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婚約破棄されたので勉強に専念したいモブ令嬢ですが、何故か攻略対象のヤンデレ王子たちが私にだけ執着溺愛してきて全然集中できません  作者: NIKE


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第三十六話 泊まりではありませんからね!

「……偶然、ですよね?」


 脅迫状を送ってきた伯爵一家が、翌朝には王都から消えた。


 さすがに気になった。


 気になったけれど。


「領地へ戻っただけでしょう?」


 私はそう結論づけた。


(だってイヴァン殿下ですよ? あの人、嫌って言ったら髪一本触らない男ですよ? 人の一家を一晩で王都から排除するとか、ジャンルが違いすぎる)


 そう。


 イヴァンは安全。


 私のヤンデレ除外検査、驚異の満点男である。


 だから三日後。


「今度の休日、郊外の離宮へ行かない?」


「行きます!」


 私は元気よく即答した。


「湖があって、薔薇園もある。天気がよければ舟にも乗れるよ」


「舟!」


「日帰りで」


「行きます!!」


 大事なので二回言った。


「王家の離宮!?」


 その夜。


 話を聞いたミレイユが、私の部屋でひっくり返りそうになった。


「イヴァン殿下と二人で!?」


「護衛も侍女もいます!」


「そういう意味じゃないわよ!」


「泊まりではありませんからね!」


 私は机を叩いた。


「朝に出て夕方に帰ります! 健全! 極めて健全な王家施設見学つきデートです!」


「最後にデートって認めたわね」


「そこはもう認めます!」


(だって楽しみなんだもん!!)


 湖。


 薔薇園。


 舟遊び。


 前世を含めても、そんな恋愛イベント経験したことがない。


「でも……大丈夫なの?」


 ミレイユが少し声を落とした。


「この前、脅迫状も来たでしょう。それにリュシエール殿下って、南区では妙な呼ばれ方してたんじゃなかった?」


「灰色の王子?」


 少しだけ胸が引っかかった。


 でも。


「古い政治上のあだ名だそうです」


「信じるの?」


「イヴァン殿下ですよ? 一番安全です」


 私は胸を張った。


「嫌ならやめてくれるし、勝手に決めないし。私が帰ると言えば帰してくれる。これ以上どこに安全要素を盛れと?」


「比較対象が悪すぎない?」


「それはそう」


(監禁予定王子、使用済み手袋収集王子、札束で生活設計王子。比較表が地獄)


 でも。


 イヴァンだけは違う。


 私は本気でそう思っていた。


 出発の朝。


 学院の玄関前には王家の馬車が止まっていた。


 灰銀の髪のイヴァンが、その横で私を待っている。


 それだけで、周囲がざわつく。


「王家の離宮へ向かわれるそうよ」

「ベルティエ嬢を、私的な離宮へ?」

「リュシエール王家でも、もうお名前は知られているとか……」


(やめろーーーー!!)


 ただのデート!


 私を国家間重要人物みたいに昇格させないで!


 私は半年で帰って領地会計をやる女です!


「エリナ」


 背後から低い声。


 振り返ると、シオンがいた。


(あっ。さらに国際情勢が悪化する人が来た)


「おはようございます」


「ああ。出掛けるのか」


「はい。日帰りです」


「聞いている」


「誰から!?」


 シオンは答えず、手のひらを出した。


 その上にあったのは、小さな黒い印章だった。


 王冠と獅子。


 見覚えがある。


「……これ、ヴァルディア王家の?」


「俺の印章だ」


「は?」


 周囲の空気が死んだ。


 近くにいた王族付きの侍従が、目を見開いている。


 そりゃそうだ。


 王太子本人の印章なんて、ただのアクセサリーではない。


 見せる相手によっては、私の言葉を『王太子に直接つながる話』へ変えてしまう。


(重っ!! 護符の次が権力そのもの!!)


「いりません!」


「持て」


「嫌です! これ絶対、持ってるだけで面倒な扉が全部開くやつ!」


「何かあれば見せろ」


「何かって?」


「お前が困った時だ」


「過保護」


「そうだな」


 認めるな。


 しかもシオンは押しつけなかった。


 私の手のひらへ印章を置いて、指を閉じさせただけ。


「嫌なら使うな」


「……持つだけ?」


「ああ」


(ずるい)


 そう言われると、返しにくい。


 私は黒い印章を握った。


 その瞬間。


 周囲の視線が変わったのが分かった。


 イヴァンの離宮へ招かれる女。


 そして別国の王太子から、本人の印章まで預けられる女。


(値札を剥がすな!! 貼り替えるな!! 私はモブ! モブの価格帯へ戻して!!)


「じゃあ、行ってきます」


 逃げるように手を引こうとした。


 でも。


 シオンの両手が、私の手を包んだ。


「……っ」


 印章ごと。


 大きな掌に左右から挟まれる。


 温かい。


 指先まで覆われて、まるで私ごと守られているみたいだった。


(待って。この人、物理接触に権力の重さまで乗せてくるのやめて。胸が変な鳴り方する)


「エリナ」


「何ですか」


「一つ約束しろ」


「内容によります」


 即答した。


 シオンの黒い瞳が私を見る。


 握る力は強くない。


 なのに、なぜか抜けなかった。


「何です?」


 シオンは少し黙ったあと。


「あいつに」


 低く言った。


「『安心する』とか言うなよ」


「…………」


 私は瞬いた。


「……どうして?」


 シオンは、答えなかった。

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