキノコを採るために魔物退治したわけか」
「そうなりますね」
「これぞ、冒険か」
何故か、堂真は嬉しそうだった。
「戦闘が無ければ、楽しかったんだけどなぁ」
澪は溜息を零す。
「戦い専門だろ? 帰ったら鍛え直してやる」
「ミレシアさーん。助けてー。何か、やることないかな?」
「それじゃあ、一緒に薬草の調合でもしますか?」
「やるやる!」
目を少し煌めかせる澪の頭を、ミレシアは微笑ましそうに撫でた。
「甘やかし過ぎは良くないぞ」
「いいじゃないですか」
完全にミレシアを味方につけた澪。二人の姿は、まるで姉弟のようだった。
「まぁ、いいか」
そして三人は、洞窟を後にした。
外には、昼の光がまだ残っていた。クロスタウンへ戻る道を歩。ミレシアの手には、採取した薬草とキノコ。澪は少し疲れたように歩き、堂真は何事もなかったような様子だった。傷は塞がっていても、纏っていた熱の名残だけが、まだ肌に残っている気がした。
そして段々と少し離れたところから、街の喧騒が聞こえてくる。魔法の光。人々の声。獣人の笑い声。そして、現代の街と変わらない、車の走行音。
異なる二つの世界は、今日も同じ街の中で暮らしていた。




