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婚約破棄されたので勉強に専念したいモブ令嬢ですが、何故か攻略対象のヤンデレ王子たちが私にだけ執着溺愛してきて全然集中できません  作者: NIKE


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第六話 昨日は昨日、今日は今日の風が吹く

「……はい」


 声にした瞬間、自分で言ったくせに心臓が跳ねた。


(はいって言った! 監禁王子に抱いていいですって許可出した! 私の危機管理能力どこ行った!?)


 でも、もう遅い。


 暗闇の中で、シオンの腕がゆっくり私の背中へ回った。


 片方は肩甲骨のあたり。

 もう片方は、腰より少し上。


 強く締めつけるわけじゃない。

 逃げようと思えば逃げられるくらいの力なのに、すっぽり包まれてしまった。


「…………」


(でかい)


 それが最初の感想だった。


 胸板が硬い。

 腕も硬い。

 でも、触れているところ全部が温かい。


 頬を押しつけた制服の向こうから、どくん、どくん、と規則正しい鼓動が伝わってくる。


(男の身体ってこんななの!? 何これ、壁みたいなのにあったかい! 怖い! いや安心する! どっち!?)


 また遠くで雷が鳴った。


 びくっとした私の背中を、シオンの掌が一度だけゆっくり撫でた。


「大丈夫だ」


 低い声が、頭のすぐ上から落ちる。


 その一言だけで、さっきまで喉につかえていた息が少し楽になった。


(……ずる)


 怖い時にこんな声で言われたら、そりゃ安心するでしょうが。


 私は無意識に、彼の制服をきゅっと掴んだ。


 シオンの腕が、ほんの少しだけ強くなる。


「苦しいか」


「……いいえ」


「そうか」


 それ以上は何もしない。


 顔を覗き込まない。

 頬にも髪にも触れない。

 ただ、私が離れるまで抱いている。


(監禁王子のくせに、なんで今こんなに話が通じるの……)


 原作のシオンなら、ヒロインを守るためなら本人の意思まで無視する男だった。


 でも今の彼は、私が「触るな」と言えば触らないし、「三メートル離れろ」と言えば本当に離れる。


 それどころか、抱きしめることすら確認してきた。


(……もしかして)


(私がヒロインじゃないから、普通なのでは?)


 その考えに、少しだけ肩の力が抜けた。


 やっぱりそうだ。


 私はただのモブ。

 この人の執着対象じゃない。


 なら、今だけ頼ったって――。


「見つけました! 殿下!」


 扉の向こうから声がした。


 続いて重い扉が開き、廊下の灯りが一気に流れ込んでくる。


「よかった……!」


 私はぱっとシオンから離れた。


「ありがとうございました! もう大丈夫です!」


「…………」


 明るい場所で改めて見ると、とんでもない距離で抱き合っていたことに気づいて顔が熱くなる。


(無理無理無理! 暗闇マジック終了! 解散!)


 シオンが、自分の空になった腕を一度見た。


「……もう?」


「もうです!」


 私は全力で答えた。


 翌日。


「昨日は離さないでくれと言った」


「昨日は昨日です」


 廊下で捕まった私は、きっぱり言った。


「昨日は暗くて怖かったんです。今日は明るいし、怖くないので必要ありません」


「…………」


 シオンが黙った。


「何ですか」


「いや」


 何かものすごく理解できないものを見る顔をされた。


(なんで!? 普通では!?)


 昨日の私が欲しかったのは、昨日の安心。


 今日の私は元気。


 だから今日は必要ない。


 実に合理的である。


「では!」


 話は終わり、と階段を降りようとした、その時。


 ぷつん。


「え?」


 右足の靴紐が切れた。


「わっ」


 踏んだ。


 身体が前へ傾く。


 落ちる――と思った瞬間、腕を掴まれた。


 次いで腰を支えられ、どうにか階段の途中で止まる。


「危ない」


「……ありがとうございます」


(今日も必要になったーーーー!!)


 私の人生、前言撤回が早すぎる。


 シオンは私を立たせると、切れた靴紐へ目を落とした。


「このままでは歩けない」


「結び直せばなんとか――」


「動くな」


 そう言うなり。


 王太子が、私の前で片膝をついた。


「…………えっ」


 大きな手が私の足首をそっと支える。


 指先が靴と肌の境目ぎりぎりへ触れた。


 スカートの裾、そのすぐ下。


(待って待って待って王子が私の足元に跪いてる!! 何この絵面! こっちが何か悪い女みたい!!)


「じ、自分でできます!」


「さっき踏んだだろう」


「それは……」


 反論できない。


 シオンは切れた紐をほどき、長さを調整して結び直していく。


 戦う男の手なのに、動きは驚くほど丁寧だった。


 足首を支える掌が熱い。


 そこだけ妙に意識してしまって、私は意味もなく背筋を伸ばす。


(足首! 足首しか触られてないのになんでこんな緊張するの!? 昨日胸に抱きついた女が今さら何言ってんだ私!!)


 やがて、ほどけないよう綺麗な結び目ができた。


「これでしばらくは歩ける」


「あ……ありがとうございます」


 本当に助かった。


 私はほっとして、つい笑ってしまった。


「こういう時は、本当に頼りになりますね」


 シオンの手が止まった。


「…………」


「殿下?」


 彼はまだ片膝をついたまま。


 私の足元から、ゆっくり顔を上げる。


 黒い瞳が、まっすぐ私を捉えた。


「なら」


 一拍。


「君が俺を必要とする条件を教えてくれ」

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