第三話 攻略対象には近づきません
今、私はとんでもないことに気づいてしまったところだ。
ここは乙女ゲーム『四王子の花嫁 ~あなたに永遠を捧ぐ~』の世界。
壇上には、攻略対象が四人。
そして私は、名前すら覚えられていないモブ。
(よし)
結論は早かった。
(近づかんとこ)
簡単。
半年後には正ヒロインのリリアが入学してくる。
それまで私は勉強して、資格を取って、平穏な学院生活を送る……!!
王子様たちは遠くから眺めるだけ。
むしろ近づいてきたらサッと逃げる。
攻略しない。
恋愛しない。
(完璧では?)
私は改めて壇上を見た。
白金色の長い髪を肩からさらりと流しているのが、アルノー・リヴァーシェ。
芸術家肌の第三王子。
細い指も、伏せた睫毛も、本人が一番高級な美術品みたいに綺麗だ。
原作では愛した女の指輪に口づける有名スチルがあった。
前世の私。
『指輪にキスとか性癖すぎる~~!』
今の私。
(なんで本人じゃなくて指輪なんだよ。怖いよ)
次。
鮮やかな赤髪を短く整えたディートリヒ・グランツ。
立っているだけで仕立てのいい制服が「私は高価です」と主張している。
原作ではヒロインに似合う宝石、ドレス、靴、香水、高級家具まで、頼んでもいないのに山ほど贈ってくる男だった。
『君には最高のものしか似合わない』
なんて言って。
最終的には贈り物に埋もれたヒロインへ、
『その服は君らしくない』
『その友人は君に相応しくない』
と人生まで高級仕様に整え始める。
(札束で殴るタイプのモラハラだ)
前世なら金は魅力的だった。
だって推し活に使えるから。
今では推し活すらも、もうできないのだ。
そして灰銀の髪で穏やかに微笑んでいるイヴァン・リュシエール。
四人の中では、圧倒的にまとも。
束縛しない。
怒鳴らない。
監禁しない。
相手の自由を尊重する。
(もし万が一どうしても誰かと関わらなきゃいけなくなったら、イヴァン殿下。一択)
まあ関わらないけど。
最後。
シオン・ヴァルディア。
黒髪。
長身。
鍛えられた身体。
黙って立っているだけなのに、周囲の空気がそこだけ重い。
(出たよ監禁王子)
原作後半。
ヒロインの身に危険が増えるたび、彼は言う。
『外は危険だ』
『俺のそばにいろ』
『ここなら誰にも傷つけられない』
そして最後には本当に鍵を掛ける。
(アウトです)
私はそっと一歩下がった。
さらに一歩。
今のうちにこの会場の端へ逃げよう。
そう思った瞬間だった。
「きゃっ」
後ろから来た人と肩がぶつかった。
身体がよろける。
まずい、倒れる――と思ったその時。
背中が、何か硬いものへぶつかった。
「……え」
壁?
いや、温かい。
しかもなんかドクドク脈打ってる。
恐る恐る顔を上げる。
黒い制服。
厚い胸板。
その上に、見覚えしかない端正な顔。
(シオンーーーーー!?)
さっきまで壇上にいた監禁王子が、真後ろにいた。
近い。
めちゃくちゃ近い。
私の背中は彼の胸元へ触れていて、振り返ったせいで鼻先が喉元すれすれ。
微かに革と、ムスクと、清潔な石鹸みたいな匂いがする。
(待って待って男の胸って硬っ! 何これ壁に体温ついてる! ていうか顔! 近い! 顔がいい!!)
心臓が急にうるさくなる。
違う。
これは恋じゃない。
生命の危機に対する警報。
たぶん。
シオンの手が私の腰へ伸びた。
びくっと身体が固まる。
すると、その大きな手は触れる寸前で止まった。
「触れても?」
「だ、だめです!」
「分かった」
本当に引いた。
(…………え?)
もっとこう、強引に腰を抱いてくるんじゃないの?
監禁王子なのに?
――ああそうか、ヒロインじゃないから私は執着対象ですらないんだ。
しかし安心した直後、今度は人波がこちらへ押し寄せた。
「わっ」
逃げる間もなく背中を押される。
どん、と私は再びシオンの胸へ。
今度は正面から。
頬が制服越しの胸板へ当たった。
硬い。
温かい。
すぐ耳元に低い呼吸。
(うわあああああ密着した!! これ私からじゃないからノーカウント! 事故! 事故です!!)
「大丈夫か」
頭の上から低い声。
「だ、大丈夫です!」
離れようとして、ふと近くの卓上花へ目がいった。
白く華やかな香りの強い花。
……おや? シオンは百合アレルギーでは?
その瞬間、原作知識が勝手に口から滑った。
「その花、殿下はお嫌いでしょう。あまり近づかない方が――」
言ってから。
止まった。
(…………やった)
シオンも止まった。
黒い瞳が、まっすぐ私を見る。
「なぜ知っている」
「え」
一歩、近づかれる。
さっきまで触れないよう気を遣っていた男が、今度は明確に私へ興味を向けている。
まずい。
ものすごくまずい。
シオンが少し身を屈めた。
耳へ届く距離で、低い声が落ちる。
「君はなぜ、俺の嫌いな花を知っている?」
一秒、間が落ちた。
「――俺を知っているのか?」




